なぜ「わざわざ」自分で牧場経営をするのか?に答えました
2026-01-27 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
https://youtu.be/MH49AngcdKY
1月28日の朝。島根県出雲市の牛舎は、曇り空の下でじっと湿った空気に包まれていました。気温は6度。雪が降るほどではないけれど、時折混じる雨やみぞれが、じわじわと体温を奪っていきます。
朝の搾乳と餌やりを終えて、牛の様子を一頭ずつ見て回りながら、今日の段取りを頭の中で組み立てていました。このあと餌会社の営業マンとのミーティング、スキマバイトの打ち合わせ。そして、後回しにしている確定申告。やらないといけないことは、正直いくらでもあります。
そんな中で、ふと昨日の配信に届いた質問を思い出しました。
「川上さんは、なぜわざわざ自分で牧場経営をするんですか?」
この「わざわざ」という言葉が、妙に引っかかりました。
「わざわざ」という違和感から考え始めた
酪農という仕事は、分業が進んでいる産業でもあります。
人工授精は専門の人工授精師に任せることができます。飼料設計は餌会社が行います。削蹄(さくてい)は専門の削蹄師に依頼します。経営分析や資金計画も、外部のコンサルタントに頼むことができます。
つまり、「プロに任せた方が効率がいい」場面はいくらでもあります。
では、経営そのものはどうなのか。
なぜそこだけ、自分で握り続けているのか。
正直、この問いを真正面から考えたことはあまりありませんでした。日々の作業に追われる中で、「なぜ自分でやっているのか」を言語化する機会はそう多くないからです。
ただ、改めて考えてみると、いくつかの理由が浮かんできました。
一番シンプルな理由は「面白いから」です
最初に一番単純で、そして一番本音に近い理由から言います。
自分の牛を、自分で管理できるのが、単純に面白いからです。
牛の食い込み、反芻の様子、乳量の変化、体型のわずかな違い。昨日と今日でほんの少し変わるその変化を、自分の目で見て、自分の感覚で捉えて、「じゃあ今日はこうしよう」と決める。
その結果が、数日後、数週間後に返ってくる。
この一連の流れは、外から見ているだけでは絶対に味わえません。
例えば同じ飼料でも、少し配合を変えるだけで乳量が動くことがあります。繁殖のタイミング一つで、その牛の一生の流れが変わることもあります。そういった積み重ねが、自分の判断として返ってくる。この感覚は、やってみないと分からない面白さです。
ここがまず、自分で経営している一番大きな理由だと思います。
外部委託できるならしたい、という本音もあります
一方で、別の本音もあります。
外部委託できるならしたい、という気持ちはあります。
もし、こんな人がいたらどうでしょうか。
・牛の状態を本気で理解している
・地域の気候や土地の特性を把握している
・飼料コストや国際情勢も踏まえて判断できる
・これから酪農を志す人の未来まで考えられる
・そして、継続的に黒字を出せる
さらに言えば、川上牧場という個別の牧場の特性まで理解して、その上で自分が納得できる経営をしてくれる人。
もしそんな人がいたら、任せてもいいと思っています。
ただ、今のところ、そういう人は見当たりません。
経営は「数字」だけでは決められない
牧場経営は、単純に「乳価がいくらで、コストがいくら」という話ではありません。
例えば、
・この牛は二産、三産で伸びる血統なのか
・この地域でこれ以上規模を拡大していいのか
・今このタイミングで設備投資をするべきなのか
・若い人が来たときに、この牧場はどう見えるのか
こういった判断は、数字だけでは決められません。
感覚や価値観が大きく関わってきます。
例えば、出雲市の人口は減少傾向にあり、地域の平均年齢も上がっています。この中で、これ以上規模を拡大する意味があるのか。それとも、小さくても持続可能な形を目指すべきなのか。
あるいは、古い牛舎であっても牛の状態が良ければいいのか。それとも、外から見たときの印象も重視するべきなのか。
こういった問いは、正解が一つではありません。
だからこそ、自分で考えて、自分で決める必要があると感じています。
効率ではなく「納得」で選んでいる
よく誤解されるのですが、自分で経営することが最も効率的かというと、そうではありません。
時間も取られますし、責任もすべて自分に返ってきます。
それでも自分でやるのは、「納得したいから」です。
誰かに任せて、「まあ仕方ないか」と思いながら続けるよりも、自分で考えて、自分で決めて、その結果に責任を持つ方が、精神的には楽です。
これは効率の問題ではなく、感覚の問題に近いと思っています。
牧場経営は「主張」でもあると思っています
もう一つ、自分の中で大きいのが、牧場経営を通して伝えたいことがある、という点です。
・規模拡大だけが正解ではない
・AIや仕組みを使えば、小さくても戦える
・情報を開けば、業界に入るハードルは下がる
・酪農は閉じた業界である必要はない
こういったことを、言葉だけではなく、現場で証明したいと思っています。
そのためには、自分がハンドルを握っている必要があります。
誰かに任せてしまうと、それはただの「意見」になってしまいますが、自分でやることで「実例」になります。
まとめると、こうなります
ここまで整理すると、理由は大きく4つにまとまります。
・自分の牛を自分で管理するのが面白い
・任せたいと思える人がいない
・数字だけでなく価値観を含めて判断したい
・未来の酪農の形を現場で示したい
どれか一つではなく、この全部が重なっています。
これから先は変わるかもしれません
ただ、これはあくまで「今」の話です。
環境が変われば、任せるという選択をする可能性もあります。むしろ、任せられる人が育つなら、その方が業界としては健全だとも思います。
実際、研修生を受け入れているのも、その延長線上にあります。
ただ現時点では、自分でやること自体に意味があるフェーズだと感じています。
私は今こう考えています
「なぜわざわざ自分でやるのか」という問いに対して、今の私はこう答えます。
それは、「自分でやることにしか見えない景色があるから」です。
そしてもう一つは、「その景色を通して、何かを残したいと思っているから」です。
酪農は、効率だけで語れる仕事ではありません。
同時に、感情だけでも続けられない仕事です。
その間で、毎日判断を積み重ねていく。
今はそのハンドルを、自分で握っていたいと思っています。
そしてもし、将来それを安心して任せられる人が現れたら。そのときは、その人に託すという選択も、きっと自然にできるのだと思います。
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