R7年研修生と配信 #17
2025-10-03 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
https://open.spotify.com/episode/0ko7VWCXCO69F1Be9c0ucj?si=A7cHAjPVSXmUoS46sN0d2Q
今日は、令和7年から川上牧場に来てくれる予定の研修生と一緒に収録した回の内容を、Note用に整理してお届けいたします。
テーマはずばり、
「牛が食べる牧草に農薬が使われていること、どう考えていますか?」
という、とても大きくて、とても繊細な問いです。
農薬、抗生物質、遺伝子組み換え作物——。
どれも「なんとなく怖い」「体に悪そう」というイメージだけが一人歩きしやすい言葉ですが、その裏側には、科学の積み重ねや、世界の食料事情、日本の基準の厳しさ、そして現場の葛藤があります。
この回では、研修生の“モヤモヤ”を起点に、価値観の違いを否定することなく、事実と現場感の両方から一緒に考えてみました。
この記事では、その対話を再構成しながら、「食」と「農」と「技術」とどう向き合うのかについて、丁寧にまとめていきます。
1. 「農薬そのものがイヤ」から始まった対話
研修生から最初に出てきた質問は、こうでした。
「牛が食べている牧草に農薬が使われていることを、気にしていますか?」
もう少し掘り下げてみると、研修生が気にしているのは大きく二つに分かれることがわかりました。
・① 農薬という“もの”自体が嫌
・② 体の中に農薬が“残る”ことが心配
私はまず、「どっちがより気になっているの?」と聞いてみました。
すると研修生の答えは、かなりはっきりしていました。
「使うこと自体がイヤです」
理由を聞くと、
・農薬は虫を殺すもの
・自然のものに“反する”ものをかけている
・それが人間や動物の体に入って、良いわけがない
という感覚的な拒否感があるとのことでした。
ここには、理屈だけでは片付けられない「感情」があります。
そしてその感情の背景には、「家庭」が強く影響していることも、会話の中で見えてきます。
2. 「毒キノコはOKで農薬はNG?」という問いかけ
研修生の話を聞きながら、私は一つ質問を投げました。
「毒キノコはどう思う?」
毒キノコも、立派な“毒”を持った自然物です。
植物が自分の身を守るために、食べられないように進化してきた結果とも言えます。
一方で農薬は、人間が科学の力で作り出したもの。
研修生にとっては、
・自然にある毒(毒キノコ)は、まだ“ナチュラル”
・人間が作った毒(農薬)は、“不自然で怖い”
という感覚的な線引きがありました。
私はここで、こんな話をしました。
・多くの薬は、もともと自然界に存在する成分がベース
・それを科学の力で抽出・安定化・大量生産できる形にしたものが、私たちが使っている医薬品や農薬
・問題は「自然か人工か」ではなく、「どう設計され、どう使われ、どこまで分解されるか」
もちろん、過去には不適切な使い方や安全性への配慮不足から生じた事故もありました。
だからこそ今は、基準が整えられ、検査体制が強化されています。
「自然かどうか」だけで白黒つけるのは難しい——。
そうした視点を、研修生と共有していきました。
3. 農薬はどこへ行くのか——「残留」の話
研修生が特に気にしていたのは「残留」です。
薬は、飲んだら、かけたら、そのまま永遠に残り続けるわけではありません。
・雨で流される
・土壌中の微生物に分解される
・大気へ拡散する
・紫外線や時間の経過で分解される
などの過程を経て、分解されていきます。
日本では、これらを踏まえたうえで「残留農薬基準値」が決められています。
輸入飼料に関しても、港に到着した時点で抜き打ち検査が行われ、基準値を超えるものは受け入れられません。
つまり、
「農薬が一切使われていないわけではないけれど、
“基準値を超える残留”がないように管理されている」
というのが、現在の日本の仕組みです。
もちろん、100%完璧なシステムは存在しません。
過去には例外的な事故も起きています。
実際に、牛が食べた牧草に使われた除草剤が分解されず、その牛の糞を使った堆肥で育てた作物(トマトなど)が枯れてしまう、という事例もありました。
これはまさに「分解されきらなかった成分が、次の作物に影響した」ケースです。
こうした事例は、農業現場にとって大きな学びとなり、
農薬の選び方や、堆肥の使い方、情報共有のあり方の改善につながっています。
4. 抗生物質と「牛乳に残らない仕組み」
農薬と並んでよく心配されるのが、牛に使う「抗生物質」です。
堆肥を買いに来られるお客様からも、
「この牧場の牛は、抗生剤を使っていますか?」
と聞かれることがあります。
そこで私は必ず、こう聞き返します。
・「使うこと自体が嫌なのか」
・「体や糞・牛乳に残っているのが嫌なのか」
抗生物質は、乳房炎などの治療に使うことがあります。
しかし、使用したからといって、その牛の乳をそのまま出荷していいわけではありません。
・抗生物質を投与した牛の乳は、一定期間すべて廃棄する
・成分が体内で分解され、規定の休薬期間を過ぎた後でなければ出荷できない
というルールが徹底されています。
つまり、
「治療には使うことがあるが、“残ったままの牛乳”が市場に出ることはない」
ということです。
それでも「使うこと自体がイヤ」という価値観も、確かに存在します。
その価値観も否定しません。
ただ、現場にいる身としては、
・「薬を一切使わないこと」と
・「動物の健康や苦痛をどう守るか」
のバランスは、常に考え続けなければならないと感じています。
5. 「農薬ゼロで世界を養えるのか?」という現実
研修生との会話の中で、私は一つ、少し踏み込んだ問いを投げました。
「農薬も化学肥料も一切なしで、今の世界人口を養えると思う?」
もし、化学肥料も農薬も一切使わないとなると、
世界が安定して生産できる食料の量は、今の何分の一になるでしょうか。
かつて、化学肥料が生まれる前、
世界人口は今よりはるかに少なく、それでも飢餓に苦しむ人たちがたくさんいました。
今の人口を支えているのは、良くも悪くも、
**化学肥料と農薬に支えられた「収量の底上げ」**です。
もちろん、「だから全部正しい」「だから不安を持つな」と言いたいわけではありません。
・食料を安定供給すること
・環境負荷を減らすこと
・人の健康への影響を最小限にすること
この三つをどう両立するか——。
その中で、科学と技術をどう賢く使うか——。
そこにこそ、本当の議論があるのだと思います。
6. 「日本は基準がゆるい」というイメージの背景
研修生からは、こんな声もありました。
「日本は食品添加物とか化学薬品に対して、基準がゆるいと聞きます」
ここには、情報の“切り取り方”の問題も含まれています。
確かに、過去には以下のような事件がありました。
・食品添加物や残留農薬が問題視された事例
・牛乳に抗生物質が混入した事故
・カイワレ大根などをめぐる食中毒事件
こうした出来事が報道され、「怖い」「危ない」というイメージだけが強く残りがちです。
しかしその後、
・再発防止のための研究
・基準値の見直し
・計測技術・検査体制の強化
といった改善が積み重ねられてきました。
もちろん、すべてが完璧とは言えません。
それでも、
「一度問題が起きた成分=永遠に“悪者”」
とラベリングしてしまうのは、現場で努力している人たちの仕事を過小評価してしまう危うさがあります。
7. 遺伝子組み換え作物をどう見るか
会話の終盤では、「遺伝子組み換え作物」の話にも踏み込みました。
研修生の第一印象は、
「体に悪そう」
「遺伝子組み換えじゃないほうを選びたい」
というものでした。
ここでも、「イメージ」と「仕組み」を分けて考えてみます。
遺伝子組み換え作物には、例えば「害虫耐性」や「除草剤耐性」を持たせたものがあります。
・通常の作物:虫が多くなれば、そのたびに殺虫剤を散布する必要がある
・害虫耐性を持った作物:虫がつきにくい/食べても影響を受けないため、殺虫剤の散布回数を減らせる
この視点だけ見ると、
「農薬を減らしたい」という目的に対して、
遺伝子組み換えは“ひとつの有効な選択肢”にもなりうる
ということがわかります。
海外では、遺伝子組み換え作物と無農薬栽培を組み合わせた“立体的な栽培方法”も模索されています。
例えば、
・真ん中に無農薬の作物(虫が寄りやすい)を植える
・周りを害虫耐性のある遺伝子組み換え作物で囲む
・虫が外から入りにくい“バリア”のような役割を持たせる
といった使い方です。
もちろん、遺伝子組み換えにもリスクや倫理的な議論があり、
「だからすべてOK」というつもりはありません。
ただ、
「化学肥料も農薬も遺伝子組み換えも全部イヤ」
と感情だけでまとめてしまうと、
結果的に“誰かの飢餓”を許容する方向にもつながりかねない——。
そこは、立ち止まって考える必要があると感じています。
8. 家庭環境がつくる「食の価値観」
今回の対話で印象的だったのは、
研修生が自分の価値観の源を、ちゃんと「家庭」と言葉にしてくれたことです。
「母が農薬をすごく嫌っていて、できるだけ無農薬のものを選んでくれていました」
こうした家庭で育てば、
・無農薬=良い
・農薬・化学肥料=悪い
という二分的なイメージを持つのは、とても自然なことです。
私は、その価値観を否定するつもりはありません。
むしろ、
「そういう価値観の人もいる」
「だからこそ選べる社会であってほしい」
と思っています。
日本は、
・無農薬や有機栽培の野菜も
・慣行栽培(農薬・化学肥料を適切に使った栽培)の野菜も
両方が普通のスーパーに並んでいます。
これは世界的に見ても、かなり恵まれた環境です。
9. 「ヘルシーなものが高い国」と「選べる日本」
研修生は海外経験もあり、興味深い話をしてくれました。
「海外では、ヘルシーな食品ほど高いんです」
・脂肪分の少ないミンチ肉は高価
・鶏むね肉や赤身肉は割高
・一方で、脂の多い肉や加工食品は安い
つまり、
「健康的な食生活を送るには、経済的な余裕が必要」
という現実がある国も少なくありません。
その点、日本はまだ、
・鶏むね肉が安く、
・野菜も比較的手に入りやすく、
・スーパーで“選ぶ自由”がある
国だと言えます。
研修生は、
「ヘルシーなものが普通に手に入る日本って、実はすごいんですね」
と驚いていました。
その感想を聞きながら、私自身も改めて、
「当たり前だと思っている日常」がどれほど貴重かを再認識しました。
10. 技術をどう使うかを、これから一緒に考えていきたい
最後に、私自身のスタンスをまとめておきたいと思います。
私は、
・技術や科学を積極的に使いたい派です。
・ただし、「使い方」と「透明性」が何より大事だと思っています。
・過去の事故や問題から目をそらさず、改善に活かすことが必要だと考えています。
同時に、
・「化学的なものを体に入れたくない」という人の気持ちも
・「できるだけ無農薬で作りたい」という生産者の思いも
尊重したいと考えています。
だからこそ、研修生とのこうした対話は、私自身にとっても貴重な学びの時間です。
「なぜ嫌なのか」
「どこが不安なのか」
「どのラインなら受け入れられるのか」
を、感情と事実の両方から一緒に言葉にしていくこと。
令和7年から一緒に働く研修生と、
これからもこうした対話を積み重ねながら、
・牛にとっても
・食べる人にとっても
・地球環境にとっても
少しでも良い選択肢を探していけたらと思っています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
もしこの記事を読んで、何か感じたことや、逆に質問があれば、
ぜひコメントやメッセージで教えてください。
あなたの「モヤモヤ」から、次の配信と次のNoteが生まれます。
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