川上牧場研修【AI師テキストⅧ章 種付の理論】

2021-07-14 配信|川上牧場 酪農データバンク

この回の要旨

第8章「種付けの理論」は、精子と卵子の生存時間のズレをふまえて受精適期を見極める話でした。数字を押さえたうえで、川上牧場では観察と早めの授精、そしてチームでの共有を重視しています。

この回の要点

  • 精子生存時間は牛で15〜56時間、受精能保有時間は28〜50時間。生きている時間と受精できる時間にはズレがある
  • 卵子の受精能保有時間は牛で8〜12時間と短く、老化が早いと双子などの異常受精も増える
  • 性行動終了後15〜16時間で排卵と見なして推測でき、その考え方を実用化したのがAM・PM法
  • 川上牧場は「精子の方が長持ちする」ことをふまえ、なるべく早く授精する方針を取っている
  • 授精行為自体は簡単で、勝負は観察やコミュニケーションといった「下ごしらえ」。個人技にせずチームで再現できる状態を目指す

配信の全文(podyの記事より)

そもそも「種付け」ってどういうこと?

川上牧場の川上さんは、研修生を受け入れつつ、搾乳前の休憩時間に研修生の質問に答える会を録音するスタイルで配信を続けています。今回はその一環で、人工授精指導集会テキストの第8章「種付けの理論」を読み解いていきます。

本来テキストは7章が先ですが、7章は精液性状のお勉強なので、今回はまるごと飛ばしています。理由は、今は人工授精が主流で、精液は販売されたものを使うのが普通だからです。

川上 自分で精液を雄牛から取って使うなんてことは、まあないかなと。特殊特殊。

研修生 まあただ、それが今、経営に直結した知識というのは、だいぶ遠い話。

そこで8章の本題です。種付けとは家畜の交配のことで、妊娠させることを目的に、自然交配または人工授精でオスの精子をメスの生殖道内に送り込み、卵子と受精させることを言います。同じ意味の言葉として、交尾、交接、性交も使われます。

交雑(こうざつ) 家畜育種学で、品種や系統の異なる家畜を交配することを指します。両親より強い活力や優れた能力が出る「雑種強勢」を期待した繁殖法で、単なる交配とは区別されます。

精子はどうやって子宮の奥まで進むの?

射精された精子は、まず子宮頸管を通って子宮へ移動します。この子宮頸管がなかなか複雑な構造になっています。

牛の子宮頸管はらせん状で、内側には4つの輪っか状のひだと15〜25本の縦ひだがあり、それぞれがさらに枝分かれして入り組んでいます。ひだの間には頸管粘液があり、これが精子の通りやすさを左右します。

粘液は黄体期や妊娠期には硬くて精子が動けませんが、発情期には水分が増えて軟らかくなり、精子はお尻の部分を振動させて抵抗の少ないところを進んでいきます。頸管粘液中での移動速度は毎秒45ナノメートルほどです。

川上 (発情期の粘液か黄体期の粘液か)大体わかるようになってくるんだけど。妊娠中の羊水が混じったような粘液なのか、粘液にもいろいろ性状があってっていうのがここでわかるかな。

直腸検査をしていくと、発情期には子宮が収縮して硬くなるのがわかります。この収縮運動が起こることで、精液が子宮の奥に入るよう押しやられ、メス牛側も受け入れやすい状態になっていきます。

精子が卵子に届くまで、どれくらいかかる?

精子が受精する場所、卵管膨大部に到達する時間は、動物の種類だけでなく、同じ牛でも一頭一頭でかなり違います。子宮の形も牛によってまったく同じものはないからです。

牛の場合、少数の精子が卵管膨大部に到達するのは2〜13分ほど。ただし、多くの精子が到達するには4〜8時間かかります。早く届いた精子が必ず受精に関わるわけではない点がポイントです。

交尾の刺激による子宮の収縮や吸引で急速に引き込まれた精子は、卵管膨大部に達しても腹腔内に落下してしまい、受精には直接関与しないと考えられています。

川上 その卵子(の準備)と、メス牛側の受け入れ態勢がなってないと、精子が(届いても)受胎しませんよということですね。

精子と卵子、それぞれ何時間生きられる?

ここが種付けを理解するうえで一番大事なところです。精子は精液の中では生存時間が短いのに、メス牛の生殖道内に入ると長く生きられます。シャーレの上ではすぐ死ぬのに、メス牛のお腹の中では活力が戻るのです。

数字も覚えておきたいポイントです。精子が生きている時間は牛で15〜56時間。一方で、受精する能力を保っている時間は28〜50時間です。生きている時間と受精できる時間にズレがあります。

精子の2つの「時間」

精子生存時間

精子が生きている時間。牛で15〜56時間。

VS

精子の受精能保有時間

受精する能力を保っている時間。牛で28〜50時間。

卵子の方は精子と違って自分で動けません。排卵されたらそのまま着床部位へ降りていくだけです。そして排卵後に受精しないと急速に老化してしまいます。

卵子が受精能力を保っている時間は牛で8〜12時間。しかも老化はほぼ12時間以内に現れ、受精率が下がったり、双子などの異常受精が増えたりします。

川上 乳量が多い牛群は双子が多いなんて言われたりするけど、そういうのはここから来てます。卵子の質が悪いので老化が早くて、老化が早いから双子が多いっていう。

受精適期って、いつのこと?

人工授精で受胎させるのに最も適した精子の注入時期を「受精適期」と言います。精子も卵子も生殖道内で生きられる時間が限られているので、このタイミングを外さないことが受胎率を高めるカギになります。

受精適期は、排卵の時期、卵子の受精能保有時間、精子が受精部位に届くまでの時間、精子が受精能を獲得するまでの時間、精子の受精能保有時間といった要素で決まります。さっき出てきた「何時間」という数字が、うまく重なったときに種付けをする必要があるわけです。

遅れて受精した場合は要注意です。牛では排卵して6〜8時間以上経ってから受精すると、受精卵になっても着床する前に死んでしまうものが多くなります。これを早期胚死滅と呼びます。

早期胚死滅にも、性周期の前半で死滅するものと、後半まで生きてから死滅するものがあります。後半で死滅した場合は妊娠を維持するホルモンが出ているぶん、次の発情がその日数だけ遅れることがあります。

発情のサインから排卵時期をどう読む?

日常の飼養管理の中で、発情の開始や終了を正確に捉えるのは実際には難しいものです。かといって排卵を直接確認してから受精しようとすると、タイミング的に手遅れになることもあります。

そこで手がかりになるのが性行動です。牛が乗ったり乗られたりするマウンティングやスタンディングの観察は、受精適期を測るうえでとても重要です。だからこそ、それを授精師さんや獣医さんに伝えることが大切になります。

スタンディングとマウンティング 発情期の牛に見られる行動。他の牛の上に乗るのがマウンティング、乗られてもじっと立って許容するのがスタンディングです。スタンディングは発情のわかりやすいサインとされます。

観察結果からは、性行動が終わってから排卵までの時間のばらつきが少ないことがわかっています。おおむね性行動終了後15〜16時間で排卵があると見なして、排卵時期を推測できます。

何よりも観察だなというところですね。本当に。一任も二任も。 ── 川上

AM・PM法って結局どういう方法?

この考え方をざっくり実用化したのがAM・PM法です。朝に発情を見つけたら夕方に、夕方に見つけたら翌朝に種付けする、という一般的に知られたやり方です。

川上 今、今朝から吠えてるみたいだから夕方種付けしてください、とか。夕方に吠えてるから明日の朝種付けしてください、みたいな頼み方をするのが大体一般的。

ただし川上さんは、実際に行ってみると牛の状態はさまざまだと言います。すでに排卵しているものもあれば、もう発情が終わっているものもあるからです。

そこで川上さん自身は、卵子より精子の方が受精能を保っている時間が長いことをふまえ、なるべく早く精液を入れる方法を取っています。朝見つけたら朝、夕方見つけたら夕方に付ける、いわば「AM・AM法」「PM・PM法」に近いやり方です。

川上 自家授精、自分ができるからそういうことができるメリットだよね。

自分で授精できる強みを活かし、翌朝に発情兆候が残っていたり、直腸検査で子宮収縮や卵胞が残っていれば、もう一回受精することもあるそうです。

なぜ発情の発見が難しくなっている?

今の牛はどんどん乳量が上がって高能力になる一方で、繁殖性が落ちてきていると言われています。発情の時間そのものが短くなってきているのです。

発情時間が短いと、発情に気づいたときにはもう排卵している、というケースも増えてきます。そのぶん発見が難しくなり、ホルモン処置で発情を起こさせる方向へ進みつつあります。

プログラム受精では排卵時間をぴったり合わせられるので、それに合わせて人工授精をします。川上牧場では最後にGnRHを打ち、16〜20時間後くらいに授精するプログラムでやっているそうです。

GnRH 性腺刺激ホルモン放出ホルモンのこと。脳下垂体に働きかけてホルモン分泌を促し、排卵をコントロールする目的で繁殖処置に使われます。

注意点もあります。搾乳牛にホルモン注射を打ったあと、血中濃度が上がって脳下垂体が反応する前に搾乳してしまうと、うまくいかないことがあります。自分で注射を打てるかどうかや、獣医さんに来てもらうタイミングでも結果が変わってきます。

授精は「点を決める」ためのチームプレー

研修生は、種付けは牛乳生産のスタート地点だからこそ、仕組みをきちんと知っておく必要があると受け止めます。一周期外せば21日間何も進まず、それが重なると1年間何もしなかったのと同じことになりかねないからです。

研修生 十回ぐらいミスったなーって思ったら、単純に時間だけでいうと二百日いっちゃってるわけで。

だからこそ川上さんは、6時に牛舎の仕事が終わっても、授精のためだけに牛舎に戻ってくると言います。研修生は、その残業を「うちがこれだから」で終わらせず、どんなメリットやビジョンがあってやるのかまで共有すべきだと話します。

研修生が繰り返し強調したのは、「この人がうまい」を個人技で終わらせず、みんなができる状態にすることの大切さです。会社であるほど、誰か一人だけを突出させないようにすべきだという考え方です。

ある意味誰かが突出させないようにすべき集団のはずなので。 ── 研修生

川上さんは、授精業務そのもの、つまり精液を注入する行為自体は簡単だと言います。大事なのはそこに至るまでの「下ごしらえ」の部分だという指摘です。

川上 (授精は)簡単なんだけど、やっぱりそれまでにいく、下ごしらえでもないけど、それが大事だよね。

研修生はこれを、サッカーに例えます。人工授精師さんにシュートを決めてもらうために、周りがパスを回したり囮で走ったりして、その人をフリーにさせる。このアシスト行為をみんなでやらなければいけない、というわけです。

受精を成立させるまでの流れ

観察・情報収集

発情兆候やマウンティング、スタンディングを見て、状態を正確に伝える。

↓

受精適期の判断

精子・卵子の生存時間や排卵時期をふまえ、いつ注入するかを決める。

↓

精液の注入

子宮頸部の奥まで精液を運ぶ。行為自体は難しくない。

↓

チームでの共有

個人技にせず、誰でもできる状態に整えていく。

川上さんは人工授精で各地を回る中で、情報を聞き出すためのコミュニケーションこそ大事だと感じています。おじいさんやおばあさんは繁殖の知識を持っていないことも多く、「動いてました」だけでは足りないからです。

川上 だからコミュニケーション能力大事。人工授精師をやるっていうのはね。

一方で研修生は、コミュニケーションを武器にすることに頼りきりたくないとも話します。属人的なやり方ではなく、誰でも回せる状態を目指したいという立場です。

最後に二人が確認したのは、種付けの成否がそのままお金に直結するという現実です。一発で種が付くのが一番であり、確率を上げる工夫は自分たちの経営そのものにつながります。だからこそ、最新デバイスを入れれば解決という話ではなく、何よりも観察と下ごしらえが受胎率を左右するという点に立ち返ります。

まとめ

第8章「種付けの理論」は、精子と卵子の生存時間のズレをふまえて受精適期を見極める話でした。数字を押さえたうえで、川上牧場では観察と早めの授精、そしてチームでの共有を重視しています。

  • 精子生存時間は牛で15〜56時間、受精能保有時間は28〜50時間。生きている時間と受精できる時間にはズレがある
  • 卵子の受精能保有時間は牛で8〜12時間と短く、老化が早いと双子などの異常受精も増える
  • 性行動終了後15〜16時間で排卵と見なして推測でき、その考え方を実用化したのがAM・PM法
  • 川上牧場は「精子の方が長持ちする」ことをふまえ、なるべく早く授精する方針を取っている
  • 授精行為自体は簡単で、勝負は観察やコミュニケーションといった「下ごしらえ」。個人技にせずチームで再現できる状態を目指す