宇宙から牛を管理する時代へ?人工衛星が変える酪農と畜産の未来
2026-08-03 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
リスナーさんから、こんな質問をいただきました。
「カゴメがトマト栽培に人工衛星を使っていると聞きました。
酪農でも、衛星って使われているんですか?」
面白い質問です。
宇宙と牛。
いちばん遠そうな組み合わせです。
でも調べてみると、
もう始まっていることが、いくつもありました。
今回は、その話をします。
8月の月曜日の牧場から
この配信を録ったのは、
8月3日、月曜日の朝7時でした。
予報は最高35度。
雲ひとつない快晴です。
この日の予定は、盛りだくさんでした。
まず、よその牧場へ
人工授精の仕事に行きます。
それから、地元の幼稚園の先生と打ち合わせ。
9月に、子どもたちが牧場見学に来てくれるので、
その段取りです。
夕方からは、ホルスタインの改良を研究する会の集まり。
僕は、そこで役員をしています。
牛のこと、子どものこと、改良のこと。
酪農家の1日は、牛舎の中だけでは終わりません。
そんな日の朝に、
宇宙の話をしました。
先に結論を言います
人工衛星が、牛を飼ってくれるわけではありません。
でも、
農家が見落としていた土地の変化や、
使われていなかった地域の資源を、
見つけてくれる可能性があります。
そしてもうひとつ。
衛星も、AIも、
農家の代わりではありません。
農家が「どこを見に行けばいいか」を
絞り込んでくれる道具です。
カゴメのトマトと、人工衛星
まず、質問にあったトマトの話から。
カゴメとNECは、
加工用トマトの栽培を支える
「クロップスコープ」という仕組みを展開しています。
大事なのは、
衛星画像だけで、AIが勝手にトマトを育てている
わけではない、ということです。
組み合わせているのは、
衛星画像。
畑に置いたセンサー。
気象の情報。
土の状態。
トマトの育ち具合。
そして、熟練した生産者のノウハウ。
これらをまとめて、
AIが水や肥料をどれだけ入れるかを提案し、
水やりの設備とつなげています。
水が減って、トマトが増えた
結果が、すごいんです。
2023年に北イタリアで行った実証では、
この仕組みを使わない区画と比べて、
水やりの量を約19%減らしながら、
トマトの収量は約23%増えたそうです。
水が減って、
トマトが増えた。
普通は、水を減らせば収量も落ちそうです。
でも、必要な場所に、必要なだけ。
それができると、両方が良くなる。
これは、牛の餌を育てる畑でも
同じ話になるはずです。
牛の餌になる牧草やトウモロコシも、
畑の場所によって育ち方が違います。
水はけの悪い一角。
日当たりの悪い一角。
毎年なんとなく育ちが悪い一角。
酪農家は、それを経験で知っています。
でも、それを地図と数字で見られたら、
肥料のまき方も、変えられるかもしれません。
衛星には、植物の元気が見える
では、衛星はどうやって
畑の様子を見ているのか。
植物は、元気なときと弱っているときで、
光の反射の仕方が変わります。
人の目には、同じ緑に見えても。
衛星のセンサーを通すと、違いが分かるんです。
よく育っている場所。
水が足りていない場所。
草が薄くなっている場所。
土がむき出しの場所や、雑草が増えている場所。
こうした違いが、
地図の上に色で浮かび上がります。
でも、衛星にも苦手がある
ただし、万能ではありません。
雲が多い日は、
光で撮る衛星からは、地面が見えません。
そして、画像の1マスは、
数メートルから数十メートルあります。
小さな畑や、牛1頭を細かく見る、
という使い方には向いていません。
衛星が強いのは、
広い範囲の中から、
「どこかおかしい場所」を見つけること。
いわば、ふるい分けの道具です。
最後の確認は、
人が歩いて見るか、
ドローンや土のセンサーで確かめます。
オーストラリアでは、草の量を数字にする
牛の話に近づきます。
広い放牧地を持つオーストラリアでは、
衛星画像から、牧草の量を推定しています。
「この区画には、牛が食べられる草が、
あとどれくらい残っているか」
それを数字にするサービスが使われています。
すると、判断が変わります。
次に、どの区画へ牛を移すか。
何頭まで放牧できるか。
草を食べさせすぎていないか。
これまで、経験と勘で決めていたことを、
データで決められるようになる。
広すぎて、人が全部を見て回れない場所ほど、
衛星の目は役に立ちます。
北海道では、雑草を宇宙から探す
日本でも、北海道を中心に、
牧草地への衛星の活用が研究されています。
牧草が多い場所。
雑草が多い場所。
土が見えている場所。
これを画像から分けて、地図にする取り組みです。
特にやっかいなのが、
ギシギシのような、なかなか退治できない雑草です。
これまでは、
牧草地全体に一律で除草剤をまくか、
人が歩いて探すしかありませんでした。
衛星やドローンで場所が分かれば、
必要な場所にだけ、薬をまけます。
薬の量も、手間も、減らせます。
山の放牧牛を、スマホで探す
次は、牛そのものの話です。
日本には、「みちびき」という
準天頂衛星システムがあります。
日本の上空を回る、
日本版のGPSのような衛星です。
この精度の高い位置情報を使って、
中山間地や耕作放棄地に放牧した牛の居場所を、
スマホで確認する研究が進んでいます。
放牧には、放牧の悩みがあります。
牛が見つからない。
柵を越えていないか、分からない。
山の陰や、霧の中に入ってしまう。
病気やけがで、動けなくなっているかもしれない。
位置が分かれば、
急に動かなくなった牛、
群れから離れた牛、
柵の外に出た牛を、
早く見つけられます。
位置だけでは、分からないこともある
ただ、GPSが教えてくれるのは、
基本的に「どこにいるか」と「どれだけ動いたか」です。
発情しているのか。
病気なのか。
それを判断するには、
体の動きを測るセンサーや、
反芻の回数、体温、食べた量など、
別の情報と組み合わせる必要があります。
見えない柵、バーチャルフェンス
もうひとつ、面白い技術があります。
バーチャルフェンス。
見えない柵です。
電気の柵を張るのではなく、
スマホの地図の上に、境界線を引きます。
牛には、GPS付きの首輪を付けます。
牛が境界線に近づくと、
首輪から音や振動の合図が出ます。
牛は、その合図と境界線の関係を覚えていきます。
ニュージーランドの会社が、
太陽光で動くGPS首輪とアプリを出しています。
そして2026年4月には、
電波塔や携帯の電波がない場所でも使える、
人工衛星に直接つながる首輪を、
肉牛向けに発表しました。
便利さの裏にある、課題
ただし、良いことばかりではありません。
牛が合図を正しく覚えるには、
段階的な訓練が必要です。
首輪の故障。
電池切れ。
通信の不具合。
GPSの誤差。
こうしたことも、考えておかないといけません。
そして、道路や崖、川のように、
牛が越えた瞬間に大きな事故になる場所を、
見えない柵だけに任せていいのか。
ここは、慎重であるべきだと思います。
動物福祉の面でも、確かめることがあります。
合図の刺激は強すぎないか。
牛が混乱していないか。
うまく覚えられない牛には、どうするのか。
僕は、危ない外周には物理的な柵を残して、
中の区画の切り替えを見えない柵で行う。
そんな使い方が、現実的だと考えています。
うちの牧場では、どうか
では、川上牧場で衛星を使うか。
うちは、牛舎の中で牛を飼い、
地域の副産物を餌に組み合わせています。
牛舎の中なら、衛星より、
カメラやセンサーの方が役に立ちます。
でも、将来。
育成牛や、お産前の休んでいる牛を、
耕作放棄地に放牧することがあれば。
放牧地の区切り。
水場の見守り。
柵から出たときの通知。
どれだけ歩いたかの記録。
こういう使い方は、十分ありえると思っています。
宇宙の目と、地上の目
大事なのは、どれかひとつの技術が
勝つわけではない、ということです。
人工衛星は、地域と土地を見る。
ドローンは、畑を細かく見る。
固定カメラは、牛舎全体を見る。
首輪やセンサーは、牛1頭を見る。
そして最後に、人が現場で確かめる。
この重なりを組み合わせて、
はじめて使える仕組みになります。
宇宙の農業は、未来の酪農につながる
もうひとつ、話が広がります。
月や火星で暮らすための研究から、
農業の技術がたくさん生まれています。
生活排水を使い直す。
排せつ物から、窒素やリンを回収する。
閉じた空間で野菜を育てる植物工場。
小さな藻の利用。
培養肉。
少ない水と肥料で、食べ物をつくる工夫。
宇宙は、資源が極端に限られた場所です。
だから、捨てるものをなくす農業が必要になる。
これは、地球でも同じです。
水が足りない地域。
災害のときの避難所。
離島。
人が減った農村。
資材の値段が上がり続ける農業。
そして、ふん尿、食品残さ、排水、熱、二酸化炭素を
ぐるぐる回していく、これからの酪農にも
まっすぐつながっています。
農家の経験は、いらなくなるのか
AIや衛星が進むと、
「もう農家の経験はいらないのでは?」
と言われることがあります。
僕は、そうは思いません。
衛星が教えてくれるのは、
「ここが、おかしいかもしれない」
という可能性です。
その原因が、
肥料が足りないのか。
水はけが悪いのか。
虫なのか。
病気なのか。
それを決めるのは、現場です。
AIは、農家の代わりではありません。
農家が見に行く場所を、
絞り込んでくれる道具です。
全部の畑を毎日歩く代わりに、
おかしいかもしれない場所だけを見に行く。
そうやって、
限られた人手と時間を、
いちばん大事なところに使えるようになります。
幼稚園の子どもたちに話すとしたら
この日の朝、
9月の牧場見学の打ち合わせがありました。
もし、見学に来た子どもたちに
この話をするとしたら。
僕は、こう話すと思います。
「空の、ずっと高いところにある人工衛星が、
牛の草がどれくらいあるか、見てくれているんだよ」
「でもね、牛が元気かどうかは、
牧場の人が、毎日そばで見ているんだよ」
子どもたちは、きっと空を見上げて、
それから、目の前の牛を見ると思います。
遠くから見る目と、
すぐそばで見る目。
その両方があって、牛は元気に暮らせる。
大人に向けて話しても、
結局、同じことなんだと思います。
酪農家として、思っていること
酪農も、畜産も、
人手が足りない時代に入っています。
僕の牧場も、例外ではありません。
だからこそ、
宇宙から見たデータと、
地上で長く牛を見てきた農家の経験。
この2つを組み合わせたときに、
酪農は、もっと少ない人手と資源で、
長く続けられる仕事に変われるかもしれない。
そう思っています。
宇宙と牛は、遠いようで、
案外近いところにいるのかもしれません。
今回のポイント
・人工衛星が牛を飼ってくれるわけではない。でも、見落としていた土地の変化や地域の資源を見つけてくれる
・カゴメとNECの「クロップスコープ」は、衛星画像・センサー・気象・土壌・熟練者のノウハウを組み合わせる。北イタリアの実証では水やり約19%減・収量約23%増
・衛星は植物の光の反射の違いで生育を見る。ただし雲と解像度(1マス数m〜数十m)が弱点で、広い範囲のふるい分けに強い
・オーストラリアでは衛星で牧草の量を数値化し、放牧の区画と頭数を決めている
・北海道では牧草地の雑草を画像で地図にし、必要な場所だけ除草する研究が進む
・準天頂衛星「みちびき」の位置情報で、山の放牧牛をスマホで探す研究がある
・バーチャルフェンスは便利だが、訓練・故障・誤差・動物福祉への配慮が必要。危ない外周は物理柵を残すのが現実的
・衛星は地域、ドローンは畑、カメラは牛舎、首輪は牛1頭、最後は人。この重なりで使える仕組みになる
・AIは農家の代わりではなく、見に行く場所を絞る道具
最後に、あなたに質問です。
もし宇宙から、あなたの仕事や暮らしを
ひとつだけ見守ってもらえるとしたら。
何を見てほしいですか。
コメントで教えてください。
酪農データバンク|牛乳の「なぜ?」に、出雲の酪農家が答える
原価はいくら? なぜバターだけ高い? 雄の子牛はどうなる? 毎朝の配信で答えてきたことを、登録なしで読めます。
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【YouTubeで同じ配信を聞く】
宇宙から牛を管理する時代へ?人工衛星が変える酪農と畜産の未来
【川上牧場を応援する・メンバーシップ】
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