放牧しない酪農は虐待なのか?牛の幸福を「飼い方」ではなく結果から考える
2026-08-04 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
Xで、こんなコメントをいただきました。
研修生との学びを配信した投稿に対してです。
「牛はコンクリートの牛舎から草地に移すと、
足取りが弾むように軽やかになります」
「多くの研究が、牛は放牧を好み、
放牧されている牛の方が幸福度が高いことを示しています」
「牛本来の生態を考えれば、
舎飼いはアニマルウェルフェアの土台にも立っていない。
虐待だと思います」
強い言葉です。
でも、大事な問いだと思いました。
だから今回は、
この問いに正面から答えてみます。
うちの牧場は、牛舎の中で牛を飼っています。
つまり、このコメントの
「虐待」と言われている側です。
35度の火曜日に
この配信を録ったのは、
8月4日、火曜日でした。
予報は、最高35度。
一日中、晴れ。
前の日は、37度まで上がりました。
暑さに、牛はすぐ反応します。
前の日は、牛がなかなか餌を食べませんでした。
暑いと、牛は食べなくなるんです。
この日は午前中に仕事を片付けて、
夕方からは県の農業関係の会議。
牛舎の仕事は、ヘルパーさんに引き継ぎます。
そして次の日から、
少し早めのお盆休みをいただく予定でした。
休みの前に、
どうしても話しておきたかったテーマです。
先に結論を言います
放牧が牛にたくさんの良いことをもたらす。
この指摘は、かなり正しいと思います。
でも、
「放牧しているから、必ず幸せ」
「牛舎で飼っているから、必ず虐待」
そこまで単純に分けることはできません。
アニマルウェルフェアは、
飼い方のラベルで決まるものではなく、
牛に何が起きているかで評価するものです。
そして僕の答えは、
放牧か牛舎かの二者択一ではなく、
季節と牛の状態に合わせて、
外の自由と、中の守りを組み合わせること。
ここから、理由を書いていきます。
草地で跳ねる牛は、何を感じているのか
まず、コメントにあった
「足取りが弾むように軽やかになる」という話です。
これは、本当によく見られる姿です。
牛を草地に出すと、
跳ねたり、走ったり、首を振ったりします。
動物行動学では、こうした動きを
「運動遊び(ロコモータープレイ)」と呼びます。
遊びの行動は、一般に、
動物が強い飢えや病気、恐怖に
支配されていないときに出やすい。
だから、前向きな気持ちを表す
有力な手がかりになります。
ただ、別の見方もあります。
長い間、運動の機会が少なかった牛が、
外に出たことで、
たまっていた運動の欲求が
一気に出てきた可能性もある。
どちらの面も、あると思います。
そしてどちらにしても、
牛が体を動かしたがっている、
というサインであることは、確かです。
放牧の良さは、研究でも示されている
放牧の良さは、研究でも報告されています。
草や土は、コンクリートより柔らかい。
蹄や関節への負担が軽くなります。
自由に歩いて、自由に向きを変えられる。
群れで一緒に食べて、一緒に休める。
そして、跛行(足を引きずる歩き方)や
足の病気、皮膚の傷が少ない傾向がある。
牛に選ばせる研究では、
特に夜や、穏やかな天気のときに、
放牧地を選ぶ傾向が確認されています。
だから、
「牛は放牧を好む」というのは、
根拠のある話です。
僕も、そこは否定しません。
アニマルウェルフェアは、5つの面で見る
では、放牧していれば
それだけで幸せなのか。
アニマルウェルフェアは、
ひとつの条件だけで決まるものではありません。
よく使われる考え方に、
「5つの領域」があります。
栄養。
物理的な環境。
健康。
行動。
そして、心の状態。
この5つを、まとめて見ます。
広い放牧地でも、
水場が遠い。
日陰がない。
餌が足りない。
これでは、幸せとは言えません。
逆に、牛舎の中でも、
十分な餌と水がある。
寝床が乾いていて、柔らかい。
換気や送風がきちんとしている。
病気が早く見つかる。
人から乱暴に扱われない。
定期的に運動できる。
こういう環境なら、
放っておかれた劣悪な放牧より、
健康と快適さが守られる場合があります。
なぜ日本の酪農は、牛舎飼いが多いのか
少し、歴史の話をさせてください。
日本の酪農の多くは、牛舎で牛を飼っています。
これには、理由があります。
戦後、80年ほど前。
焼け野原から立ち上がって、
子どもたちに栄養のあるものを、
食べ物に困らない国に。
そんな思いで、
海外の技術を取り入れながら、酪農は広がりました。
でも日本は、平らな土地が少ない。
牛舎や放牧地に使える土地には、限りがあります。
そして、多くが家族経営です。
少ない人数で、
搾乳、餌やり、繁殖、治療、
ふん尿の処理まで、全部やってきました。
牛舎飼いには、管理の良さもある
牛舎で飼うことには、
管理のうえでの良さもあります。
1頭ずつ、餌の量を調整しやすい。
乳量や食欲の変化に、気づきやすい。
弱い牛が、強い牛に餌を取られない。
治療や人工授精もしやすい。
特に今の乳牛は、
たくさん牛乳を出す牛です。
お産のあとに栄養が足りなくなって、
代謝の病気になりやすい。
だから、1頭ごとの食欲、ふん、乳量、体調を
細かく見ることが、とても大事なんです。
日本の夏は、牛にとって厳しい
もうひとつ、どうしても外せない話があります。
日本の夏の暑さです。
ホルスタインは、
体の中で大量の餌を発酵させ、
大量の牛乳をつくります。
そのために、ものすごい量の熱を出しています。
高温多湿の日本の夏は、
その熱を外に逃がしにくい。
すると、
食べる量が落ちる。
呼吸が速くなる。
乳量が減る。
繁殖の成績も悪くなる。
ひどいときは、熱射病や、
最悪の場合、死につながります。
夏の放牧地には、
直射日光と、地面からの照り返し。
風が弱い日もある。
水場まで遠いこともある。
サシバエ、アブ、ダニもいます。
だから、夏の日中に限って言えば、
日陰も水も風も足りない放牧地より、
屋根があって、大型のファンがあって、
散水や冷房があって、すぐ水が飲める牛舎の方が、
牛の体の負担を下げられる場合があるんです。
見るべきは「結果」
では、何を見ればいいのか。
僕は、牛に起きている「結果」を見るべきだと思っています。
牛の歩き方。
体の傷。
乳房炎。
痩せすぎていないか、太りすぎていないか。
横になっている時間。
反芻の回数。
呼吸の速さ。
人を怖がっていないか。
牛どうしのけんか。
病気や死亡がどれだけ起きているか。
世界の動物衛生の基準をつくる国際機関(WOAH)の
乳牛のアニマルウェルフェアの基準も、
栄養、環境、健康、行動、人と牛の関係など、
いくつもの指標から、飼い方を評価する考え方です。
飼い方の名前ではなく、
牛の体と行動に表れたものを見る。
それが、いちばん公平なものさしだと思います。
毎日、牛舎で見ていること
「結果を見る」と書きましたが、
これは特別な検査の話ではありません。
毎日の仕事の中で、見ていることです。
朝、牛舎に入ったら、
まず牛の呼吸の音を聞きます。
暑い日は、口を開けて速い呼吸をしている牛がいる。
餌の食べ残しを見ます。
いつもより残っている牛がいたら、要注意です。
搾乳のときに、乳房の張りと、牛乳の様子を見ます。
牛が立ち上がるとき、寝るときの動きを見ます。
足をかばっていないか。
ぎこちなくないか。
そして、僕が近づいたときの反応を見ます。
怖がって体を引くのか。
顔を寄せてくるのか。
こういう小さな「結果」の積み重ねが、
その牛が今、どう感じているかを教えてくれます。
川上牧場は、つなぎ飼いです
うちの牧場は、つなぎ飼いです。
牛舎の中で、牛を1頭ずつつないで飼っています。
正直に言えば、
牛が自由に歩ける飼い方ではありません。
そこは、認めます。
だからこそ、できることを続けています。
農林水産省が2023年に出した指針でも、
つなぎ飼いの牛に、
十分な運動の機会を設けることが勧められています。
チェーンの長さを見直す。
寝床を柔らかくする。
換気を良くする。
足の病気の対策をする。
人を怖がらないように接する。
つなぎ飼いでも、
改善できることは、たくさんあります。
理想は、組み合わせ
では、理想はどんな形か。
僕は、放牧か牛舎かの二者択一ではなく、
組み合わせだと思っています。
春や秋、夜の涼しい時間は、外へ。
暑い日中は、牛舎に戻って、ファンと水で体を冷やす。
外の自由と、中の守り。
気候と、牛の状態に合わせて、
いいところを組み合わせる。
それが、日本の気候の中での、
現実的で、牛にとっても良い形だと思います。
もちろん、これには土地と人手が必要です。
牛舎のすぐ近くに、放牧できる場所があるか。
牛を出したり戻したりする人がいるか。
すぐに全部の牧場でできることではありません。
だから、できるところから。
放牧地がなければ、牛舎の中で運動できる時間をつくる。
つなぎ飼いなら、少しでも動ける工夫をする。
完璧な答えを待つより、
一歩ずつ牛の暮らしを良くしていく方が、
牛にとっては意味があると思っています。
「虐待」という言葉について
最後に、コメントの言葉について。
「舎飼いは虐待」という表現は、
正直に言うと、
現場との対話を止めてしまう言葉だと感じました。
牛舎で牛を飼っている酪農家の多くは、
牛のことを考えて、毎日働いています。
その人たちに「虐待」と言えば、
話はそこで終わってしまう。
でも、同時に、
僕たち生産者の側も、
「昔からこうだから」と、
牛の動きが制限されていることから
目をそらしてはいけない。
どちらの側も、問い直すことがある。
そう思っています。
コメントをくれた方は、
牛のことを本気で考えている方だと思います。
だからこそ、
一緒に考えられる言葉で話したい。
牛乳を飲む方に、知ってほしいこと
最近は、スーパーでも
「放牧牛乳」と書かれた牛乳を見かけるようになりました。
それを選ぶのは、とても良いことだと思います。
牛の暮らしに関心を持ってもらえることは、
酪農家にとって、うれしいことです。
でも、同時に、
放牧と書かれていない牛乳の向こうにも、
毎日牛の体を見て、
暑さと戦いながら、
少しでも快適にしようとしている酪農家がいます。
ラベルだけで、
良い・悪いを分けないでもらえたら。
それが、牛舎で牛を飼っている酪農家としての、
正直なお願いです。
牛と、牛乳と、みなさんの循環
お盆休みの前に、
配信の最後で、こんな話をしました。
牛が良い環境で育つ。
そこから出た牛乳を、みなさんが飲む。
そして、また牛が良い環境になっていく。
そんな循環ができているといいな、と。
牛の幸せは、
酪農家だけで決まるものではありません。
牛乳を飲む人が関心を持ってくれること。
それも、牛の環境を良くしていく力になります。
今回のポイント
・放牧が牛に良いことをたくさんもたらすのは本当。草地は柔らかく、跛行や足の病気、皮膚の傷が少ない傾向がある
・草地で跳ねる「運動遊び」は前向きな気持ちの手がかり。一方で、運動の欲求がたまっていた可能性もある
・アニマルウェルフェアは「栄養・環境・健康・行動・心の状態」の5つの面で見る
・日陰も水も足りない放牧地より、よく管理された牛舎の方が健康を守れる場合もある
・日本の酪農に牛舎飼いが多いのは、土地の少なさと家族経営の歴史、そして1頭ずつの管理のしやすさから
・高温多湿の日本の夏は、大量の熱を出すホルスタインにとって厳しい
・見るべきは飼い方の名前ではなく、歩き方・傷・乳房炎・横になる時間・反芻・呼吸数・人への怖がり方などの「結果」
・理想は、放牧か牛舎かの二択ではなく、季節と牛の状態に合わせた組み合わせ
・「虐待」という言葉は対話を止める。でも生産者も「昔からだから」で目をそらしてはいけない
最後に、あなたに質問です。
牛の幸せを、
あなたなら何で判断しますか。
広い草地でしょうか。
それとも、牛の体に表れたものでしょうか。
コメントで教えてください。
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