川上牧場研修【畜産概要・主要品種の特徴】
2021-07-02 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
この回は、人工授精師講習会のテキストをたどりながら、日本の畜産の歴史と牛の主要品種を学ぶ研修でした。ホルスタインや和牛が身近になった一方で、その文化的な歴史は意外なほど浅いという視点が全体を貫いています。
この回の要点
- 日本の公の肉食は明治維新まで禁じられ、牛乳も昔は「薬」のような貴重品だった
- 日本の食料自給率は低く、畜産は飼料の多くを輸入に頼る構造になっている
- ホルスタインは名前が長すぎて略された品種で、日本への導入はまだ100年ちょっと
- 和牛(黒毛和種)の成立は1944年で、伝統と語られるほど古い歴史ではない
- 人工授精の普及で狙った品種を作れるようになったが、経済性からホルスタインが主流になっている
配信の全文(podyの記事より)
なぜ品種の勉強から始めるのか
この回は、7月に入って始まった繁殖整理のお勉強の一環です。川上さんは、家畜人工授精師講習会のテキストを見ながら学んでいく方針を説明しています。
家畜人工授精師 牛などの人工授精を行うための資格。都道府県で講習会が実施され、修了して試験に合格すると免許が得られます。この回では、秋の講習会に向けた予習として使われています。
今年の11月ごろに人工授精の講習会があり、研修生をそこへ通わせる予定です。内容が重複することを見越しつつ、テキストの1ページ目からざっくり順に見ていく形をとっています。
川上 畜産の家畜増殖法っていうのがあるんだけど、そういう法律の中のやつとか、本当に概要だよね。
川上さんは、ホルスタインや黒毛和牛といった品種が「どういう意味を持つのか」をざっくり知っておくと、この仕事を続けるうえで後から役に立つと話しています。
法律を知ってるのと知ってないのではまた全然違う。 ── 川上
日本人が肉を食べ始めたのは、たった150年前
テキストの第1章は「畜産概論」から始まります。川上さんの持つテキストは十数年前のもので、平成9年度の消費量として食肉27.8kg、卵17.6kg、牛乳・乳製品93.2kgといった数字が載っています。
今では食卓にお肉や牛乳が並ぶのは当たり前ですが、研修生はその「当たり前さ」自体に変化を感じています。
研修生 以前よりも価値が薄くなったというか。当たり前すぎ(の存在になった)。
川上 だって牛丼なんてもういつでも手に入る。
ところが川上さんは、日本人の食文化に牛乳や肉が入ってきたのは意外と最近だと指摘します。明治維新までは、日本人は公には肉を食べることができなかったという話です。
川上 明治2年、1869年に八丈島で牛を1頭屠殺して食べたという罪で、10人が島流しになった。今では到底信じられない話だと(テキストに)書いてある。
殺生禁断令 奈良時代の天武天皇の時代に出されたとされる、殺生を禁じる命令。テキストでは牛・馬・犬・猿・鶏などを食べることを禁じ、これにより明治初期まで食肉が禁止されていたと説明されています。
もっとも、実際には隠れて食べていたという説もあります。研修生は、記録に残さないだけで実態は違ったのではと補足しています。
研修生 残さねえよ証拠は、みたいな話で。今ほど監視カメラがあるわけでもないし、SNSがあって暴くこともないし。
牛乳は「薬」だった時代
農産物の消費は、まず都市部から始まり、地方ではなかなか定着しなかったとテキストにあります。東北地方の農家では「家畜の肉を食べてはいけない」という家訓や、肉は外で調理するといった話が残っていたそうです。
川上 肉を調理するときは家の中で調理しないで外でしなさいと言われた。罪深いことだから、という(家訓があった)。
卵・牛乳・肉は、病気のときの滋養強壮剤のような位置づけで、一般庶民には身近ではありませんでした。川上さんは、宮城県の元畜産課課長の昔話を紹介します。
川上 昭和の初め、家に牛乳を届けに来たなと見ていると、1週間後には葬式が出たものだった(という昔話がある)。
これは、病気で死にかけた人に「元気になりなさいよ」と牛乳を持って行っても、助からずに亡くなってしまった、という意味です。それだけ牛乳が貴重で栄養のあるもの、いわば薬のような存在だったことを示しています。
家畜は「食べる」より「働く」ものだった
もともと家畜は、食べるためではなく農作業のために飼われていました。テキストには「飼料がなければ家畜がない、家畜がなければ肥料がない、肥料がなければ収穫がない」という言葉が載っています。
川上 初めは家畜を使って、牛とか馬とかは食べる用じゃなくて、今で言う重機の代わりに使われていた。食べるなんてもってのほかだと。
穀物が取れるようになってから家畜が広まり、そこから食肉文化が育っていった、という流れです。川上さんは、食肉文化はまだ150年も経っていないと繰り返し強調しています。
一方で海外を見ると、乳製品は紀元前から食べられていた地域もあり、文化としての歴史も消費量もまったく違います。ステーキの量やハンバーガー、牛乳の量を比べても、生活に根ざしているレベルが違うと話しています。
飼料の8割を輸入に頼る日本の畜産
日本の畜産物の消費は、第1次世界大戦を契機に都市人口や生活様式の向上とともに伸びていきました。同時に、トウモロコシなどの飼料の輸入も急増しています。
飼料輸入量の推移
14.3万トン
1927年の輸入量
92.6万トン
1932〜36年の輸入量(約5倍に)
戦後の急激な畜産の進展は、飼料の輸入依存をさらに強めました。1960年に233万トンだった輸入量は、1980年には2000万トンを超え、飼料自給率は1970年の49.6%から1985年以降40%を切っていきます。
テキストには、この状況を印象的にたとえた表現が載っていました。川上さんはそれを紹介します。
川上 食料自給率25.1%というのは、4本足の牛に例えれば、3本の足を地代の安い外国の土地の上に置いて成立しているということ。
川上さんは、日本の畜産は外国に依存しているという構造がこの一文からよくわかると話しています。自給率を上げようと簡単に言っても、こうした歴史的な背景があるため、そうそう増えないという視点です。
土地が品種を作る──牛の2大系統
ここから第2部「家畜の主要品種の特徴」に入ります。川上さんが気に入ったのは、品種の成り立ちを説明する一節でした。
土地が品種を作るとさえ言われてきた。 ── 川上
品種は、起源が同じでも異なる土地や気候、用途のもとで長く育種されるうちに、自然淘汰と人為的淘汰を受けて遺伝的特徴を持った集団になる、とテキストは説明しています。
1995年時点で、家畜牛は世界で13億600万頭。大きくゼブーとヨーロッパ牛の2種に分けられ、ゼブーが半数以上を占めます。
牛の2大系統
ゼブー
コブのある牛。熱帯・亜熱帯で主に飼われ、高温やピロプラズマ症への抵抗性が強い。世界の家畜牛の半数以上
VS
ヨーロッパ牛
十分な飼育条件がそろえば、ゼブーより生産力が勝る系統
ピロプラズマ症 マダニなどが媒介する寄生虫による牛の病気。貧血や発熱を起こします。ゼブーはこの病気への抵抗性が高いとテキストで説明されています。
名前が長すぎた?「ホルスタイン」の由来
乳用種の代表がホルスタインです。もともとはライン川下流のデルタ地帯の在来種が、ゲルマン民族の移動とともに西へ進み、オランダのフリースランド地方で乳用種として改良されたものです。
正式名称は「ホルスタインフリージアン」で、アメリカに両国から導入されてこの名で呼ばれるようになりました。日本には1885年にアメリカから初めて導入されています。
川上さんが「勉強になった」と反応したのが、名前を縮めた理由です。
川上 名前が長かったのでホルスタインと名付けられた(そうです)。
研修生は、これを人名の略し方にたとえて盛り上がっています。ヨーロッパではむしろ「フリージアン」の方が一般的だそうです。
研修生 哲也をぶちギったみたいなことと一緒ですね。ちょっと長すぎますもんね。
日本に輸入されて、まだ100年ちょっと。研修生は、導入当時に今のような未来が見えていたのかと問いかけます。
川上 だから伝統がとか何やかんや言ってるけど、そんなにない、っていう。
レッドが出たら失格?ホルスタインの色の話
ホルスタインの毛色は黒白斑または白黒斑ですが、これ自体に品種上の意味はありません。一方で、成立過程でショートホーンが交配されたため、赤白斑(レッド)が生まれることがあります。
川上 ショートホーンが間に入ることによって体の大きさを改良しようというのが入ったから、その隔世遺伝でレッドが出るようになった。
能力とは関係ないものの、かつてレッドはホルスタインとして認められませんでした。登録できるようになった時期は国によって差があります。
レッドホルスタインが登録可能になった年
1969年
カナダで登録できるようになる
1970年
アメリカで登録できるようになる
1978年
日本で登録できるようになる(最も遅い)
日本のホルスタインはアメリカ型で、当時190万頭が飼われていました。乳量が多く乳脂率がやや低いのが特徴で、乳量が2万kgを超すものは「スーパーカウ」と呼ばれます。
性質は温順で、暑さより寒さに適しています。28度を超すと乳量が減り、オランダのように草が豊かな環境ではよく能力を発揮します。オスはすべて去勢して肉用にされ、重要な牛肉資源にもなっています。
増えなかったジャージー、法律に押された品種
次はジャージーです。イギリス領ジャージー島原産で、体格は小柄。乳量はホルスタインより少ないものの、乳脂率が5%、無脂固形分が9%近くと成分が濃く、脂肪球が大きいためバターを作りやすい品種です。
日本には1874年に輸入されましたが、当初は増えませんでした。戦後、草の利用性が高い品種として集約酪農地域に展開し、2万4000頭まで増えたものの、その後激減します。
川上 メーカーが歓迎せず、飲用乳の拡大によってホルスタイン種に押されて激減した。
川上さんは、ジャージーが増えなかった背景には法律やメーカーの都合があったと指摘します。小規模酪農でジャージーというスタイルがよく聞かれるのも、こうした歴史とつながっているという見方です。
だから法律に潰されたところもあったりするんですよね。 ── 川上
乳用・乳肉兼用の外国種たち
そのほかの乳用種として、明治時代にイギリス原産のエアシャーなどが入ってきましたが、世界的な広がりは持っていません。日本でも、自分のところで加工・ブランド化している人が受精卵で産ませる程度で、一般的な牛乳として流通させる目的で飼う人はほとんどいないそうです。
川上 どれだけホルスタインが牛乳を搾るのに特化しているものなのかっていうのが、歴史を見るとわかる。
乳肉兼用種のブラウンスイスは、スイスの山岳地帯で成立した品種です。日本には1901年に輸入され、黒毛和種の改良に貢献しました。同じくスイス原産のシンメンタールも、赤毛和種の改良に使われています。
つまりブラウンスイスやシンメンタールは、日本では和牛の体を大きくする目的で導入され、乳を搾る乳用種としても扱われてきた、という位置づけです。
肉用種のラインナップ──アンガスからシャロレーまで
ここから肉用種です。まずアバディーンアンガス(アンガス)は、イギリス・スコットランド原産で毛色は黒、無角。早熟早肥で、肉質は外国種のうちで最も優れているとされます。日本には1916年に導入され、無角和種の造成に貢献しました。
続いてショートホーンは、イギリス北東部原産。1869年に初めて輸入され、日本短角種の改良に用いられました。飼育が容易で、枝肉歩留まりや肉質も良い方です。
ヘレフォードは丈夫で飼いやすく、世界に広く分布しています。1898年にアメリカで突然変異により無角の牛が現れ、現在の無角ヘレフォードが作られました。
シャロレーはフランス原産で、毛色は白みがかったクリーム色。成獣体重が大きく赤肉生産向きですが、日本では難産が多く、肉質面でも嫌われて現在はほとんど飼われていません。
研修生 なんか日本人があんまり好きじゃない肉感。
リムージーもフランス原産で、シャロレーに次ぐ地位をフランスで占めています。日本では試験的な輸入や、黒毛和種との交雑による脂肪交雑の遺伝子解析の実験に使われました。
これらの外国産肉用種は、今も一部で飼われているものの、黒毛和種や交雑種が多くを占める日本では流通しにくく、市場に出しても安くなりがちだと川上さんは話しています。
黒毛和種の意外に浅い歴史
ここから日本の品種、黒毛和種です。もともとは在来牛や半野生牛に近い、毛色も体型もバラバラな小型の役用牛でした。つまり農作業のための牛です。
肉用に改良するため、地域ごとに外国種が交雑されました。兵庫県・広島県はブラウンスイス、広島県はショートホーン、島根県はデボンといった具合です。
ただし交雑で体は大きくなったものの、動作が鈍く農耕能力が落ち、歩留まりや肉質にも問題が出たため交雑は打ち切られます。その雑種集団をもとに改良が進み、1944年に黒毛和種が成立しました。
川上 今やってる黒毛和牛は1944年からのやつなので、これもまだ100年も経ってない。
川上さんは、「我が伝統」と語られる和牛も、実際には80年そこそこの歴史だと指摘します。人工授精を学んだ人ほど、この事実に対して冷静だと話しています。
肉用種への本格的な改良は1962年から進められ、1977年の全国能力共進会の閉会式で、和牛の肉用種としての完成が宣言されました。
研修生 お前ら外から来やがって、って言ってる割に、みたいなところも(ある)。
黒毛だけじゃない、和牛4種の内訳
1989年時点の審査標準では、黒毛和種の体高はメスが129cm、オスが145cm。肉質に優れ、線維質が細く脂肪交雑にすぐれる点が世界的に評価されています。肉用種の94%、175万頭を占める、まさに一般的な「和牛」です。
和牛は黒毛和種だけではありません。ほかに赤毛和種、無角和種、日本短角種があり、これらをまとめて日本の和牛として扱います。
日本の和牛4種の特徴
品種
認定年
特徴
黒毛和種
1944年
肉質にすぐれ、和牛の94%を占める
赤毛和種
1944年
粗飼料の利用性にすぐれ、和牛の3.9%
無角和種
1944年
低質の飼料も利用できるが肉質は劣り激減
日本短角種
1957年
山地放牧に適するが衰退が危惧される
赤毛和種は、熊本系の日本赤牛と高知系の土佐赤牛に分かれます。粗飼料の利用性にすぐれ、いまはブランド化もされています。
川上 粗飼料の利用性というのは、(変な草でも)食べてくれる、ということ。
無角和種は山口県の在来和牛にアンガスを交雑した品種で、低質の飼料を利用できる長所があります。ただし肉質が劣るため、1963年の9800頭から1995年には213頭まで激減し、絶滅が危惧されています。最近は復活の動きも見られるそうです。
日本短角種は、ショートホーンの交雑で改良され、北東北の厳しい産地の夏山方式に適応しています。乳量が多く別飼いなしで山で育てられる点が注目されますが、1991年の牛肉自由化以降、頭数が減り続けています。
人工授精がもたらした「狙った品種を作る」技術
これらの品種は、個体識別番号の登録の際に「種別」として細かく区分されます。ホルスタイン、ジャージー種、交雑種、黒毛和種、赤毛和種、日本短角種、無角和種などと分けられ、出生報告のときにも使われます。
川上さんは、こうした品種の確定を可能にしたのが人工授精だと説明します。かつては放牧地で雄牛と雌牛のいろいろな交雑が起こるだけでしたが、人工授精の普及で品種を明確に管理できるようになりました。
自分が狙った品種が作出できるっていうのも人工授精のメリット。 ── 川上
いまは品種が固定されているため、たとえばホルスタインを大きくしようと別の牛を交配して「これはホルスタインです」とは言えません。肉牛を大きくしようと外国種を交配すれば、それは黒毛和種ではなく交雑種として扱われる、という仕組みです。
他の品種を飼う可能性はあるのか
最後に研修生が、ホルスタインやジャージー以外の牛を試しに育ててみたいという興味を口にします。川上さんは可能性としてはあり得るものの、現実には経験がないと答えます。
理由は経済性です。最初の育ちが良くても、最後に市場や流通でうまくいかなければ意味がありません。その点で、いまの現状では利益として大きいのはやはりホルスタインだといいます。
川上 それこそ乳業とか日本がジャージーがいいですよって言って法律が変わるみたいなことになれば、あ、そっちが面白いのかなとなる(かもしれない)。
一方で研修生は、外来種でも子どもの頃から身近にあれば「昔からのもの」に感じる、と別の角度から話します。西洋タンポポやアメリカザリガニを例に、何を「日本らしい」とするかは案外あいまいだと語ります。
研修生 何が日本人というか、何が日本かっていう部分は、イメージ化も含めて変えられないというか。
川上さんは、餌が余るような状況になってきた今なら、別の品種を考えても面白いかもしれないとしつつ、個人でどうこうするのは難しいという現実的な結論に落ち着いています。テキストの内容自体は「ググった方が早い」とも笑いながら、興味があれば品種名で検索してみてほしいと締めくくりました。
まとめ
この回は、人工授精師講習会のテキストをたどりながら、日本の畜産の歴史と牛の主要品種を学ぶ研修でした。ホルスタインや和牛が身近になった一方で、その文化的な歴史は意外なほど浅いという視点が全体を貫いています。
- 日本の公の肉食は明治維新まで禁じられ、牛乳も昔は「薬」のような貴重品だった
- 日本の食料自給率は低く、畜産は飼料の多くを輸入に頼る構造になっている
- ホルスタインは名前が長すぎて略された品種で、日本への導入はまだ100年ちょっと
- 和牛(黒毛和種)の成立は1944年で、伝統と語られるほど古い歴史ではない
- 人工授精の普及で狙った品種を作れるようになったが、経済性からホルスタインが主流になっている