R7年研修生と配信 #26
2025-11-14 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
https://youtu.be/62W3-AHCzms?si=tFoZmLgbkF9Q51vx
10月28日の収録日。この日も牧場にはR7年の研修生が来ており、日々の作業をこなしながら、「座学」の時間を取りました。
これが川上牧場の研修スタイル。
今回のテーマは、**「災害時、酪農家、牛はどうなるのか。酪農家はどう判断するのか」**です。
日本で酪農をする以上、災害は切っても切り離せない現実です。地震、雷、火事、大雨、洪水、台風。中でも日本に住む私たちにとって、最も現実的で、そして避けられないリスクが地震です。
■ 停電が起きた瞬間、酪農は止まる
東日本大震災を思い出していただくと分かりやすいと思います。
あのとき、広範囲で停電が起きました。
酪農は「電気が止まる=ほぼ全停止」です。
・井戸水をポンプで汲み上げている場合、水が出ない
・自動給餌機が止まる
・ミルカーが動かない
・バルククーラーが止まり、牛乳を冷やせない
・バンクリーナーも動かない
つまり、搾乳はできても保存ができない。
結果としてどうなるかというと、「搾った牛乳はすべて廃棄」です。
手搾りで牛乳を搾ることは可能です。しかし、冷却・保管ができなければ出荷はできません。
それでも牛は乳を出し続けるため、搾らないわけにはいかない。
結果、搾っては捨てる、搾っては捨てる、という精神的にも非常につらい状況が続きます。
■ 災害補償という「組織の力」
ここで救いになるのが、酪農団体としての仕組みです。
酪農家は基本的に組合に加入しており、災害時には災害補償が適用されます。
直近1週間ほどの乳量を基準に、約9割程度が補填されるケースが多い。
これは個人では到底対応できない部分であり、組織として支え合う仕組みの重要性を強く感じます。
ただし、これは「牛乳を廃棄した期間」に対しての補償であり、牛そのものが亡くなった場合は、また別の判断が必要になります。
■ 災害時、牛は後回しになる現実
大規模災害が起きたとき、救助の優先順位は明確です。
人命が最優先。牛の救助は、どうしても後回しになります。
実際、過去の地震災害では、牛舎が倒壊し、牛が下敷きになったまま亡くなるケースも多くありました。
SNSでその様子を発信していた酪農家の投稿を見た方もいるかもしれません。
現地に行った人の話を聞くと、「地獄絵図」という言葉が決して大げさではないことが分かります。
しかし、ここで非常に難しい判断が迫られます。
■ 「直す」か、「証拠を残す」か
災害後、牛舎が倒壊した場合、
・すぐに自分で直せば牛を助けられる可能性がある
・しかし、直してしまうと「災害の証拠」が消えてしまう
証拠がなければ、国や自治体からの補助金が受けられない可能性が出てきます。
一方で、目の前にまだ生きている牛がいたら、酪農家として「助けたい」と思うのは当然です。
経済動物である以前に、日々世話をしてきた命です。
この葛藤は、災害が起こる前に考えておかなければならない問題です。
実際に災害が起きてからでは、冷静な判断はできません。
■ 飼料が届かないという現実
災害が起きると、餌も問題になります。
飼料は基本的に飼料会社から配送されますが、道路が寸断されていればトラックは来ません。
「じゃあ取りに行けばいい」と思うかもしれませんが、
飼料会社の倉庫に在庫があるかも分からない。
そして、災害時はパニック的な買い占めも起こります。
この点で強いのが自給飼料です。
自分の牧場で作り、保管している飼料があることは、災害時の大きな強みになります。
■ 北海道ブラックアウトが教えてくれたこと
北海道で起きた大規模停電(ブラックアウト)も、酪農に大きな影響を与えました。
冬場だったため、
・牛乳が凍る
・洗浄水が凍結する
・暖房が使えない
といった問題が発生しました。
水があっても「凍る」ことで使えないという、想定外の事態です。
■ 洪水時、牛を逃がすという判断
洪水時に「牛を放す」という選択をした酪農家も、過去には存在します。
しかし、この判断は非常にリスクが高い。
・牛が他人の農地に入り作物を荒らす
・道路に出て事故を起こす
・そのすべての責任が酪農家に返ってくる
法律上、牛は「物」として扱われるため、賠償責任は飼い主にあります。
福島の原発事故後、放された牛が野生化したケースもありましたが、
放射能汚染への不安から、その牛乳を消費者が受け入れることは現実的ではありませんでした。
■ 私自身ならどう判断するか
研修生から「川上さんなら洪水時どうしますか?」と聞かれ、
私は正直に答えました。
「全頭処分を選ぶと思います」
冷たい判断に聞こえるかもしれません。
しかし、他人に迷惑をかけるリスク、牛の生産性が著しく落ちる現実、
そして精神的ショックを受けた牛が元に戻る可能性が極めて低いことを考えると、
獣医師の判断に委ね、最小限の被害で区切りをつける選択です。
■ 災害は「牛」よりも「人の心」を壊す
RSウイルスが牛群に蔓延したとき、私は2週間分の牛乳をすべて廃棄しました。
補償はありません。
経営的なダメージも大きいですが、それ以上に精神的に追い込まれる。
「仕事をしたくなくなる」という感覚に初めてなりました。
災害や感染症で本当に削られるのは、人間の心です。
■ 食料は国防である
話はさらに広がり、ウクライナの農業の話にもなりました。
放牧地や畑に地雷が埋められ、トラクターの前に地雷除去装置をつけて農作業をしている。
そこまでしてでも、食料を守ろうとする。
食料生産は、まさに国防です。
日本の農業者は、そこまでの危機感を持てているでしょうか。
台湾有事、国際情勢を考えたとき、「起こらない前提」で経営していないか。
経営者として、考え続けなければならない問いです。
■ 災害対策は「起こる前」にしかできない
災害時に現場でできることは、実はほとんどありません。
だからこそ、事前のマニュアルと想定が重要です。
農水省やJミルクでは、災害・感染症時の対応マニュアルが整備されています。
・飼料を制限し、乳量を落とす
・乾乳を早めて搾乳頭数を減らす
・水・餌の管理を調整する
「備えあれば憂いなし」
この言葉は、酪農において決して大げさではありません。
■ 最後に
日本で酪農をするということは、
自然災害と共に生きることを受け入れる、ということです。
怖い。
それでも牛と向き合い、食を支える。
だからこそ、
一人ではなく、組織で、地域で、社会で支える仕組みが必要なのだと思います。
研修生と一緒に、そんな重たいテーマを正面から話した一日でした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
備えあれば、憂いなし。
https://note.com/kawakamifarm/membership/boards
https://note.com/kawakamifarm/n/n2c2f4763349b
https://note.com/kawakamifarm/n/nbf0a8d7a7a3e
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