川上牧場研修【アニマルウェルフェアとカウコンフォート】

2021-08-03 配信|川上牧場 酪農データバンク

この回の要旨

今回は、アニマルウェルフェアとカウコンフォートの意味を、日本の指針・海外の動向・現場の感覚という3つの角度から捉え直す回でした。共通していたのは、「設備ではなく日々の管理」「牛を快適にすることが生産性にもつながる」という視点です。

この回の要点

  • 日本の指針は、アニマルウェルフェアを「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義している
  • 指針が最も重視するのは最新設備ではなく、日々の観察や丁寧な取り扱いによって牛が健康であること
  • ヨーロッパでは「5つの自由」を中心に概念が広がり、国ごとに認識の差が大きい
  • カウコンフォートは「牛を快適にすれば生産性が上がる」というアメリカ発の考え方で、川上さんはこちら寄り
  • 後から酪農に入った世代ほど「快適にしないと乳が出ない」がすぐ腑に落ち、昔からの生産者は自信を持ってよい

配信の全文(podyの記事より)

搾乳前の休憩に録る「質問に答える会」とは

この配信は、川上牧場の川上さんが研修生に向けて酪農を教えている様子を、そのまま音声として残したものです。

搾乳前の休憩にいつもやっている「研修生の質問に答える会」を録音するスタイルで進めていきます。研修生だけでなく、酪農に興味がある人や従事している人にも、川上さんが思う酪農を伝えたいという意図があります。

川上 搾乳前の休憩にいつもやっている研修生の質問に答える会をただ録音しているだけ、このスタイルでやらせていただきます。

8月のカリキュラムは環境性要因、つまりアニマルウェルフェアやカウコンフォートといったテーマです。まずは「それって何なのか」というところから入っていきます。

そもそもアニマルウェルフェアって何?日本と海外で違う認識

今回のポイントは、アニマルウェルフェアもカウコンフォートも言葉としては知られているのに、日本と海外で捉え方が違い、日本人の間でも認識がずれていることです。

そこで川上さんは、まず日本の認識をきちんと押さえておこうと話します。参考にするのは、公益社団法人畜産技術協会が出している「アニマルウェルフェアの考え方に対応した乳用牛の飼養管理指針」です。

アニマルウェルフェア 動物が生活し死亡する環境に関連する、動物の身体的・心理的な状態を指す考え方です。国際的には「幸福」や「よく生きること」というニュアンスを含みます。

この指針では、アニマルウェルフェアを日本語で「動物福祉」「家畜福祉」と訳す場合があると触れつつ、その訳し方に問題があると指摘しています。

「福祉」という言葉が社会保障を指す言葉としても使われるため、本来のウェルフェアの意味である「幸福」「よく生きること」が十分に反映されず、誤解を招くおそれがあるという理由です。

川上 訳した時点でちょっと日本語と外国語がちょっとずれてるよという話。

もともとは「牛を幸せにするにはどうしたらいいか」という話し合いだったのに、日本に入ってきた時点で誤解があったと川上さんは説明します。

そのうえでこの指針では、アニマルウェルフェアを「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義しています。

最新設備より大事なこと、指針が最も重視するもの

川上さんが特に強調するのが、アニマルウェルフェアは最新の施設や設備の導入を生産者に求めるものではない、という点です。

指針では、最も重視されるべきは施設の構造や設備の状況ではなく、日々の観察や記録、家畜の丁寧な取り扱い、良質な飼料や水の給与といった適正な飼養管理によって家畜が健康であることだと書かれています。

川上 最新の設備を求めるのではなく、家畜の快適性に配慮した飼養管理をそれぞれの生産者が意識し、実行することであると。これめちゃくちゃ重要です、ここ。

つまり、牛が快適になるよう日々の管理や飼い方を生産者が努力することがアニマルウェルフェアだ、という一歩目が指針にもう書かれているわけです。

これは、消費者が「牛ってかわいそうじゃん」と言うような感覚とはズレていると川上さんは話します。設備の話ではなく、日々の管理の話なのです。

牛が快適になるように、その日々の管理とか飼い方とかを生産者が努力することがアニマルウェルフェアだよ ── 川上

日本の指針は海外とズレていないか、輸出で問われる差

ここで川上さんが投げかけるのが、この指針はあくまで日本の指針だ、という問題です。

日本のやり方でアニマルウェルフェアをやっていると言って農産物を海外に売った場合、海外のアニマルウェルフェアとズレが生じてしまえば意味がない、と指摘します。

川上 海外のアニマルウェルフェアとずれが生じてしまったら、それって意味ないよねっていう話。

国際的な動向としては、ヨーロッパで1960年代に近代的な畜産のあり方が問題提起され、「5つの自由」を中心にアニマルウェルフェアの概念が広がったと紹介されます。

EU指令 EU加盟国が達成すべき目標を定めた法令の一種です。各国はこの指令に沿って、それぞれ国内の法令を整備します。

現在ではEU指令としてアニマルウェルフェアに基づく飼養管理の方法が規定され、各国がそれに沿って法令を定めています。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでも取り組みが進んでいます。

ただし、その国ごとにアニマルウェルフェアの認識は大きく違うと川上さんは言います。日本もそのひとつです。

ヨーロッパで示された「5つの自由」

用語

飢え・乾き・栄養不良からの自由

餌や水が足りている状態

用語

恐怖・苦悩からの自由

精神的に追い詰められない状態

用語

物理的・熱の不快からの自由

暑さ寒さなどの不快がない状態

用語

苦痛・障害・疾病からの自由

痛みや病気に苦しまない状態

用語

通常の行動様式を発現する自由

その動物らしい行動がとれる状態

古い認識のままは危険、言葉の中身も変わり続ける

川上さんが読んでいる指針は第6版で、そこでも生産者や消費者の理解は必ずしも十分ではないと書かれています。

SNSでも「この牛さん幸せだよね」「こんなに気持ちよさそうに寝ている」といった声を見かけますが、そこには生産者側のズレも消費者側のズレも実際にあると川上さんは感じています。

関係法令として、動物愛護管理法、産業動物の飼養・保管に関する基準、家畜伝染病予防法、トレーサビリティ法などが挙げられ、アニマルウェルフェアの取り組みではこれらを守る必要があると説明されます。

その例として川上さんが挙げるのが、東日本大震災のときの話です。かわいそうだからと家畜を逃がし、保護しようとした団体があったといいます。

ただ、外で餌ももらえずガリガリになった牛の状態が本当に幸せだったのか、と畜産農家の立場から疑問を投げかけます。本来なら殺処分という選択肢があり、伝染病予防の法律の関係もあるからです。

川上 だけど逃がしたけど、ガリガリで外でその餌ももらえなく、それって牛の幸せですかって、本当に、畜産農家からの意見では思ったわけですよ。

さらに指針には見直しの規定もあり、アニマルウェルフェアという言葉の中身自体も変わり続けている点に注意が必要だと話します。古い認識のままアップデートしないのは危険だということです。

牛の観察はアニマルウェルフェアの一環、難しく考えない

具体的な中身は、観察・記録、牛の取り扱い、飼料や水といった、読むと「当たり前だよね」と思うことばかりだと川上さんは言います。

川上 本当にこれ読んでもらうと、当たり前だよねって思うことばっかりしか書いてないから。

そのうえで、普段の管理で見ているボディコンディションスコアや歩行スコア、糞のスコア、毛艶なども、実はアニマルウェルフェアの一環なのだと整理します。

ボディコンディションスコア 牛の体の肉付き具合を数段階で評価する指標です。太りすぎ・痩せすぎを把握し、飼料管理や健康管理に役立てます。

川上 ああいうのもほんとアニマルウェルフェアの一環なんだよね。難しく考えることじゃなくて。

歩行スコアについては、足を痛がってどんな歩き方をしているかを見るものだと補足されます。特別なことではなく、日々の観察の延長にあるわけです。

川上さんの原点、参考書「カウシグナルズ」

川上さんが一番参考にしている本が「カウシグナルズ」です。研修生にもいつも読ませているといいます。

動物福祉や生産性を上げるための考え方が書かれた本で、川上さん自身とても勉強になったと話します。Amazonで検索すれば買えるので、興味があれば読んでみてほしいと勧めています。

カオシグナルズはやっぱいいねと思いますね。本当に。 ── 川上

カウコンフォートとの違いは?生産性を軸にした考え方

ここで川上さんは、アニマルウェルフェアとカウコンフォートの違いを整理します。

カウコンフォートは、牛を快適にすれば生産性が上がるという、アメリカ発の考え方です。一方でアニマルウェルフェアは、とにかく牛が幸せになるように飼おうという飼い方だと説明します。

川上 カウコンフォートっていうのは牛を快適にしたら生産性が上がるよっていう考え方。これアメリカの考え方なのね。

この2つは完全にイコールではないものの、似た方向を向いています。川上さん自身は、どちらかというとカウコンフォート寄りの考え方だといいます。

アニマルウェルフェアとカウコンフォート

アニマルウェルフェア

牛が幸せになるように飼おうという考え方。国や時代で認識が変化する

VS

カウコンフォート

牛を快適にすれば生産性が上がるというアメリカ発の考え方

川上さんは、アニマルウェルフェアも変化してきていると付け加えます。生産性が伸びるほど牛を快適にしないと乳量も出ず、繁殖も回らないため、結局そこをやらざるを得なくなるからです。

後から入った人ほど「快適にしないと出えへん」がすぐ腑に落ちる

ここから研修生との会話になります。研修生は、川上さんが牛を触り始めた頃も今と同じような感覚だったのか、と尋ねます。

川上さんは、現場ではカウコンフォートやアニマルウェルフェアという言葉自体はあまり出てこなかったと振り返ります。「牛が汚いから綺麗にした方がいい」「餌が足りずに鳴いているならちゃんとやりなさい」とは言われたものの、それを専門用語で呼ぶ感じはなかったといいます。

研修生 言葉としては、学校では習った。だけど現場でとかはそんな今もそうかもしれないですけど、飛び交う言葉じゃなく。

研修生は、牛の幸福が何かは自分にはわからないとしつつ、別の角度から話を進めます。2021年に酪農に関わり始めた立場から見ると、感じ方が違うというのです。

後から入ってきた世代にとっては、「快適にしないと乳が出えへんやん」という発想がすでにセットになっていて、新しい考え方として構えるものではない、という感覚だと話します。

研修生 その快適にしないと出えへんやんっていうところに感じるので。

暑熱対策についても、研修生は「せえへんがありえへん」と言い切ります。川上さんも「ありえないよね」と同意します。まだ夏を経験していない研修生でも、そこは当たり前のこととして受け止めているわけです。

後から入ってくる人ほど、そこに関してはその余裕というか。 ── 研修生

昔からやってきた人ほど感じる「崩さなあかん」戸惑い

一方で研修生は、昔からやってきた人ほど戸惑いがあるかもしれない、とも指摘します。

「もう20年以上これでやっているよ」という気持ちがあると、これまで積み上げてきたものをちょっと崩さなければならない部分が出てきて、それに対して気怠さのようなものを感じるのではないか、という見方です。

研修生 今まで積み上げてきたものをちょっと崩さなあかん部分もあるだろうから。

これに対して川上さんは、指針そのものが施設や設備を良くする話ではないと謳っている点を持ち出します。

だから、今までのやり方で良い牛を作ってきたなら、胸を張って「ウェルフェア守ってますよ」と言っていいものだと励まします。

川上 もう胸張って言ってウェルフェア守ってますよって言っていいものだから。

ただし、それがいつまで通用するかはわからないとも付け加えます。法律が変わり、海外の動きが変わってくれば、状況も変わり得るからです。研修生も、海外では反対意見が一気に出て規制が早く進むことが多いと応じます。

今回のまとめと、これから学んでいくこと

最後は、来客もあってここで区切りとなります。川上さんは、今回はあくまで一番初めの触りだと位置づけます。

これからこうしたテーマを勉強していくと伝え、次はボディコンディションスコアなど具体的なところから入っていく予定だと話します。

川上 今日はまとめというか、一番初めの触りなんで、こういうことを勉強していきますよと。

配信が良かったと思った人にはサポートやおすすめを、質問はコメントやDM、SNSの質問箱などで受け付けているとのことです。酪農家の本業に支障が出ない程度に、継続して続けていきたいと締めくくられました。

まとめ

今回は、アニマルウェルフェアとカウコンフォートの意味を、日本の指針・海外の動向・現場の感覚という3つの角度から捉え直す回でした。共通していたのは、「設備ではなく日々の管理」「牛を快適にすることが生産性にもつながる」という視点です。

  • 日本の指針は、アニマルウェルフェアを「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義している
  • 指針が最も重視するのは最新設備ではなく、日々の観察や丁寧な取り扱いによって牛が健康であること
  • ヨーロッパでは「5つの自由」を中心に概念が広がり、国ごとに認識の差が大きい
  • カウコンフォートは「牛を快適にすれば生産性が上がる」というアメリカ発の考え方で、川上さんはこちら寄り
  • 後から酪農に入った世代ほど「快適にしないと乳が出ない」がすぐ腑に落ち、昔からの生産者は自信を持ってよい