川上牧場研修【AI師テキスト第Ⅹ章 関係法規とうちのTAI】

2021-07-28 配信|川上牧場 酪農データバンク

この回の要旨

AI師テキストの最終章「関係法規」から始まった今回は、法律の細かい定めを追ううちに、川上牧場の繁殖管理と「良い牛ありき」という酪農の根っこの話へと自然につながっていきました。人工授精は最後の一点であり、餌も飼養管理も伝染病対策も法律も、すべてが繋がっているという視点が通底しています。

この回の要点

  • 人工授精には資格・検査・証明書・5年間の記録保存など、多くの関係法規が関わっている
  • 種牛の精液と受精卵では輸入規制の扱いが変わるなど、法律は「何を扱うか」で細かく異なる
  • 川上牧場は毎週水曜を起点に、週3〜4頭へショートプログラムをかけて年48頭分娩を逆算している
  • 発情が来た牛は柔軟に前倒しするなど、タイムAIも個体を見て運用している
  • 繁殖は経営の命であり、人や状況に依存せず「止まらない仕組み」にすることが目標

配信の全文(podyの記事より)

AI師テキスト最終章「関係法規」に入る

川上牧場では、搾乳前の休憩に研修生の質問に答える会話を録音し、音声で残しています。今回は7月末ということで、AI師テキストの第十章、一番最後の「関係法規」に入りました。

家畜人工授精師を志す人にとって必要な関係法規は、家畜改良増殖法とその施行規則、家畜伝染病予防法、そして獣医師法の4つだと説明されています。

まず家畜改良増殖法は、畜産の振興によって国民に畜産物を安定的に供給し、食生活の向上に役立てるために、日本の家畜の改良増殖を計画的に進めることを目的とした法律です。

家畜改良増殖法 家畜の改良と増殖を計画的に進めるための日本の法律。種畜の検査や人工授精の実施者の制限、記録の保存義務などを定めていて、人工授精師が学ぶべき基本の法律のひとつです。

種畜の定義と、記録を5年間残す義務

法律でいう「種畜」は、一般的な意味とは少し違います。牛・馬の牡と、人工授精用に供される豚の牡で、種畜検査に合格して種畜証明書の交付を受けているものに限られる、と定義されています。

種畜検査は農林水産大臣が毎年1回定期的に行う検査で、全国一円に及びます。有効期限は1年です。この証明書がなければ、種付けや人工授精用の精液採取に供してはいけないとされています。

さらに大事なのが記録です。種畜の使用者は、種付けや精液採取について定められた様式で確実に記録し、これを5年間保存することが義務付けられていると書かれています。

川上さんは、最近ボンベを海外に持っていって問題になった事例に触れます。ボンベを持つこと自体が悪いのではなく、記録や移動をちゃんと書いていなかったことが問題だった、という見方です。

川上 人工授精師免許を持ってたらこういう関係法規を勉強したりするんだけど、持ってない人は「そんなの知ったこっちゃねえ、個人の勝手だろ」ってやっちゃって問題になっちゃった。

研修生は、そもそもボンベは人工授精師でないと買えないのか、と尋ねます。川上さんは、そんなことはないと答えます。

川上 ボンベって何に使う?(精液の)保存容器に使うかもしれないけど、輸送に使う場合もあったり、いろんな方法で使うことがあるので。

研修生は、仮に銃の規制のように購入者を縛っても、買った人がまた誰かに渡してしまえば意味がないのでは、と指摘します。川上さんも、たしかにそういう縛り方ではないと同意しました。

人工授精師でないとできないこと、その例外

家畜人工授精とは、牛・豚・馬・綿羊・山羊などの牡から精液を採取し、処理して、メスに注入することをいう、と定義されています。

そして実施できる人には制限があります。獣医師または家畜人工授精師でない者は、精液を採取・処理・注入してはならない、と明記されています。

ただし例外もあります。学術研究のためにする場合や、自分の使うオスから採った精液を自分の使うメスに注入する場合は、資格がなくても実施して差し支えない、とされています。

研修生 自分のものやったら何してもいいっちゃ。

川上さんは、いいっちゃいいけれど、と前置きしつつ、その後の流通が問題になると説明します。学術研究以外の使い方をしてしまえば、市場に流通させることはできず、自分のところで処理するしかない、という整理です。

人工授精師の免許と、精液の検査義務

人工授精師になろうとする者は、都道府県知事の免許を受けなければなりません。この免許の効力は全都道府県に及ぶので、島根県で取っても他の都道府県で使えます。

研修生 そこ(免許が全国で使える点)は今も全然変わってないです。

川上さんは、この点は変わっていないだろうと答えつつ、テキスト自体が10年前のものなので、関係法規を改めて見ると変わっているところもたくさんある、と補足しました。

人工授精師には検査の義務もあります。精液を採取したら、量・色・臭気・水素イオン濃度などの正常性を肉眼で検査し、精子の数・活力・生存率・奇形率については顕微鏡で検査しなければならない、とされています。

生存率が低かったり奇形率が高かったりして受胎に支障があると認められる精液は、流通させてはいけない、と定められています。だから流通段階の精液には、基本的に問題はないはず、という前提になります。

川上 タイムラインとかでもよく出てくるけど「この種は全然種がつかない」みたいなこと。そんなの流通しちゃダメなんですよ。売っちゃダメなんで。

ストロー1本と証明書は「一対」、偽装を防ぐ仕組み

種付けした精液は、容器に収めて封をし、家畜人工授精使用証明書を添付しなければなりません。川上さんは、このストローと受精証明書は一対だと強調します。

証明書1枚に対してストローが大量にある、といった状態はおかしい、という話です。封がなかったり証明書が添付されていなかったりする精液は、譲り渡したりメスに注入したりしてはいけない、とされています。

なぜここまで細かく決まっているのか。川上さんは、過去の歴史を引き合いに出します。人気の種牛の精液をめぐって、実際に問題があった時代があったといいます。

川上 人気種牛の1本のやつを3分割に薄めて、太い封に入れ替えて個を3個売るという、大量生産みたいなことをしてた歴史もあるので、そういうのを防止するためのものですね。

精液が守られる3つの仕組み

検査

採取後に肉眼・顕微鏡で検査し、受胎に支障のある精液は流通させない

↓

証明書と封

ストローに封をして証明書を添付し、証明書とストローを一対で扱う

↓

記録の保存

種付け・採取の記録を様式に沿って5年間保存する

家畜伝染病予防法とBSE、平成9年の改正

3つ目は家畜伝染病予防法です。家畜の伝染病の発生を予防し、蔓延を防いで畜産の振興を図ることを目的に、昭和26年に制定されました。

その後、畜産経営の大規模化が進んで被害拡大の恐れが高まる中、海外での伝染性海綿状脳症、つまりBSEのような新しい病気の侵入機会が増えてきました。

BSE(伝染性海綿状脳症) 牛の脳がスポンジ状になる病気で、いわゆる「狂牛病」。2000年代に問題化し、アメリカ産牛肉の輸入停止など、牛肉の流通に大きな影響を与えました。

川上さんは、吉野家の牛丼にアメリカ産牛肉が入ってこなくなった問題を例に、BSEを説明します。こうした新たな疾病への対応として、平成9年に法律が改正されました。

改正の内容は、伝染性疾病の危険度を再評価してBSEを対象に追加したり、発生状況を全国で組織的に把握したり、輸入検疫の証明書や手続きを電子化したりといったものです。

ブルセラ・結核・ヨーネ病と、ブルータングの輸入規制

法定伝染病には、届け出が必要なものからそうでないものまで、家畜の種類ごとに細かく定められています。川上さんが特に線を引いていたのが、ブルセラ病・結核病・ヨーネ病の3つです。

これらは数年に一度、畜産農家に立ち入って全頭検査が行われることもある病気で、出てしまうと周辺に非常に大きな被害が出るといいます。

ブルータング 昆虫が媒介する反芻動物の伝染病。感染すると舌が青みを帯びることから「青舌病(Bluetongue)」と呼ばれます。日本ではこの因子を持つ種牛の精液の輸入が規制されています。

アメリカでは流通していても日本ではダメ、という伝染病もあります。ブルータングの因子を持つ種牛は、いくら優秀でも、精液を日本に輸入することはできません。

ただし、規制のかかり方は「何を輸入するか」で変わります。種牛の精液はダメでも、正常な母牛とブルータングを持つ父牛から作った受精卵なら、日本に入ってくることができるといいます。

川上 精液なのか受精卵なのか、海外受精卵なのかとか、成体なのかとか、(何を輸入するかで)法律でいろいろ縛りが変わってくる。

研修生が、この病気は見た目が青いだけなのか、と尋ねますが、川上さんは詳しく調べたことはない、と正直に答えています。日本で禁止されている以上、何かあるのだろう、という受け止め方です。

10年で変わる法律と、変わらないルールの間で

研修生は、日本の法律のアップデートの仕組みそのものに疑問を投げかけます。一度学んだら終わりではなく、常に変わり続ける情報にどうついていくか、という問題意識です。

研修生 一回学びましたじゃなくて、この(法律の)アップデートの仕方の、なんかこの仕組み作りが、いまだに整備されてない。

川上さんも同意しつつ、行政としてはリリースはしていて、省のホームページに載っている、と応じます。ただ研修生は、それを見やすく届ける仕組みが欲しい、と話します。

研修生 長年やってる人が法律が変わって(知らずに)違反してたり、そういうのも含めになっちゃうから。

川上さんは、昔はお酒を飲んで車に乗っていた、トラクターに乗りながらビールを飲んでいた、といった話を引き合いに、時代とともにルールが変わっていくことの例えにしました。

研修生は、ボンベの購入履歴を残しても、包丁を買った人を追うのと同じで完全には防げないかもしれない、と考えます。それでも、記録を残していかないと自分も含めて守られなくなる、と話します。

研修生 全員が使うものじゃないからこそ、使う必要性がないものだからこそ、そういうところはこれでもかっていうぐらいすべき部分もあるんかな。

獣医師法と「免許の中に入っている」人工授精

4つ目は獣医師法です。獣医師は、飼育動物の診療や保健衛生の指導などを通じて、動物の保健衛生の向上と畜産業の発展を図り、公衆衛生の向上にも寄与するものとされています。

獣医師の資格は、国家試験に合格して農林水産大臣の免許を受けた者に与えられます。

そして昭和58年の家畜改良増殖法の改正により、獣医師の資格で家畜人工授精や受精卵移植も行えるようになりました。獣医師免許を取れば、人工授精もできるということです。

研修生 車の免許取ったけん(原付にも)乗れるみたいな。

川上さんは、その例えはとても似ている、と応じます。獣医師の中には、学校でしか人工授精をやったことがない人もいるけれど、免許の中に含まれているので実務上は使える、という説明でした。

「良い牛ありき」で人工授精師が生きる

ここから話は、テキストを踏まえた川上牧場自身の繁殖管理へと移っていきます。その前提として川上さんが強調するのが、SNS上での「立ち位置」の話です。

川上さんは、どのSNSのプロフィールにも必ず「家畜人工授精師」と書いています。同じことを話しても、その看板があるかどうかで受け取られ方がまったく違う、という意識です。

川上 家畜人工授精師っていう看板がついているだけに、僕が話すのとド素人が話すのと全然違うんだよね。

研修生は、この一連の関係法規の話を経て、人工授精師という存在の捉え方が世間ではずれているのではないか、と感じています。うまくいかないのを人工授精師の腕のせいにする声への違和感です。

人工授精師持ってるからいい牛作れるとかじゃなくて、いい牛おるから人工授精師が生きる。 ── 研修生

川上さんも、それでいい、と繰り返しうなずきます。餌も飼養管理も母体もすべてが繋がっていて、人工授精はその最後のちょんという一点にすぎない、という捉え方です。

研修生 ゴールキーパーとして上手いのに「フォワードになってくれ、ゴールキーパーやったらめちゃくちゃ輝けますよ」って言ってんのにフォワードに行こうって、なんで?

毎週水曜日を軸にした、川上牧場のタイムAI

川上牧場の繁殖管理は、川上さんが一人で回しています。乳成分や乳量、ボディコンディションスコア、遺伝能力、繁殖性能、餌まで、一頭一頭をある程度把握したうえで、人工授精の業務も自分で行っています。

使っているのは「管理タイムAI」と呼ばれる方法です。オブシンクやショートシンクといったプログラムでホルモンをコントロールし、発情を待つのではなく計画的に種付けする考え方です。

タイムAI(定時人工授精) ホルモン剤で排卵のタイミングをそろえ、発情の観察に頼らず決まった日時に人工授精を行う手法。オブシンクやショートシンクなどのプログラムがあり、多頭数の群管理から生まれました。

川上牧場の流れは、毎週水曜日の繁殖検診が起点です。獣医師に卵巣所見を見てもらい、栄養や乳量の情報を伝えて指示をもらい、注射を打っていきます。

川上牧場の1週間のショートプログラム

1

水曜

繁殖検診で卵巣所見を確認し、PG(プロスタグランジン)を打つ

2

金曜

GnRHを打つ

3

土曜

種付けを行う

川上さんの役目は、毎週水曜日にショートシンクを始められる状態の牛、つまり機能的黄体ができた牛を作り上げておくことです。発情の観察もしつつ、水曜日にその状態を整えるだけで繁殖が回っていく、という設計です。

「1週間に1頭産ませる」を成立させる逆算

川上牧場の生産牛は50頭です。目標は「1年1産」、つまり1頭が1年間に1回お産をすることです。

これを50頭でならすと、1年は約48週なので、1週間に1頭が分娩すれば1年で48頭となり、50頭規模でおおむね1年1産が成り立つ、という計算になります。

では1週間に1頭を確実に受胎させるにはどうするか。タイムAIの受胎率は一般に3割から4割とされているので、川上さんは1週間に3〜4頭にショートプログラムをかけます。

1年48頭分娩の逆算

目標

50頭規模で1年1産=1週間に1頭を分娩させる

↓

受胎率

タイムAIの受胎率は一般に3〜4割

↓

処理数

だから1週間に3〜4頭にショートプログラムをかける

↓

結果

1週間に1頭が受胎し、それが続いて年48頭分娩

水曜日に機能的黄体ができるように、川上さんは前の週や1か月前、半年前から餌や飼養管理を変えてコントロールしています。シダーやHCG、GnRH、eCGといった薬品も、そのための処理です。

川上 無作為にいっぱい薬を使ってるとか、そういう印象を持たれがちなんだけど、治療の一環であるし、コントロールの一環なので、毎週獣医師指導のもと行っております。

タイムAIでも「発情が来たら動かす」柔軟さ

研修生は、水曜にPG、金曜にGnRHという流れで、もし金曜に自分の都合で打てなかったら台無しになるのか、と尋ねます。

川上さんは、機能的黄体があってPGに反応する黄体だと判断できれば、スケジュールは動かせる、と答えます。ただしオブシンクは最も受胎率が良いとされる形なので、それに合わせた方が確率は高い、とも付け加えます。

実際の運用は柔軟です。金曜のGnRHの時点で発情が来ている牛がいれば、川上さんはその金曜に種付けしてしまいます。以前話した「発情を見つけたら種付けする」やり方も併用しているわけです。

ここで研修生は、同じタイムAIというグループでも、人によって考え方や「出口」がかなり違うのではないか、と気づきます。

研修生 そもそもやることが同じだから同じグループにしてるけど、実際そこの捉え方は結構違うんかな。

繁殖は命、だから止めない仕組みにする

受胎率の実感を問われた川上さんは、時期によって違うと答えます。夏場はつきにくく、冬場はつきやすい。3〜4割を最低ラインの目安にしつつ、実際は6割いくこともあるといいます。6割上がった週は、次の週は処理数を減らしてバランスを取ります。

なぜここまで仕組みにこだわるのか。発情を発見して種をつけるには一日中の観察が必要で、忙しさや時期、家庭の事情に左右されてしまうからです。

川上 繁殖はその基本の基だから、繁殖が回らないと経営が回らない。

繁殖が止まれば8か月後の分娩もなくなります。だからこそ、そこだけは止めてはいけない、と川上さんは考えています。繁殖が命だと、何度も言っている、と話します。

研修生は、この仕組みには「防災訓練」のような意味もあると受け止めます。今はできる自分でも、あえてできない体を想定して回し方を確かめておかないと、本当にそうなった時に動けない、という発想です。

川上 僕がもし怪我して人工授精できなくなっても、水曜日に先生に見てもらって、土曜日に授精師さんにお願いする、というスケジュールでうちの経営は回りますよ。

「サイコロゲーム」になっていないか

研修生は、繁殖の議論が「スケジュールどうしてる?」「薬は何使ってる?」といった、わかりやすい話に流れがちだと指摘します。本当に大事なのは、水曜日に機能的黄体を作るまでの感覚の部分だといいます。

研修生 水曜日に機能的黄体にしていきますっていう言葉は、間違いなくブラックホールの言葉なので、意味を成してないというか。

その感覚を可視化できないまま数だけ増やしても、根本は解決しない。研修生は、いまの繁殖が「サイコロゲーム」になっていないか、と問いかけます。同じやり方でサイコロを振っているだけで、たまたま出目が良い週があるだけではないか、という見立てです。

川上さんも、それは夏もあれば冬もある、と応じます。今うまく回っているのは、餌も飼養管理も歯車が噛み合っているからにすぎない、という理解です。

川上 今はいいんだよ。それってうまく回ってるだけなんで。どっかのバランスが崩れた時に、それが維持できなくなってしまうので。

受精師や獣医の担当が変わるだけでもバランスは崩れます。だからこそ、特定の人に依存しない、なんとなくで回らない仕組みへ。研修生も川上さんも、そこを考えていかなければいけないと締めくくりました。

研修生 あの先生やったら私は完璧に生きてきたのに、なんで?っていうのは、多分おかしい。

まとめ

AI師テキストの最終章「関係法規」から始まった今回は、法律の細かい定めを追ううちに、川上牧場の繁殖管理と「良い牛ありき」という酪農の根っこの話へと自然につながっていきました。人工授精は最後の一点であり、餌も飼養管理も伝染病対策も法律も、すべてが繋がっているという視点が通底しています。

  • 人工授精には資格・検査・証明書・5年間の記録保存など、多くの関係法規が関わっている
  • 種牛の精液と受精卵では輸入規制の扱いが変わるなど、法律は「何を扱うか」で細かく異なる
  • 川上牧場は毎週水曜を起点に、週3〜4頭へショートプログラムをかけて年48頭分娩を逆算している
  • 発情が来た牛は柔軟に前倒しするなど、タイムAIも個体を見て運用している
  • 繁殖は経営の命であり、人や状況に依存せず「止まらない仕組み」にすることが目標