なぜ毎年“牛乳余り”は繰り返されるのか?酪農の構造問題を現場の酪農家が本気で解説

2026-05-25 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

こんにちは。川上牧場の川上です。

毎年、冬休み、春休み、年末年始、そしてゴールデンウィーク前後になると、こんな言葉を見かけることが増えます。

「牛乳が余っています」

「牛乳を飲んで応援してください」

「廃棄を防ぐために、いつもより1杯多く飲んでください」

これを聞いて、応援してくださる方がいる一方で、こう思う方も当然いると思います。

「また同じことを言っているの?」

「毎年わかっているなら、なぜ対策しないの?」

「チーズやバターやアイスにすればいいのでは?」

「農水省やJAは何をしているの?」

この疑問、ものすごく自然です。

消費者の方がそう感じるのは当然ですし、正直に言うと、酪農家である僕自身も「なぜ毎回こうなるのか」と思うことがあります。

ただ、この問題は「誰かが怠けているから起こる」というほど単純ではありません。

牛乳というものは、生き物から毎日生まれるものです。

工場のように、今日だけ生産を止めたり、来週から急に増やしたりすることができません。

そして日本の酪農には、戦後から積み上げられてきた制度、乳業メーカーとの関係、学校給食、加工品の需給、輸入乳製品、人口減少、消費習慣の変化など、いくつもの要素が絡み合っています。

今回は、現場の酪農家として、できるだけわかりやすくこの構造を解説してみたいと思います。

牛乳が余るのは、偶然ではない

まず知っていただきたいのは、牛乳が余りやすい時期には理由があるということです。

牛は暑さが苦手です。

夏になると、牛は食欲が落ちます。

食べる量が落ちると、当然、乳量も落ちやすくなります。

逆に、冬から春にかけての涼しい時期は、牛がよく食べます。

体への暑熱ストレスも少ないので、乳量が伸びやすくなります。

つまり、生産側から見ると、冬から春は牛乳が増えやすい時期です。

一方で、消費側はどうでしょうか。

寒い時期は、冷たい牛乳をゴクゴク飲む人が夏ほど多くありません。

さらに冬休み、春休み、年末年始、ゴールデンウィークなどで学校給食が止まります。

学校給食の牛乳は、普段かなり大きな需要です。

それが休みの期間に一気に止まります。

つまり、

牛乳が増えやすい時期に、牛乳が飲まれにくくなる。

この組み合わせが、毎年のように起こります。

これが“牛乳余り”の基本構造です。

「じゃあバターにすればいい」は、半分正しくて半分難しい

ここでよく出る意見があります。

「余るならバターにすればいい」

「チーズにすればいい」

「アイスなら賞味期限が長いから、全部アイスにすればいい」

この意見も、本当に自然です。

実際、飲用に回せない生乳を加工に回すことはあります。

牛乳をそのまま捨てるより、バターや脱脂粉乳などの乳製品にする方が保存できます。

ただし、ここに大きな落とし穴があります。

バターを作ると、同時に大量の脱脂粉乳ができます。

牛乳の中には脂肪分があります。

バターは主にその脂肪分を使います。

では、脂肪を取ったあとの成分はどうなるのか。

それが脱脂粉乳などになります。

つまり、バターを増やすと、バターだけが増えるわけではありません。

同時に脱脂粉乳の在庫も増えるのです。

コロナ禍で学校給食や外食需要が落ちたとき、この問題がかなり大きくなりました。

生乳を処理するために加工へ回す。

すると、脱脂粉乳が倉庫に積み上がる。

「倉庫に置いておけばいい」と思うかもしれませんが、保管にはお金がかかります。

在庫が増えれば、管理費も増えます。

価格にも影響します。

最終的には、酪農家の手取りや乳業メーカーの経営にも跳ね返ってきます。

つまり、加工は必要な手段ですが、魔法の解決策ではありません。

一つの問題を解決しようとすると、別の問題が出てくる。

ここが牛乳・乳製品の難しいところです。

アイスも簡単には増やせない

「アイスにすればいい」という意見もあります。

確かに、アイスは保存性が高いです。

牛乳よりも日持ちしますし、消費者にも人気があります。

でも、これも簡単ではありません。

アイスを作るには、工場の設備が必要です。

人も必要です。

包装資材も必要です。

冷凍保管も必要です。

冷凍物流も必要です。

今日牛乳が余ったから、明日から全部アイスにしよう。

これは現実にはできません。

さらに、アイスには商品設計があります。

乳脂肪分、無脂乳固形分、甘さ、食感、価格、パッケージ、販売先。

ただ牛乳を凍らせればアイスとして売れるわけではありません。

乳製品は、食品であると同時に工業製品でもあります。

売れる商品にするには、工場、物流、販売、在庫管理まで含めた仕組みが必要です。

だから、余った牛乳をすべてチーズやバターやアイスに変えれば解決、というほど単純ではないのです。

日本の酪農を守ってきた「一元集荷多元販売」

この問題を理解する上で、避けて通れない仕組みがあります。

それが、一元集荷多元販売です。

少し難しい言葉ですが、簡単に言うと、酪農家がそれぞれバラバラに乳業メーカーへ牛乳を売るのではなく、地域や組織でまとめて集め、複数の用途に販売する仕組みです。

なぜ、こんな仕組みができたのか。

それは、酪農家一軒一軒では、乳業メーカーに対して価格交渉力が弱かったからです。

もし完全に個別取引になれば、乳業メーカーは条件の良い農家の牛乳だけを買うことができます。

量が少ない農家、遠い農家、条件が悪い農家は、買い叩かれたり、引き取ってもらえなかったりする可能性があります。

それでは地域の酪農は守れません。

だから、みんなの牛乳をまとめて集め、用途ごとに販売し、価格を安定させる仕組みが作られました。

この仕組みは、日本の酪農を長く守ってきました。

小さな酪農家も、山間地の酪農家も、地域の集乳ルートに乗ることで牛乳を売ることができました。

これは間違いなく、日本の酪農を支えてきた大切な仕組みです。

ただし、この仕組みには弱点もあります。

柔軟性が低いのです。

牛乳が余ったとき、個別の農家が自由に販売先を変えたり、すぐに輸出へ回したり、急に加工へ切り替えたりすることが難しい。

全体で調整しなければいけないので、動きが重くなります。

つまり、守るための仕組みが、変化の速い時代には足かせになる場面も出てきているのです。

2018年の制度改正で、自由度は増えた。でも新しい課題も出た

2018年には、酪農の制度に大きな変更がありました。

いわゆる畜安法の改正です。

これによって、生乳販売の自由度は以前より高まりました。

自由度が増えること自体は、悪いことではありません。

新しい販売先を開拓する農家や組織が出てくる。

地域独自のブランドを作る。

直接販売や加工に挑戦する。

そうした可能性も広がります。

しかし一方で、新しい課題も生まれました。

需給調整に協力する人と、しない人の差が出やすくなるのです。

全体で牛乳が余っているときに、生産抑制や加工向けへの調整に協力する人がいる。

その一方で、需要のある販売先へ自分の牛乳だけを売る人もいる。

これは市場としては自然な動きです。

でも、全体の需給調整を考えると、不公平感が生まれます。

「みんなで支えている仕組みに乗るのか」

「自由に売るのか」

「その負担は誰が持つのか」

この問題は、今の酪農業界の中でも非常に難しいテーマです。

昭和に作られた仕組みが、令和の消費構造や流通環境に合わなくなってきている。

でも、急に壊せば地域酪農が崩れる。

日本の酪農は、今その間で揺れているのだと思います。

農水省やJAは何もしていないのか

では、農水省やJAは何もしていないのでしょうか。

これは、そう単純には言えません。

暑熱対策への補助。

需要拡大の取り組み。

輸出促進。

脱脂粉乳の在庫対策。

学校給食や国産乳製品の利用促進。

さまざまな施策は行われています。

ただ、ここで難しいのは、牛乳は民間の経済活動でもあるということです。

国がいきなり、

「あなたの会社はこれを作りなさい」

「この価格で売りなさい」

「この量だけ生産しなさい」

と強制することは簡単ではありません。

酪農家も、乳業メーカーも、販売店も、それぞれ経営があります。

さらに牛は生き物です。

工場なら、生産ラインを一時的に止めることができます。

でも牛は、今日も明日も乳を出します。

子牛が生まれて、育って、搾乳牛になるまでには約2年かかります。

今日の需給を見て、来週から急に全国の乳量を調整することはできません。

だからこそ、政策だけでも、JAだけでも、乳業メーカーだけでも、酪農家だけでも、すぐには解決できないのです。

本当の問題は「牛乳を飲む人が減っていく社会」

ここで、さらに大きな問題があります。

それは、日本の人口が減っていることです。

人口が減れば、当然、牛乳を飲む人も減ります。

若い世代の食習慣も変わっています。

朝に牛乳を飲む家庭も、昔より減っていると思います。

さらに、海外からの乳製品も入りやすくなっています。

国際貿易の中で、日本だけが完全に国内酪農を守り続けることは難しくなっています。

つまり、牛乳余りの問題は、単に春休みや冬休みの問題ではありません。

もっと根本には、

日本国内の牛乳・乳製品需要が、長期的に弱くなっていく可能性

があります。

ここに向き合わないと、毎年の「飲んで応援してください」だけでは限界が来ます。

もちろん、僕は牛乳を飲んでほしいです。

毎日コップ1杯飲んでくれたら、本当にありがたいです。

でも、それだけではなく、酪農そのものの価値を伝えていく必要があると思っています。

牛乳を売るだけではなく、

酪農が地域にある意味。

牛が草を食べて食料に変える意味。

堆肥が田畑に戻る循環。

子どもたちが食と命を学ぶ場としての牧場。

災害時や地域経済における農業の役割。

こうした価値を、もっと社会に伝えていく必要があります。

消費者にお願いしたいこと

では、消費者の皆さんに何ができるのか。

まずは、いつもより少し牛乳や乳製品を選んでもらえると嬉しいです。

牛乳を1杯飲む。

ヨーグルトを食べる。

チーズを買う。

アイスを楽しむ。

料理に牛乳を使う。

それだけでも、積み重なれば大きな力になります。

でも、もう一つお願いがあります。

それは、背景を知って、誰かに話してほしいということです。

「なんで毎年牛乳が余るんだろうね」

「実は牛の乳量と学校給食の休みが重なるんだって」

「バターにすると脱脂粉乳も増えるらしいよ」

「牛乳って、工場製品みたいにすぐ増減できないんだって」

こういう会話が増えるだけでも、酪農への理解は少しずつ変わります。

応援というのは、買うことだけではありません。

知ること。

話すこと。

誤解を減らすこと。

それも立派な応援です。

最後に:この問題は、誰か一人の悪者を探しても解決しない

牛乳余りの問題は、わかりやすい悪者を作りたくなる問題です。

農水省が悪い。

JAが悪い。

乳業メーカーが悪い。

酪農家が作りすぎるのが悪い。

消費者が飲まないのが悪い。

そう言いたくなる気持ちはわかります。

でも、現場にいると、そんなに単純ではないと感じます。

この問題は、日本の酪農が長い時間をかけて作ってきた仕組みと、今の社会の変化が噛み合わなくなってきているところから起きています。

牛は毎日乳を出します。

でも、人間の社会は休日で需要が止まります。

牛乳はすぐ傷みます。

でも、加工すれば別の在庫問題が出ます。

地域酪農を守る仕組みは必要です。

でも、自由な販売や新しい挑戦も必要です。

どちらか一方だけが正解ではありません。

だからこそ、僕たち酪農家も、ただ「飲んでください」と言うだけではなく、なぜそうなるのかを説明していかなければいけないと思っています。

そして、これからの酪農は、牛乳だけを売る産業ではなく、

地域、食育、環境、循環、命、文化を含めた価値を届ける産業になっていく必要があると思います。

毎年繰り返される“牛乳余り”は、ただの在庫問題ではありません。

日本の酪農が、これからどう変わるべきかを問いかけている問題です。

今日も牛乳を飲んでくださって、ありがとうございます。

その1杯の裏側に、牛がいて、酪農家がいて、乳業メーカーがいて、配送の人がいて、給食があって、制度があって、地域があります。

そのことを、少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。

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