牛糞でロケットは飛ぶ?酪農と宇宙をつなぐメタンガスの話

2026-06-24 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

「牛のうんちで、ロケットは飛ぶんですか?」

音声配信に、こんな質問が届きました。

最初に聞いたときは、少し笑ってしまいました。

酪農家として毎日牛舎で牛を見て、牛乳を搾って、餌をやって、糞尿を片づけている身からすると、牛糞とロケットは、あまりにも距離が遠いものに感じます。

片方は、長靴の裏についてくるもの。

もう片方は、空の向こう、宇宙へ向かうもの。

でも結論から言うと、牛糞由来のメタンガスでロケットを飛ばすことは可能です。

しかも、これは単なる夢物語ではありません。北海道では、家畜ふん尿から作った液化バイオメタンをロケット燃料として使う取り組みが、すでに実証段階まで進んでいます。

インターステラテクノロジズは、小型人工衛星打上げロケット「ZERO」の燃料として、牛ふん由来の液化バイオメタンを採用し、北海道スペースポートでエンジン燃焼器単体試験にも成功しています。

酪農という、地面に近い仕事。

宇宙開発という、空の一番遠くを目指す仕事。

この2つが「メタン」という一本の線でつながっている。

そこに、ものすごく面白い未来を感じます。

牛糞がそのままロケットに入るわけではない

まず誤解されやすいところから整理します。

牛糞を乾かして、ロケットのタンクにそのまま詰めるわけではありません。

もちろん、牛舎の堆肥を袋に入れて「はい、燃料です」という話でもありません。

流れとしては、こうです。

・牛のふん尿を集める

・メタン発酵させて、バイオガスを発生させる

・バイオガスからメタンを分離・精製する

・不純物や二酸化炭素を取り除く

・約マイナス160℃まで冷やして液化する

・液化バイオメタンとしてロケット燃料に使う

環境省も、バイオガスについて「微生物の力、つまりメタン発酵を使って、生ごみや紙ごみ、家畜ふん尿などから発生するガス」と説明しています。発酵後に残ったものは、地域の農地へ還元することもできます。

つまり牛糞は、ただ燃やすものではありません。

微生物の力を借りて、エネルギーに変換するものです。

酪農家の感覚で言えば、ここがとても面白いところです。

牛は、草や飼料を食べて牛乳を出します。

その過程で糞尿も出ます。

その糞尿が、微生物の働きでガスになり、そのガスが地域の電気や熱になり、さらに技術を重ねるとロケット燃料にもなる。

牛乳だけを見ていると、牛の価値を見誤るかもしれません。

牛は「牛乳を出す動物」でもありますが、同時に、地域の物質循環を動かす存在でもあります。

なぜロケットにメタンが使われるのか

では、なぜロケット燃料としてメタンが注目されているのでしょうか。

ロケット燃料には、これまでさまざまなものが使われてきました。液体水素、ケロシン系燃料、固体燃料など、それぞれに特徴があります。

その中でメタンが注目される理由のひとつは、燃焼後にすすが出にくいことです。

NASAの技術資料でも、液体酸素とメタンを使うエンジンは、燃焼ガスがきれいで、すすの蓄積が少ないことが再利用性に関係すると説明されています。

ロケットが一度きりで使い捨てられる時代なら、多少エンジンが汚れても「飛べば終わり」です。

でも、これからの宇宙開発では再利用が重要になります。

何度も使うなら、エンジン内部が汚れにくいことは大きな意味を持ちます。

掃除や点検の負担が減り、再利用しやすくなるからです。

さらにメタンは、液体水素よりも扱いやすい面があります。液体水素は非常に低温で管理が難しい燃料ですが、メタンはそれよりも高い温度で液化でき、貯蔵や取り扱いの面でバランスが良い燃料として見られています。NASAも、メタンは液体水素より安定しており、より扱いやすい温度で保存できると説明しています。

ここで少し補足すると、世界的にもメタンロケットは広がっています。たとえばSpaceXのStarship/Super Heavyで使われるRaptorエンジンは、液体酸素と液体メタンを燃料にしています。

つまり、メタン燃料のロケットは「北海道だけの変わった取り組み」ではありません。

世界の宇宙開発の大きな流れの中にあります。

その中で日本、しかも北海道の酪農地帯から、牛ふん由来の液化バイオメタンを使ったロケット燃料の話が出てきている。

ここが本当に面白いところです。

酪農家から見ると、牛糞は“厄介もの”であり“資源”でもある

牛糞と聞くと、多くの人は「汚いもの」「臭いもの」「処理しなければいけないもの」と感じるかもしれません。

正直、現場でも大変です。

毎日出ます。

待ってくれません。

雨が降れば管理が難しくなります。

堆肥舎も必要です。

臭いへの配慮も必要です。

水質汚濁を起こさない管理も必要です。

家畜排せつ物は、扱い方を間違えれば環境問題になります。農林水産省も、家畜排せつ物は畜産環境問題の要因になる一方で、土壌改良資材や肥料として利用価値の大きいバイオマス資源でもあると整理しています。

ここが大事です。

牛糞は、ただのゴミではありません。

ただし、放っておけば価値になるわけでもありません。

ちゃんと集める。

ちゃんと発酵させる。

ちゃんとガスを取り出す。

ちゃんと残った消化液を肥料として使う。

ちゃんと地域の中で回す。

その仕組みがあって初めて、牛糞は資源になります。

メタン発酵のあとに残る「消化液」は、畑や水田の肥料として使うことができます。農林水産省も、家畜排せつ物をメタン発酵してバイオガスを得たあとに残る消化液は、肥料として利用できると紹介しています。

つまり、バイオガス化は「ガスだけ取って終わり」ではありません。

エネルギーを取り、残ったものを農地に返す。

これは、酪農がもともと持っている循環の力を、現代の技術で拡張する取り組みだと思います。

メタンは悪者なのか、資源なのか

ここで、もうひとつ大事な話があります。

メタンは温室効果ガスです。

しかも、二酸化炭素よりも温室効果が強いガスです。

環境省は、メタンの温室効果は二酸化炭素の28倍と説明しています。

だから、メタンを「そのまま大気中に逃がす」のは問題になります。

畜産や酪農が環境問題として語られるとき、このメタンの話はよく出てきます。

ただ、ここで単純に「牛が悪い」「酪農が悪い」と考えてしまうと、見方を間違えます。

問題は、メタンが出ることそのものだけではありません。

出てしまうメタンを、どう扱うかです。

逃がせば温室効果ガス。

集めて使えばエネルギー。

発酵を管理すれば悪臭対策。

残った消化液を使えば肥料。

地域で回せば、エネルギーの地産地消。

同じ牛糞でも、仕組みがなければ負担になります。

仕組みがあれば、地域の資源になります。

ここに、これからの酪農の大きな分かれ道があると思います。

小さな牧場だけでロケット燃料を作るのは難しい

夢のある話をしてきましたが、現実的な注意点もあります。

川上牧場のような小さな牧場が、単独でロケット燃料を作るのは、かなり難しいです。

必要なものが多すぎます。

バイオガスプラント。

ガスを精製する設備。

二酸化炭素や不純物を取り除く設備。

メタンを液化する設備。

超低温で保管するタンク。

安全に運搬する仕組み。

使う側との品質基準。

地域で安定して原料を集める体制。

牛糞があるだけでは、ロケット燃料にはなりません。

だからこの話は、一軒の酪農家が「よし、明日からロケットを飛ばすぞ」という話ではありません。

地域全体でふん尿を集め、エネルギー化し、農地に戻し、産業につなげる仕組みの話です。

酪農家だけで完結する話ではなく、自治体、エネルギー企業、宇宙企業、農家、地域住民がつながって初めて動きます。

でも、だからこそ面白いのです。

酪農家が牛を飼う。

地域に糞尿が生まれる。

それをプラントに集める。

エネルギーになる。

農地に肥料として戻る。

一部は高度に精製され、ロケット燃料になる。

これが成立すると、酪農は「牛乳を作る産業」だけではなくなります。

地域のエネルギーを支える産業。

土をつくる産業。

環境負荷を減らす産業。

宇宙開発にもつながる産業。

そう見方が変わってきます。

牛は時代によって価値を変えてきた

牛という生き物は、時代ごとに人間社会の中で役割を変えてきました。

昔は、畑を耕す力でした。

荷物を運ぶ力でした。

やがて牛乳を出す存在として見られ、肉としての価値も高まりました。

堆肥は土づくりに使われ、地域の農業を支えてきました。

そして今、牛のふん尿からエネルギーを取り出し、ロケット燃料にまでつながる可能性が見えてきています。

これは「牛の価値が変わった」というより、

人間が牛の価値を見つける解像度が上がったということだと思います。

牛乳だけを見る。

肉だけを見る。

堆肥だけを見る。

メタンだけを見る。

それぞれ単独で見ると、価値は小さく見えるかもしれません。

でも、牛という存在を中心に、食、土、エネルギー、環境、地域、宇宙までつないで見ると、まったく違う景色が見えてきます。

酪農は古い産業ではありません。

むしろ、人間がまだ見つけきれていない価値が、山ほど眠っている産業です。

牛糞でロケットが飛ぶ未来に、何を見るか

「牛糞でロケットが飛ぶ」

この言葉だけ聞くと、少し笑える話です。

ドラえもんの道具みたいな、未来の冗談にも聞こえます。

でも実際には、かなり現実的な技術の積み重ねです。

微生物の働き。

メタン発酵。

ガスの精製。

液化技術。

ロケットエンジン。

地域資源の循環。

温室効果ガス対策。

農業と宇宙産業の接続。

この全部がつながって、牛糞由来のロケット燃料という話になります。

だから僕は、この話を単なる「面白ニュース」で終わらせたくありません。

酪農の価値は、まだ狭く見られすぎています。

牛乳を飲むか飲まないか。

牛肉を食べるか食べないか。

臭いがあるかないか。

環境に良いか悪いか。

そんな単純な二択ではなく、もっと立体的に見てほしい。

牛がいることで、地域に何が生まれるのか。

糞尿をどう扱えば、負担ではなく資源になるのか。

酪農が減ることで、失われる循環は何なのか。

逆に、酪農を新しい仕組みに組み込めば、どんな未来が作れるのか。

牛糞でロケットが飛ぶ話は、宇宙の話であると同時に、地域の話です。

そして、酪農の未来の話でもあります。

明日も牛舎では、いつも通り牛が餌を食べ、牛乳を出し、糞尿をします。

現場だけ見れば、昨日と同じ景色です。

でも、その牛糞の先に、電気があり、肥料があり、地域のエネルギーがあり、もしかしたらロケットの炎がある。

そう思うと、いつもの牛舎の景色が少し違って見えてきます。

牛乳を飲むときに、少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。

牛は、牛乳だけを作っているわけではありません。

土をつくり、地域を支え、エネルギーを生み、未来の宇宙開発にまでつながる可能性を持っています。

牛糞でロケットは飛ぶのか。

答えは、

飛ぶ可能性は、もう現実のものになり始めています。

そしてその未来は、遠い宇宙だけではなく、今日も牛の前で働いている酪農の現場から始まっています。

情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也

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