再度脱脂粉乳の積み上がり問題と根本的問題の解決を考える

2025-10-19 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

https://open.spotify.com/episode/7p7ejhZEutd4sxHMgwDSrg?si=0iK-nGMVQVGIk93ml700TA

あなたがスーパーで手に取る、その牛乳パック。

パッケージの裏にある「成分」や「賞味期限」は見ても、その牛乳がどんな流れで、どんな判断の連鎖の末に、今ここに並んでいるのかまで想像することは、あまり多くないかもしれません。

けれど実は、その“見えない裏側”にこそ、日本の酪農が抱える構造的な課題が詰まっています。

今回掘り下げたいテーマは、コロナ禍で一気に表面化した牛乳の余剰問題、そして象徴的な存在である脱脂粉乳の在庫です。

さらに大事なのは、「脱脂粉乳が積み上がっている」という現象そのものよりも、なぜ数年経っても解消しにくい構造になっているのか、そして根本解決のカギがどこにあるのかという点です。

ここでは、ある酪農家と研修生の対話をもとにまとめられた資料を読み解く形で、

「在庫が積み上がる理由」→「根っこにある問題」→「解決の道筋」へと、順番に整理していきます。

脱脂粉乳の在庫は、なぜ“いま”も残っているのか

脱脂粉乳の在庫が膨らんだ直接のきっかけは、コロナ禍でした。

学校給食や業務用需要が急落し、行き場を失った生乳を“捨てないため”に、長期保存できる脱脂粉乳へ加工する。これは当時の現場として、必然の判断でもありました。

ところが驚くべきは、その時に発生した在庫が、数年経った今でも相当量残っているという点です。

しかもそれで終わりではありません。

最近は乳価が上がった局面もあり、とくに生産量の大きい地域では、過去の赤字を取り戻すために生産を増やす動きが出やすい。

一方で、牛乳全体の消費は(残念ながら)長期的に減少傾向です。

つまり、極端に言えばこうです。

・飲む量は減っている

・でも作る量は簡単には減らない(むしろ増えることさえある)

・余剰が出る

・逃がし先として脱脂粉乳が積み上がる

・すると「在庫があるのに、また増えるかもしれない」というジレンマに陥る

これは「誰かが悪い」「作りすぎたからだ」といった単純な話ではありません。

もっと根深い、“仕組み”の問題です。

根本原因は「情報の流れ」がスムーズではないこと

資料の中で最も重要な指摘はここでした。

根本の原因は、生産現場から消費現場までの情報の流れが滞っていることだ、という見立てです。

もう少し具体的に言うと、酪農における需給(作る量と買われる量)を調整するには、本来こんなデータが必要になります。

・日々、地域ごとにどれくらい生乳が生産されているか

・どの製品が、いつ、どこで、どれくらい買われているか

・在庫がどれくらいあり、どれくらい動いているか

・これから需要が伸びる時期/落ちる時期はいつか

ところが現実には、こうした情報がリアルタイムに共有され、活用される状態になっていない。

生産者は消費の実態が見えにくく、流通・小売は生産現場の実情をつかみにくい。

結果として、判断がそれぞれの現場で分断され、「調整」はどうしても後手に回ります。

この“見えないまま動く”状態こそが、余剰と在庫を生みやすい構造の正体です。

ITもデータ分析も発達した現代に、なぜこんな断絶が残るのか。

資料から読み取れるのは、長年の慣行や縦割り、各段階の最適化が全体最適につながりにくい構造など、いくつもの要因が絡み合っているという点でした。

対症療法ではなく「サプライチェーンの再設計」が必要

在庫が増えたら、在庫を減らす施策をする。

もちろんそれも必要です。

しかし、それだけでは再び同じことが起きます。

なぜなら、原因は“在庫そのもの”ではなく、情報が流れず、需給のズレが繰り返し生まれる仕組みにあるからです。

だから本当に必要なのは、脱脂粉乳を「どう処分するか」だけではなく、

生産→加工→流通→販売→消費までの流れそのものを、未来に向けて設計し直すことです。

ここで登場するのが、資料にあるAIを活用したデータ循環システムという考え方でした。

AI×データ循環システムとは何か

この取り組みの核はシンプルです。

「見えないものを、見えるようにする」

そして「勘と経験だけでなく、データでも意思決定できるようにする」。

具体的には、次のようなデータを集め、つなげ、分析する構想です。

生産現場(牧場側)から集めるもの

・日々の生乳生産量

・牛の健康状態

・飼料の種類や変更

・気候や環境条件 など

小売・消費側から集めるもの

・POSデータ(いつ、どの製品が、どれだけ売れたか)

・地域ごとの売れ方、時間帯、季節変動

・キャンペーンの影響 など

これらをAIが分析し、

「いつ・どこで・どれくらい必要になるか」を高精度に予測できれば、次の判断が変わります。

・作りすぎを減らす(余剰を抑える)

・足りないを減らす(機会損失を抑える)

・配送や製造計画を効率化する

・価格変動や在庫負担を緩和する

言い換えれば、これは「在庫を減らす道具」ではなく、

需給のズレが生まれにくい産業構造に近づけるための土台です。

それでも広がりにくい理由:コストと“危機感の共有”

ここからが、現実の難しさです。

取り組みが有望に見えても、すぐに業界全体へ広がるとは限りません。

資料が指摘していた壁は大きく2つでした。

① 導入コスト

センサーの設置、データ基盤の構築、運用体制の整備。

技術が良くても、初期投資が必要です。経営が厳しい牧場ほど、踏み出しにくい。

② 危機感の共有の難しさ

脱脂粉乳の在庫問題や需要減を、「業界全体の構造課題」として捉える温度感は人によって違います。

「うちは大丈夫」「今のやり方で回っている」——そう感じる人がいても不思議ではありません。

しかし、需給のズレは“個々の努力”だけでは吸収しきれない局面が出ます。

だからこそ、業界として同じ課題認識を持ち、協力して仕組みを作る必要がある。

この“合意形成”が最も難しい、という現場感が伝わってきました。

消費者にとって遠い話にしないために

もう一つ、見逃せない論点があります。

仮にクラウドファンディングで資金を集めようとした時、

「脱脂粉乳の在庫が大変なのでAIシステムを作ります」と言われても、多くの人はピンと来ません。

脱脂粉乳は日常で意識しない言葉ですし、在庫の構造まで知る機会も少ない。

つまり、技術や正しさ以前に、**“共感の翻訳”**が必要になります。

・なぜそれが私たちの食卓と関係するのか

・それが続くと、何が起きるのか

・それを変えると、どんな未来が開けるのか

ここを丁寧に伝え続けない限り、支援も協力も集まりません。

資料の中で印象的だったのは、

「いきなりお金をください、ではなく、まずは理解と共感を広げる」

という姿勢でした。

情報発信、メンバーシップ、対話の積み重ね。

地味に見えるかもしれませんが、こういう“土台づくり”こそが、技術を社会に根付かせます。

酪農は「牛」と「データ」と「人の心」をつなぐ時代へ

酪農は命を預かる仕事でありながら、同時に経済の波を最も受けやすい産業の一つでもあります。

天候、国際情勢、飼料価格、消費者の嗜好、物流、人材。

どれか一つが揺れれば、現場は簡単に苦しくなります。

だからこそ、長年の勘や経験を否定するのではなく、

そこにデータという客観的な羅針盤を重ねる必要がある。

この考え方は、単なる効率化ではなく、持続可能性への投資だと感じます。

そして、目指すのは「生産者だけが得をする仕組み」でも、「流通だけが合理化する仕組み」でもありません。

生産者も、流通も、小売も、そして牛乳を飲む私たちも、みんなが納得できる循環。

酪農を“地域と食文化をつなぐインフラ”として捉え直す視点が、そこにあります。

おわりに:あなたの牛乳パックの裏側を、少しだけ想像してみませんか

脱脂粉乳の在庫問題は、専門的で遠い話に見えるかもしれません。

でも本質は、「牛乳が余る」という現象ではなく、

情報が流れず、調整が後手に回り、ズレが繰り返される構造にあります。

そしてその構造は、酪農に限らず、社会のあちこちに潜んでいます。

情報の非対称性、分断、縦割り。

それが非効率や不都合を生み、誰かの負担として積み上がっていく。

だからこそ私たちは、見えにくい構造に関心を持ち、理解しようとすることができます。

それは「専門家になる」ということではなく、

自分の食卓と社会がつながっていることを、もう一歩だけ想像するということです。

あなたが次に牛乳パックを手に取るとき、

その裏側にある“情報の流れ”に、ほんの少しだけ思いを巡らせてもらえたら嬉しいです。

その小さな関心の積み重ねが、やがて大きな循環を作る力になるはずです。

https://note.com/kawakamifarm/membership/boards

https://note.com/kawakamifarm/n/n2c2f4763349b

https://note.com/kawakamifarm/n/nbf0a8d7a7a3e

🐄📚『川上牧場研修〜牛群検定の見方編〜』Kindleで絶賛発売中!📘

全ての酪農に興味がある方へ🐮数字で牛の声を聞こう!👇

https://www.amazon.co.jp/dp/B0FBQWGSK6

https://lit.link/kawakamifarm