R7年研修生と配信 #36

2026-01-11 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

https://youtu.be/9Y5YzfguoWI

1月3日の朝、牛舎の空気はいつもより少し静かでした。

正月三が日でも、牛の生活は変わりません。搾乳の時間は来ますし、餌も食べます。外は冬の冷たい空気ですが、牛舎の中は体温と発酵熱でほんのり暖かい。そんな中で、研修生と一緒に勉強しながら音声配信を収録しました。

新年最初のテーマは「アニマルウェルフェア」です。

酪農をしていると、この言葉はここ数年で急に聞く機会が増えました。

ただ、実際に牧場で働く人、これから酪農を学ぼうとしている人、そして牛乳を飲む消費者。それぞれで、この言葉の受け止め方がかなり違うと感じています。

その違いを、研修生との会話を通してあらためて考える機会になりました。

「アニマルウェルフェアって知っていましたか?」

研修生にまず聞いたのは、単純な質問です。

「酪農に来る前から、アニマルウェルフェアって言葉を知っていましたか?」

答えは、はっきりしていました。

「知らなかったです」

これは珍しいことではありません。

むしろ、酪農の現場に入る前にこの言葉を知っている人の方が少ないと思います。

では、知ってからの印象はどうなのか。

研修生は少し考えて、こう言いました。

「知らないときは、人間の感覚で“かわいそうかどうか”で考えていました。でも、いろいろ知ると、それだけでは判断できない気がします」

この言葉は、とても象徴的だと思いました。

アニマルウェルフェアには「定義」がある

アニマルウェルフェアという言葉は、実はかなり広い意味で使われています。

だからこそ、話がかみ合わなくなることも多い。

酪農の世界で基本になるのは、国際的に知られている「5つの自由」です。

簡単に言えば、

・空腹や渇きからの自由

・不快からの自由

・痛みや傷害、病気からの自由

・正常な行動をとる自由

・恐怖や苦痛からの自由

こういった状態を「できるだけ守りましょう」という考え方です。

ここで大事なのは、「ゼロにしましょう」ではないという点です。

完全にストレスをなくすことはできません。

だからこそ、「できる範囲で改善していく」という考え方になります。

このニュアンスが、一般的な動物愛護のイメージとは少し違うところかもしれません。

畜産の議論と、ペットの議論は違う

アニマルウェルフェアが難しくなる理由の一つは、

畜産動物と愛玩動物の議論が混ざりやすいことだと思います。

犬や猫の福祉と、牛や豚の福祉。

同じ「動物」ではありますが、

役割や飼養環境が違います。

その前提が共有されないまま議論すると、

どうしても感情の衝突が起きやすくなります。

だから私は、まず「どの定義の話をしているのか」を

そろえることが大事だと思っています。

国際基準のアニマルウェルフェアなのか。

日本の制度なのか。

それとも愛護動物の話なのか。

ここを揃えるだけで、話の解像度はかなり上がります。

イギリスでは「選べる」仕組みがある

研修生との話の中で、海外の例も出てきました。

イギリスでは、アニマルウェルフェアに関する認証マークがあり、

消費者が商品を選ぶときの基準になっています。

つまり、

「アニマルウェルフェアに配慮された商品を買う」

という選択肢が、普通に存在しているわけです。

これは、酪農家にとっても意味があります。

努力が価格やブランドとして評価される可能性があるからです。

選択肢があるというのは、

消費者にとっても、生産者にとっても良い仕組みだと思います。

日本ではまだ「認識」が薄い

一方、日本の状況はどうでしょうか。

研修生は率直に言いました。

「牛乳を飲んでいる人って、そこまで知らないと思います」

これは、かなり現実に近いと思います。

多くの人は、

・牛から牛乳が出る

・牛乳はおいしい

ここまでは知っています。

でも、その先。

・牛がどんな環境で飼われているのか

・アニマルウェルフェアとは何なのか

そこまで意識する機会は、まだ多くありません。

だからこそ、

食育や教育の役割は大きいのだろうと思います。

学校給食の場で、

農業や酪農の話がもう少しされてもいいのかもしれません。

「放牧=幸せ」とは限らない

アニマルウェルフェアの話になると、

よく出てくるイメージがあります。

「放牧の方が牛は幸せ」

確かに、そう感じるのも自然です。

広い牧草地で牛が歩いている風景は、牧歌的で気持ちがいい。

ただ、現場から見ると、もう少し複雑です。

たとえば、

・サシバエなどの吸血昆虫

・真夏の直射日光

・群れの中での力関係

こうした要素もあります。

放牧は管理がしっかりしていればとても良い方法ですが、

必ずしも「放しておけば幸せ」という単純な話ではありません。

むしろ、放牧を上手く運営している牧場は、

かなり高度な管理をしています。

牧草地をローテーションさせたり、

天候に合わせて餌を補給したり。

私は個人的に、放牧をうまくやっている牧場を見ると

「すごいな」と思います。

牛乳の味はどう変わるのか

研修生から、こんな質問もありました。

「放牧の牛乳の方がおいしいんですか?」

これは難しい質問です。

結論から言えば、

牛乳の味は、かなり多くの要因で変わります。

・牛の個体

・食べている餌

・季節

・搾乳管理

放牧の場合、牧草主体の飼料になるので、

風味は確かに変わります。

ただ、それが「おいしい」と感じるかどうかは

飲み慣れている味にも左右されます。

私が放牧牛乳を飲んだときの印象は、

「風味が違う」という感じでした。

濃さというより、香りや後味の違いです。

牛乳パックのイメージと現実

ここで、もう一つ面白い話があります。

牛乳パックのデザインです。

牧草地で牛が放牧されているイラスト。

これはよく見ますよね。

でも、実際にその牛乳が

すべて放牧牛乳とは限りません。

ブランドイメージとしての牧場風景と、

実際の飼養方法は別の場合もあります。

これはマーケティングの世界でもあります。

消費者がイメージする酪農と、

現場の酪農の間には、

少し距離があるのかもしれません。

酪農の話は、まだ知られていない

今回、研修生と話しながら改めて感じたのは、

酪農の仕組みは、まだあまり知られていない

ということでした。

牛乳のブランド。

乳業メーカー。

農協や酪農家の関係。

このあたりも、

実際に現場に来ないと見えにくい世界です。

でも、だからこそ、

伝える余地があるのだと思います。

私は今こう考えています

アニマルウェルフェアという言葉は、

これからもっと広がっていくと思います。

ただ、その広がり方は、

単純な善悪の話ではなく、

・現場

・消費者

・教育

この三つがゆっくり重なっていく形なのではないでしょうか。

酪農をしている立場としては、

完璧な答えを出せるわけではありません。

でも、

牛の状態を見ながら、

自分の牧場でできることを考え続ける。

それが一番現実的なアニマルウェルフェアなのかもしれません。

研修生とこうして話す時間は、

私自身の考えを整理する機会にもなっています。

酪農の現場で起きていることを、

少しずつ言葉にしていく。

それが、

牛乳を飲んでいる人たちと

酪農をつなぐ一つの方法なのだろうと思っています。

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