牛にもネイルケアが必要!?歩けなくなる前に行う削蹄の世界
2026-06-03 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
牛にもネイルケアが必要!?歩けなくなる前に行う削蹄の世界
おはようございます。
川上牧場の川上です。
今日は6月3日、水曜日。
いつもなら牧場から配信しているところですが、今日は東京のホテルから収録しています。
今、台風が来ていまして、本当なら今日の夜の便で島根に帰る予定だったんですが、どうやら飛行機が厳しそうで、明日の朝一番の便に変更しました。外は雨がかなり降っています。ホテルの部屋にいると、牧場の音も牛の声も聞こえないので、なんだか落ち着かないですね。
普段は牛舎にいて、朝から牛を見て、餌を見て、牛乳を搾っているので、こうして2日も牧場から離れると、やっぱり我が家の牛乳が飲みたくなります。
今日はホテルの部屋で、手元にあるのはボスのカフェラテです。牛乳そのものではありませんが、乳製品ということで、今日もこれで乾杯していきたいと思います。
では、今日も牛乳で乾杯。
乾杯。
さて、今日のテーマは、リスナーさんからいただいた質問です。
「牛のネイリストさんは、年に何回来てもらいますか?」
という質問をいただきました。
ありがとうございます。
牛のネイリスト。
この言い方、すごくいいですよね。
なんだか可愛らしい響きがあります。
ただ、酪農の現場では、この「牛のネイリスト」さんは、可愛いだけの存在ではありません。
獣医さんと同じくらい、牛の健康を支えてくれる大切な仕事です。
正式には、牛の蹄を整える仕事をする人を「牛削蹄師」と呼びます。
削蹄というのは、簡単に言えば、牛の爪切りです。
「え、牛にも爪があるの?」と思われる方もいるかもしれません。
あります。
牛の足先にある硬い部分、いわゆる「ひづめ」は、人間の爪と同じように伸びていきます。
野生の動物なら、山や草地を長い距離歩く中で、自然に削れていきます。
でも、現代の乳牛は、牛舎の中で生活している時間が長く、コンクリートの上を歩くことも多いです。
すると、自然に削れる部分と、伸びる部分のバランスが崩れてしまうことがあります。
これが怖いんです。
蹄が伸びすぎたり、形が崩れたりすると、足の裏にかかる体重のバランスが変わります。
すると、足が痛くなります。
牛は歩くのを嫌がります。
餌を食べに行く回数が減ります。
水を飲みに行くのも面倒になります。
寝ている時間が増えます。
発情も見つかりにくくなります。
乳量も落ちます。
つまり、蹄の問題は、ただの「爪が伸びた」という話では終わりません。
牛の健康、繁殖、乳量、そして一生の長さにまで関わる問題です。
牧場に来たことがある方は、牛の足をよく見てみてください。
牛の体は大きいです。
大きい牛だと700kg、もっと大きい牛なら1トン近くになることもあります。
でも、その体を支えている足先は、よく見るとかなり細いです。
人間の腕くらいの太さの部分で、何百kgもの体重を支えています。
人間に置き換えると、自分の腕にものすごい重さが乗って、その状態で毎日歩いているようなものです。
しかも牛は、餌を食べるために歩きます。
水を飲むために歩きます。
搾乳に行くために歩きます。
発情の行動も歩くことで現れます。
歩くことは、牛にとって生活そのものなんです。
だから、足が痛いというのは、人間が思っている以上に大きな問題です。
酪農の世界には、
「No hoof, no cow」
という言葉があります。
日本語にすると、
「蹄がなければ、牛は成り立たない」
という意味です。
これは決して大げさではありません。
牛は歩けなくなると、牛らしく生きることが難しくなります。
そして、牛乳を出し続けることも難しくなります。
では、削蹄師さんは実際に何をしているのか。
ただ伸びた蹄を切っているだけではありません。
蹄の長さを整える。
左右のバランスを見る。
体重がどこにかかっているかを見る。
足の裏に病気がないか確認する。
白帯病や蹄底潰瘍のようなトラブルを見つける。
必要なら治療につなげる。
削ったあとの歩き方を見る。
まさに、牛の足専門の職人であり、牛の歩行を守る専門家です。
削蹄をしてもらったあと、牛がスッと歩き出すことがあります。
これ、本当に見ているとわかります。
さっきまで少し足をかばっていた牛が、削蹄後にスタスタ歩くことがあるんです。
人間で言えば、窮屈な靴をずっと履いていて、足が痛くて歩きにくかったところに、自分にぴったり合う靴に履き替えたような感覚かもしれません。
足元が楽になると、歩きたくなる。
歩けると、餌を食べに行ける。
水を飲みに行ける。
横になって休んで、また立ち上がれる。
発情も見つけやすくなる。
結果的に、牛乳を出す力にもつながっていきます。
川上牧場では、だいたい月に1回くらいの頻度で削蹄師さんに来てもらっています。
これは、かなり恵まれている方だと思います。
一般的には、年に2回程度、または年に3回、4回という牧場もあります。
牧場の規模や飼い方、牛舎の構造、削蹄師さんとの距離、地域の事情によっても変わります。
川上牧場の場合は、頭数がそこまで多くないこともあり、午前中の数時間で作業が終わることが多いです。
牛にとっても、長時間の負担になりにくい。
こまめに見てもらえることで、悪くなる前に整えられる。
これは本当にありがたいことです。
ただ、今月はちょうど削蹄師さんから連絡をもらったタイミングで、僕が出張中でした。
「今日どうですか?」とLINEをもらったんですが、東京にいるのでお願いできませんでした。
こういうこともあります。
月1回来てもらえる環境はありがたいですが、それでも予定が合わなければ次に延びることもあります。
2ヶ月に1回になることもあります。
だからこそ、削蹄師さんが近くにいて、すぐ相談できるというのは、酪農家にとって本当に大きな支えです。
そして、この仕事はかなり大変です。
牛は大きいです。
おとなしい牛もいれば、暴れる牛もいます。
足を持ち上げるだけでも危険があります。
削りすぎてもいけない。
削らなさすぎてもいけない。
病気の見極めも必要です。
最近は、牛を保定するための削蹄枠も良くなっています。
昔に比べれば、作業の安全性や効率は上がっています。
それでも、やっぱり体を使う仕事です。
技術も必要です。
経験も必要です。
一頭一頭の足を見ながら、どう削るか判断しなければいけません。
まさに職人技です。
僕は、削蹄師さんはもっと知られていい仕事だと思っています。
酪農というと、どうしても「牛乳を搾る人」や「牛を育てる人」に注目が集まりがちです。
もちろん酪農家も大事です。
獣医さんも大事です。
人工授精師さんも大事です。
飼料会社さんも、ヘルパーさんも、乳業メーカーさんも大事です。
でも、削蹄師さんも、牛乳を支えている大切な存在です。
皆さんがスーパーで牛乳を買うとき、その牛乳の価格の裏側には、こうした仕事も含まれています。
牛乳が高い、高いと言われることもあります。
もちろん、家計のことを考えると、その気持ちもわかります。
でも、牛乳の値段の中には、牛の餌代だけではなく、削蹄師さんのように牛の健康を守る人たちの仕事も入っています。
牛が歩けるようにする。
痛みが出る前に整える。
蹄の病気を早く見つける。
牛が餌を食べ、水を飲み、ゆっくり休めるようにする。
その積み重ねの先に、毎日の牛乳があります。
牛乳は、ただ搾れば出てくるものではありません。
牛が健康で、歩けて、食べて、休めて、また搾乳に来られるから、毎日出てくるものです。
だから削蹄は、牛乳の味には直接見えないけれど、牛乳の土台を支えている仕事だと思っています。
牧場に行く機会があれば、ぜひ牛の足元も見てみてください。
牛の顔は可愛いです。
目も優しいです。
大きな体も迫力があります。
でも、足元を見ると、また違うものが見えてきます。
この大きな体を、この蹄で支えているんだ。
この足で餌を食べに行っているんだ。
この足で毎日搾乳に来ているんだ。
この足を守る人がいるから、牛乳が届いているんだ。
そう思って見ると、牛乳の見え方が少し変わるかもしれません。
そして、削蹄師という仕事に興味を持つ人が増えてくれたら嬉しいです。
体は使います。
危険もあります。
簡単な仕事ではありません。
でも、牛の歩き方が変わる瞬間を見られる仕事です。
牛が楽になったことが、目に見えてわかる仕事です。
酪農家から本当に感謝される仕事です。
地域によっては削蹄師さんが不足していて、なかなか予約が取れないこともあります。
これから酪農家が減っていけば、削蹄師さんの仕事の形も変わっていくかもしれません。
それでも、牛がいる限り、蹄のケアはなくなりません。
牛乳を支える仕事は、牛を搾る人だけではありません。
牛の足を守る人がいる。
牛の餌を考える人がいる。
病気を診る人がいる。
繁殖を支える人がいる。
牛乳を運ぶ人がいる。
加工する人がいる。
売る人がいる。
そして飲んでくれる人がいる。
その全部がつながって、1本の牛乳になります。
今日の質問、
「牛のネイリストさんは年に何回来てもらいますか?」
に対する答えは、川上牧場では月に1回くらいです。
でも、今日いちばん伝えたかったのは、回数そのものよりも、
牛が歩けることは、牛乳を出すことの土台である
ということです。
牛の足元には、酪農の現実が詰まっています。
歩けるから食べられる。
食べられるから牛乳が出る。
牛乳が出るから、僕たちの食卓に届く。
たかが爪切りではありません。
牛にもネイルケアが必要です。
しかもそれは、おしゃれのためではなく、命と暮らしを支えるためのケアです。
今日、牛乳を飲むときに、少しだけ牛の足元を想像してもらえたら嬉しいです。
今日も牛乳を飲んでいただいて、ありがとうございます。
台風の影響がある地域の皆さんは、どうか無理せず、安全第一で過ごしてください。
こんな天気の日でも、全国の酪農家は牛乳を搾っています。
僕は出張中ですが、牧場ではヘルパーさんが支えてくれています。
ヘルパーさん、本当にありがとうございます。
それでは今日も、お仕事の方、学校の方、いってらっしゃい。
牛乳飲んでね。
情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也
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