R7年研修生と配信 #22

2025-10-22 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

https://open.spotify.com/episode/4ie1bjw6SOjbsd2DwGeZCb?si=pLaCgiyYTKe3dENMQqAUwg

おはようございます。

本日も研修生が来てくれているので、いつものように「対話しながら学ぶ」スタイルで進めていきます。

収録日は10月20日。テーマは、現場の乳質と直結する超重要分野――**「搾乳手技(さくにゅうしゅぎ)」**です。

搾乳は、酪農の中心にある作業です。毎日、誰もがやっている。だからこそ、少しの“やり方の差”が、乳房炎の発生率や乳質、さらには牧場の収益まで左右します。

今回は、研修生の素朴で鋭い質問をきっかけに、搾乳手技の考え方から

「変えられない現場のリアル」、そして最新の研究トピックまで、話が大きく広がりました。

まずは「搾乳手技」とは何か

研修生から出た一言は、こうでした。

「以前、川上さんに搾乳手技について動画を送ってもらって、川上牧場では川上さんが“大山乳業”でやっていた方法がベースなんですよね?」

https://youtu.be/u5H-T1NQ3NU?si=EGtmxTSWZA02bZfM

ここでいう搾乳手技は、単に「搾乳の手順」という意味に留まりません。

乳房炎を減らし、乳質を上げ、牛にも人にもムリのない搾乳を“仕組みとして回す”思想です。

搾乳は“作業”であると同時に、“管理”でもあります。

誰がやっても一定の品質になるように、手順が整備されている。数値で評価できる。問題が出たら原因が追える。ここまで含めて、搾乳手技だと考えています。

鳥取の強さ:「専門農協」という仕組み

話題は自然と、私が以前お世話になった**大山乳業**のことに移っていきました。

鳥取県は、牛群検定の加入率が非常に高い地域として知られています(時期により上下はありますが、体感としても“データで酪農をする”文化が根付いています)。そして、その背景にあるのが「専門農協」という形です。

研修生にも説明しながら整理すると、農協にはざっくり二種類あります。

・総合農協:牛乳も肉も野菜も花も、幅広く扱う

・専門農協:特定品目に特化(例:牛乳・乳製品に特化)

島根は総合農協ですが、大山は“牛乳に特化して、酪農家が出資して作った”専門農協。

つまり、「乳の品質が落ちる」ということは、経営として致命的になります。だからこそ、データを集め、指導体制を作り、現場に改善を落とし込むことへの熱量が違う。私はそこを強く感じてきました。

良い製品を作るには、良い乳を搾る。

そのための仕組みが、あの地域には存在する。私は今でも「日本でトップクラスだ」と思っています。

ミネソタ式が“主流”になった理由

研修生が見た動画の中に出てきたのが、いわゆる**「ミネソタ式」**でした。

ここ10年ほどで搾乳主義の“型”として広く普及したのが、ミネソタ式(そのまま導入というより、各牧場で変法が生まれて派生もしています)。とはいえ、根っこは共通しています。

要点はシンプルで、

・プレディッピング(乳頭の消毒)

・適切な刺激(揉む・前搾りなど)

・一定時間待つ(ホルモン反応を引き出す)

・ミルカー装着

・過搾乳を避け、適切に外す

・ポストディッピング(搾乳後の消毒)

こうした一連の流れを「個人の感覚」ではなく、「再現可能な手順」にする。

言うのは簡単ですが、実際はここが難しいのです。

「変えるのが怖い」若い人がいる理由

研修生が一番驚いたのは、動画内のインタビューでした。

改善に成功した牧場でも、こう言っていた。

「変えることに抵抗はありました。すごくありました。」

しかも、話しているのは比較的若い世代に見える。

研修生は率直に尋ねました。

「若い方でも、変えるのに抵抗があるのはなんでですか?」

私はここに、酪農の“構造的な難しさ”が詰まっていると思っています。

酪農は、代々の歴史で成り立ってきた家業が多い。

祖父のやり方、父のやり方、自分のやり方――その積み重ねが、経営を守ってきた誇りになる。

そして厄介なのは、改善の必要性が“外から見えにくい”ことです。

病気が多いか少ないか、乳質が良いか悪いか、コストが高いか低いか。比較しなければ分からない。牧場の中で完結していると、「困っていないからこのままでいい」という判断にもなりやすい。

だからこそ、若い世代が「変えたい」と思っても、簡単ではありません。

家族経営の壁:「やり方が日替わり」になると乳質が荒れる

ここから先は、かなり現場のリアルです。

例えば家族経営で、息子さんが「搾乳を変えたい」と言い出したとします。

ところが、家族の中でやり方が統一できない。すると現場はどうなるか。

・今日は若い人の搾り方

・明日は親世代の搾り方

・その次の日はまた別のやり方

牛は変化を嫌います。搾乳も同じです。

この“日替わり運用”が起きると、乳質がガタつきやすくなる。そしてその結果、若い世代はこう言われてしまう。

「ほら、新しいやり方にしたら乳質が悪くなったじゃないか。」

実際、うちもそうでした。

先代の搾乳は、極端な例を言えば雑巾を3枚使って、同じものを繰り返し使いながら搾るようなスタイルでした。

今の衛生概念から見ると衝撃かもしれませんが、当時はそれが“当たり前”の現場も少なくありませんでした。

乳房炎は「菌の種類」で難易度が変わる

研修生が尋ねます。

「乳房炎の率は多かったんですか?」

ここも誤解されやすいのですが、乳房炎は“ひとつの病気”ではありません。

原因菌が違えば、性質も、治りやすさも、対策も変わります。

うちで特に苦労したのが、**黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)**でした。

感染性が強く、慢性化しやすく、薬が効きにくいタイプも多い。いわゆる「難治性」に分類されることが多く、場内にいると新しく入ってきた牛にも広がってしまいます。

当時は、原因菌の7割がそれ、という状況でした。

そこから“ほぼゼロに近い状態”まで持っていくのに、8年かかっています。

それくらい、根気と一貫性が必要な戦いでした。

どう説得したのか?答えはシンプルで残酷

研修生が核心を突きます。

「ちなみに、どうやって説得されたんですか?」

正直に言えば、魔法の答えはありません。

結局は、搾乳に関わる人全員の“運用”を変えるしかない。

私が悩んでいる方へよく伝えるのは、こういうことです。

「責任は自分が持つから、搾乳は自分が全部やる。家族には別の仕事に回ってもらう。」

これが一番早い。

もちろん家族の関係性や経営の状況によって難しい場合もあります。でも、搾乳は“全員で少しずつ”やるほどブレやすい。ブレれば、数値が崩れる。崩れれば、改善の証明ができない。

搾乳は一つの作業でありながら、牧場全体の健康診断でもあります。だからこそ、まずここから整える価値があるのです。

「改善しない牧場は続かない」時代の入り口

研修生から、素朴な問いが出ました。

「今はロボットも入ってきているし、昔よりどんどん良くなってきているんですか?」

私はこう答えました。

改善しない牧場は、やめていっている。

経営が厳しくなるほど、シビアになる。

だから担い手のハードルも上がっていく――求められることは増えるのに、給与が十分に払えない現実もある。

最低賃金が上がる。物価も上がる。

でも価格転嫁が難しい。お金の話はしづらい。

この“詰まり”が、現場の息苦しさになっているのも事実です。

搾乳手技の話をしていたはずが、いつの間にか経営の話に行き着く。

でもこれも当然で、搾乳改善は「乳質のため」だけではなく、最終的に

「経営を続けるため」の手段だからです。

搾乳を“測る”道具:ラクトコーダー

搾乳手技を語る上で、研修生が興味を示したのがラクトコーダーでした。

ミルカーに装着して、搾乳の状態を数値化する機器です。

前搾りでオキシトシン(乳汁放出ホルモン)が上がり、装着後にどのタイミングで乳が伸び、流量がどう変化したか。そうしたデータがグラフになって見える。

「動画に載っていたグラフ、あれですよね」

そう、それです。

“感覚で語りがちな搾乳”を、数値で検証できる。改善の方向性が明確になる。

搾乳主義の世界が、急に“科学”に見えてくる瞬間でもあります。

論文の面白さと、エピジェネティクスの衝撃

会話はさらに広がります。

「牛の研究って、人間の医学みたいに論文がたくさんあるんですか?」

あります。めちゃくちゃあります。

そして私は、読むのが好きです。面白いからです。

最近特に面白いのが、エピジェネティクスの話。

同じ親から生まれた兄弟でも、体質や成長に差が出る。その差が「環境によって遺伝子の働き方が変わる」ことで説明され始めています。

例えば、妊娠期に母牛がヒートストレスを受けると、子に影響が出る。

さらに“孫世代”にも影響が残る可能性が示唆されている研究もあります。

だから私は、夏場の繁殖計画を工夫しています。

「夏はホルスタインのメスを産ませない」

という判断に繋がるのも、こうした研究の積み重ねがあるからです。

子牛の値段は「オスかメスか」より「初期の伸び」

最後に話題になったのが、子牛の価格と成長の話でした。

研修生の問いはこうです。

「子牛の値段って、オスメスで決まるんですか?それとも大きさですか?」

うちは相対取引(1対1の取引)が基本で、家畜市場の平均価格などを参考にしつつ決めています。ただ、一般論としては、初期の伸び=体重が非常に分かりやすい指標になります。

そしてここで強烈な話が出ます。

生後1ヶ月でついた差は、生涯ひっくり返らない

という研究結果がある。

もちろん例外はありますが、統計的に見ると「初期の伸び」は、その後の成長やパフォーマンスに大きく影響する。だからこそ、初期管理が重要になるわけです。

ただし、大きい子牛を狙って大きい種を付けると、今度は母牛の分娩負担が増える。難産リスクが上がり、その後の泌乳や繁殖に影響する。

結局はトレードオフです。

私は、骨盤の大きさ、産歴、過去の分娩難易度、血統傾向などを見ながら種付けを選びます。

「この牛ならこの種でもいける」

という判断は、経験とデータの両方で作っていく感覚です。

まとめ:搾乳手技は“手順”ではなく“文化”である

今回の配信は搾乳手技がテーマでしたが、話の中身はそれ以上でした。

・専門農協の強み

・変化を嫌う現場のリアル

・家族経営にある世代交代の難しさ

・乳房炎は“菌の種類”で戦い方が変わる

・ラクトコーダーで搾乳を数値化できる

・論文(特にエピジェネティクス)の面白さ

・子牛は初期の伸びが重要で、分娩とのバランスが必要

搾乳手技は、手順の話に見えて、実は牧場の価値観そのものです。

「良い乳を作る」ことへの執念。

「変えることの痛み」を引き受ける覚悟。

そしてそれを“次の世代に渡せる形”に整える努力。

最後に、研修生にも伝えた一言を、ここにも残しておきます。

搾乳手技は、ミネソタ式で検索すると基本のマニュアルが出てきます。

でも本当の勝負は、マニュアルを“現場で回る文化”にできるかどうかです。

本日もありがとうございました。

次回も、研修生との対話から、現場の学びを掘り下げていきます。

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