【牛が亡くなったらどうなる?】酪農家が避けて通れない「死亡牛」の話
2026-06-20 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
牧場では、子牛が生まれる日があります。
小さな体で息をして、まだ足元もおぼつかない子牛が立ち上がろうとする姿を見ると、何度経験しても「よし、生まれてきてくれたな」と思います。
SNSでも、子牛が生まれましたと投稿すると、
「かわいい」
「元気に育ってほしい」
「癒やされます」
という声をいただくことがあります。
でも、牧場は「生まれる場所」であると同時に、「別れがある場所」でもあります。
今日は少し重たいテーマです。
リスナーさんから、こんな質問をいただきました。
牧場で牛さんが死んでしまったら、どのような処理をされるのでしょうか?
普段、牛乳やヨーグルト、チーズ、バターは身近にあります。
でも、その牛乳を出してくれている牛が亡くなった後のことを、知る機会はあまりありません。
あえて話題にしにくいテーマでもあります。
ただ、酪農を知ってもらううえで、ここは避けて通れない話だと思っています。
牛が亡くなったら、酪農家が勝手に埋めることはできない
まず、結論からお話しします。
牧場で牛が亡くなった場合、酪農家が勝手に山へ埋めたり、処分したりすることはできません。
日本では、牛は個体識別番号で管理されています。
生まれてから、移動し、出荷され、亡くなるところまで、基本的に記録が追える仕組みになっています。
農林水産省は、BSE対策や個体識別情報の提供などを目的として、牛トレーサビリティ制度を運用しており、死亡牛についても引渡し先の届出が必要になっています。
つまり、牛は「牧場の中だけで完結する存在」ではありません。
命ある家畜であると同時に、食品や防疫、環境、記録管理とつながっている存在です。
昔は、地域によっては埋却されることもありました。
個体識別番号がなかった時代もあります。
でも、今は違います。
家畜伝染病対策、環境保全、食品の安全性、そして記録管理の観点から、死亡牛は決められたルートに乗せて処理されます。
ここは、一般の方が思っている以上に厳格です。
実際の流れはどうなるのか
牛が亡くなったとき、まず酪農家は状況を確認します。
どの牛が亡くなったのか。
いつ亡くなったのか。
病気なのか、事故なのか、老衰に近いものなのか。
獣医師や農業共済、地域の関係機関と連絡を取りながら対応することもあります。
その後、死亡牛を専門に扱う業者さんに連絡し、引き取りに来てもらいます。
地域によって流れは少し違います。
共済や関係機関を通して手配する場合もあれば、酪農家が直接業者さんに依頼する場合もあります。
ここで大変なのが、牛の大きさです。
乳牛は大きい牛だと600kg、700kgを超えることもあります。
人の力だけで動かせるものではありません。
亡くなった場所によっては、まず牛舎の外まで出す必要があります。
重機を使ったり、ロープを使ったり、フォークリフトやトラクターで動かしたりします。
その後、回収車が来て、クレーンなどで吊り上げ、運搬車に積み込みます。
淡々と書いていますが、現場ではかなり重い作業です。
物理的にも重い。
気持ちとしても重い。
しかも、牛舎の中には他の牛もいます。
他の作業も止められません。
搾乳もある。
餌やりもある。
分娩が近い牛もいる。
子牛のミルクもある。
だから、どれだけ気持ちが沈んでも、仕事として次の対応をしなければいけません。
ここが、酪農の現場の難しさでもあります。
死亡した牛は食肉にはならない
ここも誤解されやすいところです。
牧場で亡くなった牛は、基本的に食肉として流通することはありません。
牛肉として流通する牛は、と畜場で検査を受け、食肉として問題がないことが確認されたものです。
一方で、病気や事故、衰弱などで牧場内で亡くなった牛は、そのまま食品になることはありません。
なぜなら、亡くなった理由がはっきりしない場合もあるからです。
もし感染性の病気が関係していた場合、それを食肉に回すことは大きな問題になります。
だから、死亡牛は食品ではなく、法律や地域のルールに基づいて処理されます。
死亡した牛や家畜由来の原料を扱う施設については、化製場等に関する法律で、化製場や死亡獣畜取扱場を設ける場合に都道府県知事などの許可が必要とされています。
また、BSE対策としても死亡牛の検査体制が整えられてきました。日本では2001年のBSE発生以降、死亡牛の届出義務や検査体制などが整備され、現在は国際的にも「無視できるBSEリスク」の国に認定されています。
さらに、2024年4月1日からの死亡牛BSE検査では、一般的な死亡牛については96か月齢以上が対象とされています。
こうした制度は、消費者を守るためでもあり、農家を守るためでもあります。
「死亡した牛はどうなるのか」という話は、感情の話だけではありません。
食の安全、家畜防疫、環境、記録管理が全部つながっている話です。
事故で亡くなることもある
牛が亡くなる理由は、ひとつではありません。
高齢の牛が弱って亡くなることもあります。
子牛が下痢や肺炎で亡くなることもあります。
夏の暑さで体力を落としてしまうこともあります。
事故もあります。
柵に首が挟まってしまう。
足を滑らせて立てなくなる。
狭い場所に入り込んで身動きが取れなくなる。
分娩時に子牛がうまく出てこられない。
どれだけ気をつけていても、ゼロにはできません。
もちろん、ゼロに近づける努力はします。
牛舎の構造を見直す。
暑熱対策をする。
寝床を整える。
子牛の様子を見る。
分娩前後の牛を注意して観察する。
それでも、命を扱う仕事である以上、「絶対に亡くならない」はありません。
ここは、きれいごとでは済まない部分です。
一番つらかった別れ
僕自身、一番忘れられない牛がいます。
就農してすぐの頃、自分の牧場を遺伝改良していきたいと思って、かなり無理をして海外から受精卵を買ったことがありました。
1卵20万円くらいする受精卵です。
受胎したときは、本当にうれしかったです。
この子が生まれたら、牧場の未来が少し変わるかもしれない。
そう思って、親牛の管理も気をつけて、分娩まで大事に見ていました。
でも、いざ分娩になったとき、その子牛は逆子でした。
朝、牛舎に行ったら分娩が始まっていて、慌てて引っ張り出そうとしました。
でも、羊水を飲んでしまっていたのか、目の前で息を引き取ってしまいました。
出てきたときには、まだ生きていました。
でも、助けられなかった。
あれは今でも忘れられません。
1週間、2週間くらい、本当に気持ちが沈みました。
今でも夢に出てくることがあります。
経営として見れば、「受精卵代が無駄になった」という話かもしれません。
でも、そんなふうには割り切れません。
そこには、期待がありました。
準備がありました。
生まれてくるはずだった未来がありました。
命が亡くなるというのは、数字だけでは処理できないものです。
自家育成の牧場だからこそ、感情が残る
川上牧場では、子牛のときから育てて、大きくして、搾乳牛にしていく管理をしています。
いわゆる自家育成です。
子牛のころから見ている牛が、育成牛になり、初めて分娩して、牛乳を出し、何度も子牛を産み、牧場を支えてくれる。
そういう積み重ねがあります。
だから、亡くなったときには、その牛の人生が頭に浮かびます。
この牛は子牛のころ、ミルクを飲むのが下手だったな。
初産のとき、少し苦労したな。
暑い夏でもよく食べてくれたな。
何度も牧場を助けてくれたな。
そういう記憶があります。
もちろん、経営だけを考えれば、感情を切り離した方がいい場面もあるのかもしれません。
牛は産業動物です。
牧場は経営です。
数字も見なければいけません。
でも、僕はこの感情を完全には捨てたくありません。
牛を「一頭の生産単位」としてだけ見ることもできる。
でも、それだけでは見えないものがあります。
命を預かる仕事として、牛が生きていた時間をちゃんと見ていたい。
それが、僕の酪農の向き合い方です。
「かわいそう」で終わらせないために
こういう話をすると、
「かわいそう」
「残酷だ」
「つらい仕事ですね」
と言われることがあります。
その感覚は、間違っていないと思います。
実際、かわいそうです。
つらいです。
助けられなかったときは、悔しいです。
でも、そこで止まってしまうと、現場の全体は見えなくなります。
酪農は、命を生かす仕事です。
同時に、命が終わる場面にも立ち会う仕事です。
子牛が生まれる。
牛乳を出してくれる。
病気になる。
治療する。
回復する。
それでも亡くなることがある。
その全部が、牧場の日常です。
牛乳は、きれいなパックに入ってスーパーに並びます。
でも、その奥には、こうした日々があります。
明るい話だけではありません。
かわいい話だけでもありません。
効率や生産性だけでもありません。
命の現実があります。
牛乳を飲むときに、少しだけ思い出してほしいこと
牛が亡くなった後の話は、あまり表に出ません。
酪農家も、積極的に話したいテーマではありません。
聞く側も、楽しい話ではないと思います。
それでも、知ってもらいたいと思っています。
なぜなら、牛乳は命と切り離せないものだからです。
子牛が生まれること。
母牛が牛乳を出すこと。
役目を終える牛がいること。
病気や事故で亡くなる牛がいること。
そして、その後も法律や制度に基づいて処理されていること。
その全部があって、牧場は続いています。
だから、牛乳を飲むときに、重く受け止めすぎる必要はありません。
ただ、少しだけ想像してもらえたらうれしいです。
この牛乳の向こう側には、牛がいて、酪農家がいて、喜びも別れもある。
そう思ってもらえるだけで、牛乳の見え方は少し変わると思います。
最後に
牧場で牛が亡くなった場合、酪農家が勝手に処理することはできません。
個体識別番号で管理され、必要な届出や記録があり、専門の業者さんが引き取り、決められた施設で処理されます。
そして、亡くなった牛が食肉として流通することは基本的にありません。
これは、消費者を守るためでもあり、家畜の病気を広げないためでもあり、酪農という産業全体を守るためでもあります。
ただ、酪農家にとっては、それは単なる「処理」ではありません。
生まれたときから見てきた牛。
何度も子牛を産んでくれた牛。
毎日牛乳を出して、牧場を支えてくれた牛。
そういう牛との別れです。
仕事として、淡々と対応しなければいけない。
でも、感情がなくなるわけではありません。
悲しいけれど、立ち止まり続けることもできません。
次の搾乳があり、次の餌やりがあり、次に生まれてくる命があります。
酪農は、命を迎える仕事であり、命を見送る仕事でもあります。
今日の話は少し重たい内容でした。
でも、牛乳の向こう側にある現実として、知ってもらえたらうれしいです。
牛乳を飲むとき、ほんの少しだけでいいので、牛たちのことを思い出してもらえたら。
それだけで、酪農家としてはありがたいです。
情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也
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どう生まれているかを知る機会はほとんどありません。
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