増やす?減らす?日本の牛乳の先行き
2025-12-15 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
https://youtu.be/9DIKmsUS-mU
増やす?減らす?日本の牛乳の先行き
12月15日の朝、牛舎の外に出ると、冷たい風が頬に当たりました。
最高気温は11度。曇り空で、朝方には小雨も降っていて、いかにも冬らしい空気です。手袋越しでも指先が冷たくなり、「ああ、12月だな」と身体が先に季節を理解する、そんな朝でした。
この日は朝の搾乳を酪農ヘルパーさんにお願いできたので、少しだけ時間に余裕がありました。育成舎の掃除をして、牛群検査の結果を確認し、体細胞数が高めの牛をどうするか考える。ワクチン接種の段取りも頭の中で組み立てながら、合間には広島での会議の後処理や電話対応も進めます。
やることは相変わらず多いですが、こうした一つひとつの作業が、今の自分の立ち位置を実感させてくれます。
そんな朝に、ふと気になったニュースがありました。
「日本の牛乳は、これから増やすべきなのか、それとも減らすべきなのか」。
この問いは、ここ最近ずっと頭のどこかに引っかかっていたものでもあります。
「牛乳を飲んでください」と言いながら、増産支援の話が出てくる違和感
年末が近づくと、毎年のように「牛乳を飲んでください」「このままだと廃棄になります」という呼びかけが増えます。学校給食が止まり、需要が一気に落ちる時期だからです。
一方で、国の動きを見ると「生産基盤を維持するために、投資を再び認めよう」という話も出てきています。
今回私が取り上げたのは、十勝毎日新聞の記事でした。
畜産クラスター事業において、酪農分野の増産制限を撤廃する方向だという内容です。一見すると、「やっと国が本腰を入れて支援してくれるのか」という前向きなニュースにも見えます。
https://kachimai.jp/article/index.php?no=2025121100001
ただ、現場で牛を飼っている立場から読むと、そう単純ではありません。
むしろ「これは、どこに向かおうとしているのだろう」と立ち止まって考えたくなる内容でした。
畜産クラスター事業とは何か
少し整理します。
畜産クラスター事業は、酪農家やJA、自治体などが地域単位で連携し、生産基盤を維持・強化するための補助事業です。牛舎の建設、搾乳施設や機械の導入など、大きな投資に対して国が最大で半分程度を補助します。上限は1件あたり最大5億円、計画期間は2年。かなり規模の大きな制度です。
この事業は、2022年度以降、酪農分野では「増産につながる投資」が事実上止められていました。
理由ははっきりしています。コロナ禍で牛乳の需要が落ち、生乳が余り、脱脂粉乳の在庫が積み上がった。これ以上作る方向に進むと需給バランスが崩れる、だから一度ブレーキをかけた、という判断です。
今回、その制限を外そうという話が出てきた背景には、別の危機があります。
それは、酪農家戸数の減少です。離農が続き、このままでは「牛乳を作る人そのものがいなくなる」という危機感が、国の側にも共有されてきた、ということだと思います。
「ありがたいけど、踏み切れない」という現場の声
記事の中で印象的だったのは、「制限撤廃はありがたいが、今のコストでは踏み切れない」という現場の声でした。
これは、実感としてよく分かります。
ここ数年で、建築資材は大きく値上がりしました。鉄骨、コンクリート、機械、人件費。どれを取っても数年前とは別物です。補助率は変わらなくても、総事業費が膨らんでいるため、結果として自己負担額があまり変わらない、むしろ増えているケースもあります。
40代の中規模酪農家の「中小規模は先行きが見えず投資に踏み切れない。大規模だけがさらに差を広げる」という言葉は、とても現場的でした。
借金を背負って設備投資をする一方で、乳価の先行きは不透明、飼料価格も不安定。この状況で「よし、増やそう」と決断できる人は、正直多くありません。
増やすべきか、減らすべきか、という単純な話ではない
ここで改めて問いに戻ります。
日本の牛乳は、これから増やすべきなのでしょうか。それとも減らすべきなのでしょうか。
生産の現実を見ると、地域ごとに状況は大きく異なります。
北海道は前年対比で102%と増えています。一見すると「2%だけ」と思われるかもしれませんが、日本の生乳の6〜7割を北海道が占めていることを考えると、これは決して小さな数字ではありません。
一方、都府県を見ると、東海、近畿、中国、九州など、多くの地域で98〜99%台。つまり、微減または横ばいです。
今年の夏、一部地域で生乳不足が起きた一方で、別の時期には余剰が出る。エリアごとの需給バランスが、かなり歪になっています。
消費の側を見ると、人口減少や学校給食の減少など、長期的には右肩下がりです。「作れば売れる」時代では、もうありません。
にもかかわらず、生産側には増産支援の話が出てきて、消費拡大の議論は相対的に弱い。このアンバランスさが、毎年同じ問題を繰り返しているように感じます。
投資支援だけでは解決しない、という実感
このニュースを見て、私が一番強く感じたのは、「投資支援だけでは問題は解決しない」ということでした。
牛舎や機械を増やす前に、その牛乳を「どう使い、どう届けるのか」を一緒に考えなければ、同じ壁にまたぶつかります。
増やすか、減らすか、という二択ではなく、「合わせる」仕組みが必要なのだと思います。
地域ごとの条件に応じた生産、無理のない規模、中小規模でも持続できる設計。そして、牛乳の出口をどう作るかという視点です。
ここまで考えていて、正直に言うと、少し気持ちが重くなりました。
「簡単な答えはないな」と、改めて感じたからです。ただ同時に、
「だから考える意味がある」とも思いました。
消費者とどうつながるか、という視点
消費者の皆さんから見れば、「牛乳はスーパーに並んでいるもの」かもしれません。
でも、その多くは北海道で作られ、長い距離を運ばれています。輸送コストや品質の問題を考えると、特定の地域に過度に依存することは、決して安定とは言えません。
西日本でも牛乳を作り続ける意味は、そこにあります。
そのためには、飲むだけでなく、知ること、考えること、応援すること。そうした関わり方も含めて、消費と生産をつなぎ直す必要があるのではないかと感じています。
だから私は、こう考えています
増やすか、減らすか。
この問いに、明確な答えを出すことはできません。
ただ、補助金の有無だけで日本の牛乳の先行きが決まるわけではない、ということは確かだと思います。
生産と消費を同時に見る視点、地域ごとの違いを前提にした設計、そして社会とのつながり方。その一つひとつを、現場から考え続けるしかないのだと感じています。
この話を共有したのは、「正解」を伝えたかったからではありません。
同じ問いを、少し違う角度から一緒に考えてみたかったからです。
また現場で考えたことがあれば、こうして書いていこうと思います。
そのとき、読んでくださった方が、何か一つでも立ち止まって考えるきっかけになれば、それで十分だと、今は思っています。
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