乳量・健康・胃袋まで変わる!牧草の違いを酪農家が語ります
2026-05-15 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
おはようございます。
川上牧場の川上です。
今日は、リスナーさんからいただいた質問にお答えしていきます。
今回の質問はこちらです。
「チモシー、イタリアン、スーダン、アルファルファ……いろいろ聞きますが、目的や栄養によって食べさせる草を変えているんですか?」
これ、めちゃくちゃいい質問です。
酪農といえば、牛が草を食べて、その草を牛乳に変えてくれる仕事です。
人間がそのまま食べることができない草や粗飼料を、牛が牛乳やお肉という形に変えてくれる。
ここが、酪農のすごさであり、面白さでもあります。
でも一般の方からすると、
「牛って草なら何でも食べるんじゃないの?」
と思うかもしれません。
たしかに、牛は草を食べます。
でも、実際の酪農現場では、牛に食べさせる草はかなり細かく考えられています。
なぜなら、草の種類によって、牛の胃袋の動きも、健康状態も、乳量も、牛乳の成分も変わってくるからです。
つまり、草はただの“エサ”ではありません。
牛の体を作り、胃袋を動かし、牛乳の土台になる、とても大事な材料なんです。
牛は草を食べているようで、実は微生物を育てている
まず、牛の体の仕組みから少しお話しします。
牛は反芻動物です。
胃袋が4つあり、その中でも特に大事なのが第一胃、いわゆるルーメンです。
このルーメンの中には、たくさんの微生物がいます。
牛は草を食べますが、その草を直接すべて自分で消化しているわけではありません。
ルーメンの中の微生物が、草の繊維を発酵・分解して、牛が利用できる栄養に変えてくれます。
つまり、牛は草を食べているようで、実はお腹の中の微生物を育てているとも言えます。
ここが面白いところです。
人間なら、食べたものを自分の胃腸で消化して栄養にします。
でも牛は、ルーメンという巨大な発酵タンクを持っていて、そこに住む微生物と一緒に生きています。
だから、どんな草を食べさせるかで、ルーメンの状態が変わります。
ルーメンの状態が変わると、牛の健康も変わります。
健康が変わると、乳量も変わります。
乳量が変わると、もちろん牧場経営にも直結します。
酪農家は牛を見ているようで、実は草を見て、微生物を見て、天気を見ている仕事なんです。
チモシーは“胃袋を整える王道の草”
まず、代表的な牧草としてよく知られているのがチモシーです。
チモシーは、ウサギやモルモット、馬のエサとしても有名なので、名前を聞いたことがある方も多いと思います。
酪農の現場でも、チモシーはとても重要な牧草です。
特徴は、繊維がしっかりしていて、消化性も比較的よいこと。
牛の胃袋を安定させる、基本となる草です。
牛は、ただ栄養価の高いものだけを食べさせればいいわけではありません。
牛には「噛む」「反芻する」「唾液を出す」という流れがとても大事です。
繊維がしっかりした草を食べると、牛はよく噛みます。
よく噛むと唾液が出ます。
唾液にはルーメンの酸を中和する働きがあります。
この流れがあるから、牛の胃袋は安定します。
逆に、繊維が足りないエサばかりになると、反芻が減り、ルーメンが酸性に傾きやすくなります。
そうなると、食いが落ちたり、下痢っぽくなったり、乳脂肪が下がったり、蹄のトラブルにつながったりすることもあります。
人間でいうと、食物繊維が足りない食生活を続けるようなものです。
一時的にカロリーは取れても、お腹の調子は崩れやすくなります。
チモシーは、牛にとって“胃袋を整える王道の草”と言っていいと思います。
アルファルファは高栄養だけど、扱いが難しい草
次に、アルファルファです。
アルファルファはマメ科の牧草で、タンパク質やカルシウムが豊富です。
栄養価が高く、乳量を出したい牛や、分娩後すぐの栄養要求量が高い牛に使われることがあります。
いわば、アルファルファは高性能な草です。
牛がたくさん乳を出すには、たくさんのエネルギーとタンパク質が必要です。
1日に30リットル、40リットルと牛乳を出す牛は、体の中でとんでもない量の栄養を動かしています。
人間でいうと、トップアスリートに近いです。
毎日フルマラソンを走っているような体に、普通の食事だけで足りるわけがありません。
だから、栄養価の高いアルファルファはとても魅力的です。
ただし、栄養価が高いということは、使い方を間違えると負担にもなります。
入れすぎると、ルーメンのバランスが崩れることがあります。
タンパク質やカルシウムの量、他の飼料との組み合わせ、牛の泌乳ステージによって、使い方を考える必要があります。
アルファルファは、
「栄養があるからたくさん入れればいい」
という草ではありません。
高性能だけど、扱いには注意が必要。
そんな牧草です。
しかも、アルファルファは産地や収穫時期によって品質が変わります。
1番草、2番草、3番草でも違いますし、葉が多いのか、茎が多いのかでも栄養価や食べ方が変わります。
酪農家は、袋や梱包を開けた瞬間に、
「これはいい草だな」
「これはちょっと茎が硬いな」
「これは食いが落ちるかもしれないな」
と見ています。
牛より先に、酪農家が草を見ているわけです。
イタリアンライグラスは日本でも使いやすい草
次に、イタリアンです。
正式にはイタリアンライグラスと呼ばれる牧草です。
日本でもよく使われる牧草で、特徴は収量が多く、牛の食いつきがよく、サイレージにも向いていることです。
つまり、牛がよく食べてくれる草です。
酪農家にとって「牛がよく食べる」というのは、ものすごく大事です。
どれだけ栄養価が高くても、牛が食べなければ意味がありません。
机の上で完璧な栄養計算をしても、牛が鼻でよけて食べなかったら終わりです。
牛は正直です。
気に入らないエサは、本当にきれいによけます。
その点、イタリアンライグラスは嗜好性が高く、牛が食べやすい草です。
ただし、若い時期に刈ったものは水分が多く、繊維が柔らかいことがあります。
消化がよすぎると、ルーメンの中で発酵が早く進みすぎて、胃が不安定になることもあります。
食べやすい草だからこそ、他の粗飼料とのバランスが大切になります。
人間でも、柔らかくて食べやすいものばかり食べていると、噛む回数が減りますよね。
牛も同じで、しっかり噛ませる草と、栄養を取りやすい草をどう組み合わせるかが大事です。
スーダングラスは夏に強い頼れる草
次に、スーダングラスです。
スーダングラスは、暑さに強い夏草です。
最近のように夏が厳しくなってくると、こうした暑さに強い草の重要性は増してきます。
日本の夏は、牛にも草にも厳しいです。
気温が高い。
湿度も高い。
雨の降り方も極端。
台風も来る。
牧草を作る側からすると、なかなか簡単ではありません。
そんな中で、夏でも育ちやすい草としてスーダン系の牧草が使われることがあります。
スーダンは、繊維がしっかりしているので、反芻を促したいときにも使いやすい草です。
ただし、これも成長段階によって栄養価が変わります。
若いうちに刈るのか。
ある程度伸ばしてから刈るのか。
茎が硬くなりすぎていないか。
牛が食べやすい状態か。
ここを見極める必要があります。
酪農家は牛を見る仕事ですが、実は草を見る仕事でもあります。
草の状態を見て、刈るタイミングを考え、乾かし方を考え、保存の仕方を考える。
牛乳は牛から出てきますが、そのもっと前には草があります。
さらにその前には、土と天気があります。
目的によって草は変えるのか?
では、質問への答えです。
目的や栄養によって、食べさせる草を変えているのか。
答えは、
変えています。
かなり変えています。
たとえば、乳量をしっかり出したい牛には、栄養価の高い草や飼料を組み合わせます。
分娩直後の牛は栄養要求量が高いので、タンパク質やエネルギーの設計がとても大事になります。
逆に、胃袋を安定させたいときには、繊維のしっかりした草が重要になります。
反芻を促したい。
ルーメンを安定させたい。
乳脂肪を落としたくない。
そんなときには、ただ栄養価が高いだけでなく、物理的にしっかり噛める草が必要になります。
また、牛のステージによっても違います。
初めて子牛を産んだ初産牛。
2産、3産と経験を重ねた牛。
分娩直後の牛。
泌乳後期の牛。
乾乳期の牛。
それぞれ必要な栄養が違います。
川上牧場のような繋ぎ牛舎では、一頭一頭の状態を見ながら、ある程度個別に調整することができます。
一方で、フリーストールのように牛が自由に動いて食べる牛舎では、群れごとの設計になります。
高乳量群、低乳量群、乾乳牛群など、グループごとにエサを設計する牧場もあります。
つまり、草の使い方は牧場によってかなり違います。
牛舎の形、飼料の入手状況、牛群の状態、経営方針によって変わります。
最近は“混ぜご飯”で食べさせる牧場も多い
今の酪農では、TMRと呼ばれる混合飼料を使う牧場も多くなっています。
TMRは、粗飼料や配合飼料などを全部混ぜて、牛が一口食べるごとに同じような栄養を取れるようにしたエサです。
人間でいうと、混ぜご飯のようなものです。
チモシー、アルファルファ、イタリアン、スーダン、配合飼料などをバランスよく混ぜる。
牛が好きなものだけを選び食いしないようにする。
一口ごとの栄養バランスを安定させる。
これはとても合理的です。
牛は賢いので、好きなものだけを選んで食べることがあります。
そうなると、設計した栄養バランスが崩れます。
TMRにすると、牛が一口食べるたびに、だいたい同じ栄養を取れるようになります。
ルーメンの環境も安定しやすくなります。
ただし、混ぜ方が悪かったり、水分が合わなかったり、粗飼料の切断長が合わなかったりすると、牛はまた選び食いします。
牛、なかなか手強いです。
だから酪農家は、エサを作って終わりではなく、食べ方まで見ます。
どこから食べているか。
残しているものは何か。
鼻で押していないか。
食べるスピードはどうか。
反芻しているか。
糞の状態はどうか。
草の答えは、牛が教えてくれます。
草は牛乳の味にもつながる
もう一つ面白いのが、草は牛乳の風味にも影響するということです。
放牧の牛乳を飲むと、少し草っぽい香りを感じることがあります。
あれは、実際に牧草由来の成分が関係している場合があります。
海外では、チーズ職人さんが
「この牛はどんな草を食べたのか」
まで気にする世界があります。
ワインでいうテロワールのような考え方です。
どの土地で育った草なのか。
どんな季節の草なのか。
どんな牛が食べたのか。
それが乳に反映され、チーズの個性になる。
日本では、牛乳はどうしても均一な品質が求められます。
どこで買っても安心して飲める。
これはとても大事な価値です。
でも一方で、牛乳には本来、もっと土地の物語があります。
この牛乳は、どんな草からできたんだろう。
どんな天気の日に育った草なんだろう。
どんな牛が食べたんだろう。
そんなふうに見てもらえると、牛乳の見え方は少し変わると思います。
日本の酪農は、草との戦いでもある
最後に、日本の酪農と牧草の話を少しします。
日本は牧草作りが簡単な国ではありません。
雨が多い。
湿度が高い。
夏は暑い。
台風が来る。
地域によっては十分な草地がない。
北海道のように大規模に草地を使える地域もありますが、都府県の酪農では輸入牧草に頼る場面も多いです。
アルファルファやチモシーなどは、アメリカやカナダから入ってくるものも多いです。
でも、輸入牧草は国際情勢や為替の影響を受けます。
船が止まることもあります。
円安になると価格が上がります。
他の国との取り合いになることもあります。
つまり、牛の草は、牧場の中だけで完結していません。
世界の天気。
為替。
物流。
国際情勢。
他国の需要。
そういうものが、牛のエサに直結しています。
スーパーで牛乳を見ると、なかなかそこまでは見えません。
でも、1本の牛乳の後ろには、牛だけでなく、草と土と天気と世界の物流までつながっています。
牛乳を見る目が少し変わるとうれしいです
今日は、チモシー、アルファルファ、イタリアン、スーダンなど、牛が食べる牧草についてお話ししました。
牛はただ草を食べているように見えて、実はとても細かく栄養設計されています。
草の種類によって、胃袋の動きが変わります。
ルーメンの微生物が変わります。
健康が変わります。
乳量が変わります。
牛乳の成分や風味にも影響します。
酪農家は、牛を育てているようで、草を育て、微生物を育て、牛乳を作っています。
次にスーパーで牛乳を見たとき、
「この牛乳は、どんな草からできたんだろう」
と少しだけ想像してもらえたら、酪農家としてはとても嬉しいです。
牛乳は、ただ白い飲み物ではありません。
牛の胃袋と、草と、微生物と、酪農家の毎日の積み重ねでできています。
今日も牛乳を飲んでくれて、ありがとうございます。
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