高校食育出前授業*͛🐮⋆͛
2023-10-06 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
島根で2番目に若い酪農家・川上さんの出前授業は、牛乳流通の仕組みと、そこに潜むいくつもの矛盾を、高校生と一緒に考える時間になりました。安さと品質、量と価格、国産と輸入。どれも簡単に答えの出ない問いですが、まずは現状を知り、身近な人に話し、牛乳を飲むことから、という呼びかけで締めくくられています。
この回の要点
- バター不足への増産策が、コロナによる消費急減と重なり、いま牛乳は生産調整で頭数を減らす局面にある
- 消費者は「安く・安定して」、酪農家は「高く・たくさん」を望み、その板挟みをメーカーや指定団体が調整している
- 品質を上げれば原価が上がり、加工品は輸入が多いなど、値上げをめぐる構造は根が深い
- 2024年問題や輸入攻勢も迫るなか、川上さんはAIとNFTを使った「未来の牛乳」など新しい発信にも挑戦している
- 国民全員が1日1杯飲めば国内消費は十分に賄える計算で、現状を知り人に伝え、まず飲むことが第一歩だと呼びかけられた
配信の全文(podyの記事より)
島根で2番目に若い酪農家、川上牧場ってどんな人?
この日の授業は、教科書の「食品流通」の分野で扱う牛乳の流通について、酪農家の生の声を聞くために組まれたものです。担当の田山先生は、教科書にはデータは載っていても現場の声がないと話し、川上牧場の川上さんを講師に迎えました。
田山先生 牛乳の生産から酪農家さん、酪農場さんから牛乳を作るまでの流れと、コロナの影響、島根県の現状などをお話しいただけるとすごい勉強になると思う。
川上さんは出雲市の高松町で酪農を営む人です。乳牛を70頭ほどと、和牛も数頭飼っているそうです。
川上 いつもは小学生とか保育園とか、そういうところで食育の授業とか酪農体験を受け入れしてるんで、高校生がどういうこと考えてるのか、僕も勉強させてもらえたら嬉しい。
自己紹介で川上さんは、出雲市の酪農家がつい先日の廃業で24軒ほどまで減り、その平均年齢が78歳になっていると明かします。37歳の川上さんは、島根県で2番目に若い酪農家だそうです。
もともと鳥取県出身で、生徒たちと同じ農業高校の出身。農業大学校を経て酪農を始め、出会った奥さんの実家が酪農家だったことから、そこに入って酪農家になったと話します。
なぜ牛乳が余り、酪農家が1日2軒のペースで消えているのか
川上さんはまず、酪農家がいま急激に減っている現状を説明します。ロシア・ウクライナの問題や物価高の影響で、昨年は1日に2軒のペースで酪農家が減っているといいます。
この事態の根っこには、5年ほど前の「バター不足」があったと川上さんは振り返ります。スーパーからバターが消えた状況を受けて、国が国内の牛乳生産を増やそうと動きました。
クラスター事業 規模拡大や設備投資をする畜産農家に補助金を出す国の支援策。ここでは牛乳を増やすために、酪農家の増頭や施設整備を後押しする目的で使われたと説明されています。
規模を拡大したり増頭したりすると補助金が出るクラスター事業 ── 規模拡大や設備投資をする畜産農家に補助金を出す国の支援策で、牛乳増産のために増頭や施設整備を後押ししたが5年前に始まりました。ところが牛が生まれてから乳を搾れるまでには2年かかります。
ようやく生産が増えるというタイミングで、コロナが大流行してしまいます。飲食店やインバウンド、学校給食が止まり、牛乳の消費が一気に落ち込みました。
川上 やっと増えて、これから飲んでもらおうって思った時に、消費が一気に落ちてしまった。
牛乳は賞味期限が短いため、長期保存できるようバターと脱脂粉乳に加工されます。ところがコロナが2〜3年も長引き、脱脂粉乳の倉庫がいっぱいになってしまいました。
賞味期限切れで捨てるしかない状況になり、今度は牛乳を減らすために牛の頭数を減らす「生産調整」が始まったと川上さんは言います。5年前に増やした牛を、また元の水準まで減らしている最中です。
増やしてから減らすまでの5年間
5年前
バター不足を受け、増頭に補助金が出るクラスター事業が始まる
2年後
生産が増えるタイミングでコロナが大流行し、消費が急減
コロナ長期化
脱脂粉乳の倉庫がいっぱいになり、廃棄も出る
今年
牛乳を減らすための生産調整が始まる
さらに、餌になる飼料費や原油価格、流通の資材費が上がっている一方で、牛乳の値段は上げられません。値上げすれば飲んでもらえなくなるからです。この板挟みが、酪農家が辞め続ける今の状況をつくっていると川上さんは説明します。
消費者と酪農家、それぞれの「本音」がぶつかる
ここで川上さんは、生徒に問いかけます。消費者はどんな牛乳なら飲むのか、という問いです。教室では「今日牛乳を飲んだ人」に手が挙がり、若い世代が牛乳を飲まなくなっている実感も語られました。
消費者の本音として出てきたのは、価格は安いほうがいい、量はいつでも安定して飲めるよう増やしてほしい、というものでした。
一方で酪農家の側は、牛乳を高く買ってほしいし、量もたくさん搾って取ってほしいと考えます。両者の希望は、そのまま反対を向いています。
牛乳をめぐる、消費者と酪農家のすれ違い
消費者
価格は安く、量は安定して飲めるようにしてほしい
VS
酪農家
価格は高く買ってほしく、量もたくさん搾って取ってほしい
しかも少子高齢化で、牛乳を飲む人そのものが減っています。高く売れば消費者は離れ、安くすれば酪農家が続けられない。この矛盾をどうつなぐのかが、この授業の中心の問いになっていきます。
消費者と酪農家の間に立つ「指定団体」とメーカーの役割
川上さんは、消費者と酪農家の間に立つ存在として、メーカーや指定団体を挙げます。JAなどもここに含まれます。
指定団体 各地域で生乳を集めて乳業メーカーへ販売する組織。全国に牛乳を安定して行き渡らせる役割を担い、災害時などには近隣県から牛乳を融通する調整もしていると説明されています。
この指定団体 ── 各地域で生乳を集めてメーカーへ販売する組織で、全国に牛乳を安定して行き渡らせる役割を担うと酪農家、消費者の三者が集まって、牛乳の価格や流通のバランスを取っている、というのが牛乳の流通構造だと川上さんは整理します。
ただ、この価格や流通を決める話し合いは、大体1年に1回しかありません。だからコロナやロシア・ウクライナの戦争のように、誰も予測できなかった出来事が起きても、すぐには対応しきれないという弱さがあります。
川上 メーカーさんも酪農家さんからは価格を上げてくださいって言われ、消費者さんからは価格下げてくださいって言われて、板挟みになってしまう。
メーカーだけでは解決できず、酪農家もメーカーも国に支援を求めることになりました。その結果が、国民に「1杯牛乳を飲んでください」と呼びかけた岸田総理のニュースや、飼料への補助金だったといいます。
川上 今も僕は補助金で食べさせてもらってます。皆さんの税金で。ありがとうございます。
「品質を上げれば高く売れる」は本当か
続いて川上さんは、価格を上げるにはどうすればいいかを問いかけます。生徒からは「美味しいもの」「品質」という答えが出ました。
ただし品質を上げるには、牛によりよい餌を食べさせ、よりよい環境で育てる必要があり、その分だけ生産原価が上がります。すると「もっと価格を上げてほしい」となり、消費者がそれを受け入れてくれるかという問題に戻ってきます。
川上さんは、そもそも日本の牛乳はすでに十分おいしいのではないかと投げかけます。日本は食品の衛生管理も食のクオリティも高く、海外と比べても牛乳は安くて美味しいと評価されているといいます。
川上 外国人の中国人とかがコンビニで牛乳を爆買いするぐらい、日本の牛乳は安くてそれも美味しいって言われてる。
つまり、品質を上げれば高く売れる、という単純な話ではないというのが、川上さんが生徒に考えてほしかった論点です。すでに高い水準にある品質を、さらに上げてもらうことに消費者がお金を払うのかが問われます。
牛乳1Lからバターは10分の1、加工品はなぜ輸入だらけなのか
話は、牛乳から作られる加工品に移ります。牛乳からできるものとして、生徒からはチーズ、ヨーグルト、アイスが挙がり、川上さんは脱脂粉乳や練乳、ホエイなども加えました。
ここで川上さんは、牛乳の価格を上げると、これらの加工品の値段も大きく上がってしまうと指摘します。
たとえば1L200円の牛乳から、バターはざっくり10分の1しかできないそうです。牛乳に含まれる乳脂肪と乳タンパクを固めたものがバターやチーズになるためで、チーズにすると1kgで2000円ほどになる計算です。
牛乳1Lからバターがどれくらいできるか
10分の1
1Lの牛乳から作れるバターの量の目安
2000円
1Lの牛乳から作ったチーズ1kgあたりの原料コストの目安
しかもこれは原料だけの値段で、ここに流通や小売店の手数料が乗ると、さらに高くなります。だからスーパーやコンビニのチーズの多くは、国内原料ではなく輸入品で作られていると川上さんは言います。
バターも同じで、お菓子工場などで使われるポンドバターはほぼ輸入品。国内で作られるのは200〜300gの家庭用サイズで、それでお菓子を作ると原価がとても高くなってしまいます。加工品の値段は、こうした構造の上に成り立っています。
AIとNFTで「未来の牛乳」をつくる川上牧場の挑戦
川上さんは酪農家であると同時に、SNSやラジオのような配信で全国に牛乳や酪農の情報を発信していると紹介します。クラウドファンディングでドキュメンタリー映画の製作も決まったそうです。
その活動の一つが「未来の牛乳」というプロジェクトです。消費者から「こんな牛乳があったらいいな」というアイデアをもらい、それをChatGPTや画像生成AIで形にして、Instagramに投稿しているといいます。
投稿には、たとえば「未来から来たホルスタインが牛乳を注ぐ」といった、AIが生成したイラストと文章が添えられています。人口減少などで牛乳が減る未来を変えるためにやってきた、という設定です。
川上 高校生のこんな牛乳だったらみんな飲むんじゃない?みたいなアイデアがもしあったら欲しいんですよね。
さらに川上さんは、このアイデアをNFTとして発行する取り組みも説明します。ドラえもんのタケコプターをたとえに、「日本人ならタケコプターだと気づくように、新商品が出たときに川上牧場が先に未来の牛乳として作っていた、と示したい」という発想です。
NFT デジタルデータが「一点物」であることをブロックチェーンで証明する仕組み。コピーできるイラストや音楽でも、誰が最初に持っていたかを記録できるため、アイデアの先取りを証明する用途に使えると説明されています。
コピーが簡単なイラストでも、NFT ── デジタルデータが一点物であることをブロックチェーンで証明する仕組みで、誰が最初に持っていたかを記録できるとして発行すれば、後から輸入メーカーに似たデザインを使われても、自分が先に作ったことを証明できるといいます。
授業では生徒からもアイデアが出ました。田山先生が「牛乳のボトルに好きなドリンクの名前を書くと、その味になる」という案を出すと、川上さんは面白いと反応し、ぜひ送ってほしいと呼びかけました。
田山先生 牛乳のボトルに自分の好きなドリンクの名前を書いたら、それがその味になる。
このプロジェクトで得たNFTの収益は、酪農を目指す若い人の支援や、全国の子ども食堂・学校給食への牛乳提供に使いたいと川上さんは考えています。みんなが酪農に関われて、牛乳を飲む人が増える循環をつくりたいという狙いです。
デザインを凝るほど牛乳は高くなる、というジレンマ
川上さんは、牛乳パックのデザインについても流通の視点から説明します。日本では、瓶が重くて割れる問題を避けるため、統一規格の牛乳パックで流通させているそうです。
パックのデザインを凝るとコストになります。だから牛乳の値段を抑えたいなら、本当は真っ白でシンプルな、何も書かないパックが一番流通が回りやすいことになります。
一方で、デザインにこだわってほしいなら、その分の価格を上げる必要が出てきます。ここでも「安く」と「魅力的に」が引っ張り合います。
ただ、デザインが消費を動かした例もあると川上さんは言います。しまねっこの牛乳がコーヒー牛乳と飲むヨーグルトのデザインをリニューアルしたところ、牛乳の消費が3割ほど増えたとされています。
学校給食で牛乳が足りない、2024年問題も迫る
川上さんは、このまま何もしなければ酪農家は1日2軒のペースで減り続けると警告します。物価高で牛乳を買う人が減れば、量を減らすことになり、いつか牛乳が提供されない事態が来ると話します。
それは仮定の話ではありません。今年の夏に新潟県と沖縄県で、学校給食の牛乳が足りず、乳飲料を提供する事態が起きたといいます。
川上 これ解決していかないと、君たちが大人になった時や、結婚して子供や孫ができた時にどうなるのかなっていう不安ではある。
さらに川上さんは「2024年問題」にも触れます。トラック運転手の労働に関わる流通の問題で、北海道から沖縄まで運ぶ牛乳にも大きく響くといいます。
2024年問題 2024年からトラック運転手の時間外労働に上限が設けられたことで生じる、輸送力不足の問題。ここでは、長距離を運ぶ牛乳の流通が滞りかねない懸念として語られています。
しかも牛乳は2024年問題 ── トラック運転手の時間外労働の上限規制で生じる輸送力不足の問題で、長距離輸送の牛乳に影響が出かねないの影響を受けやすいと言います。牛乳は365日搾らなければならず、年末年始も運転手に働いてもらう必要があるからです。
消費者は安い牛乳がほしい、酪農家は値段を上げてほしい、間に立つメーカーは運転手に払うお金がない。川上さんは、来年いよいよ表面化するのがこの問題だと話します。
「指定団体」から外れて売る酪農家と、輸入攻勢のはざまで
川上さんは、価格が決められた指定団体ではなく、通称「アウトサイダー」と呼ばれる会社に販売する酪農家も増えていると紹介します。生活できない、借金が返せないという背景があるといいます。
アウトサイダー 指定団体を通さずに生乳を取引する事業者の通称。売り先が多ければ酪農家の手取りが上がる一方、売り先がなければ値段が下がる、価格変動の大きい販売方法だと説明されています。
アウトサイダー ── 指定団体を通さずに生乳を取引する事業者の通称で、売り先が多ければ手取りが上がるが、なければ値段が下がるに出荷すると、売り先が多い会社なら手取りが上がりますが、なければ値段は下がります。流動性の高い売り方です。
ただ、こうした売り方が広がると心配もあります。過疎地や離島のように、運ぶ効率が悪く消費者も少ない場所には、「運ぶ意味がない」と誰も牛乳を運ばなくなりかねないと川上さんは指摘します。今、牛乳の値段が安定しているのは、そうした地域にも運んでくれる全国団体の存在があるからだといいます。
さらに海外からの輸入攻勢も迫ります。コロナは海外の酪農家も直撃し、餌代や資材費が高くて牛乳が余った国が、日本に売り込もうとしているといいます。チーズはヨーロッパ、バターはニュージーランドやオーストラリアからの輸入が多いのが現状です。
日本がもっと輸入すれば食は安定しますが、それでは酪農家が牛乳を搾りたい欲求を満たせず、潰れていってしまいます。川上さんは、この矛盾をどうするかを生徒に問い続けました。
牛乳生産が急伸するインドは、世界人口1位になり、動物性たんぱくの消費が増え、神として飼われていた牛を産業に生かす政策も進んでいるといいます。ただし、川上さんは、日本より近くて人口が多く、お金を払ってくれるならインドはアフリカに売るだろうとも話します。農産物は海外情勢に大きく左右されるという指摘です。
帰ったら牛乳を飲む、そして現状を人に話すことから
授業の終盤、川上さんは酪農がなくなることの意味を広げて説明します。牛は牛乳を出すだけでなく、堆肥として米や果物、花の肥料にもなっており、酪農が減ればそうした肥料も減っていくといいます。
そうなれば輸入に頼るしかなくなりますが、戦争などで輸入が止まるリスクもあります。だからこそ、どうリスクを避けるかを、みんなで考えていく必要があると川上さんは訴えます。
一方で、川上さんは希望も示します。日本国民全員が子どもからお年寄りまで1日1杯、200mlの牛乳を飲めば、いまの3倍の牛乳が必要になる計算で、国内消費を賄うのは余裕だといいます。それだけ今、牛乳が飲まれなくなっているということです。
川上 日本国民の全員が一日一杯200ミリリットル牛乳を飲むと、牛乳は今の3倍必要です。国内で製造しているので全然余裕です。
授業を受けた生徒からは、堅苦しく考えず、まず一人ひとりがもっと飲めばいいという気持ちで、今の現状を知っておくことが大事、という感想が出ました。
生徒 家に帰った時にこういう現状をお話しいただいたよ、やっぱ飲んでいかんといけんよねっていうのを、家族とか親戚とかいろんな人にお話ししていくことで、酪農の現状がいろんな人に伝わる。
最後に川上さんは、シンプルな一言で授業を締めくくりました。
川上 牛乳飲んでもらったら嬉しいです。いっぱい飲んでください。
まとめ
島根で2番目に若い酪農家・川上さんの出前授業は、牛乳流通の仕組みと、そこに潜むいくつもの矛盾を、高校生と一緒に考える時間になりました。安さと品質、量と価格、国産と輸入。どれも簡単に答えの出ない問いですが、まずは現状を知り、身近な人に話し、牛乳を飲むことから、という呼びかけで締めくくられています。
- バター不足への増産策が、コロナによる消費急減と重なり、いま牛乳は生産調整で頭数を減らす局面にある
- 消費者は「安く・安定して」、酪農家は「高く・たくさん」を望み、その板挟みをメーカーや指定団体が調整している
- 品質を上げれば原価が上がり、加工品は輸入が多いなど、値上げをめぐる構造は根が深い
- 2024年問題や輸入攻勢も迫るなか、川上さんはAIとNFTを使った「未来の牛乳」など新しい発信にも挑戦している
- 国民全員が1日1杯飲めば国内消費は十分に賄える計算で、現状を知り人に伝え、まず飲むことが第一歩だと呼びかけられた