日曜コメント返し!「かわいそう」で終わらせない、酪農の命の現実

2026-07-26 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

「かわいそう」で終わるんじゃなくて、じゃあ、どうしたらいいんだろう。

今週いただいたコメントを読んでいて、最後に残ったのは、この問いでした。

こんにちは。島根県出雲市で酪農をしている川上です。

日曜日は、X、Instagram、Threads、YouTube、TikTok、noteなどにいただいたコメントをまとめて返す「コメント返し」の日です。

普段は牛乳のこと、牛の体のこと、酪農経営のことなど、本当にいろいろな質問が届きます。

今週もたくさんいただきました。

「牛には名前をつけるんですか?」

「冷凍できる初乳と、スーパーで売っている牛乳は何が違うの?」

「農家には補助金があるんじゃないの?」

「ホルスタインのオスはどうなるんですか?」

一見すると全部バラバラの質問です。

でも、コメントを一つずつ返していくうちに、全部が同じところにつながっている気がしました。

それは、

牛を“命”として見ることと、酪農を“仕事”として続けることを、どう両立させるのか。

という話です。

今日は、そんなことを書いてみたいと思います。

牛には番号がある。でも、名前もある

最初に紹介したいのは、YouTubeにいただいたコメントです。

以前、うちの牛の「セレジエーラ」という名前について話しました。

セレジエーラはポルトガル語で「桜」という意味です。

ブラジルから来てくれていた研修生が、思いを込めてつけてくれた名前です。

牧場では牛を個体識別番号で管理します。

番号は絶対に必要です。

何月何日に生まれたのか。

誰の子なのか。

いつ授精したのか。

何回産んだのか。

どんな病気をしたのか。

乳量はどれくらいなのか。

そういう情報を一頭ずつ記録していきます。

80頭くらい牛がいると、「かわいい牛さん」だけでは管理できません。

でも、それと「牛を番号としてしか見ていない」という話は、まったく別なんです。

名前を覚えている牛もいます。

性格も違います。

人が近づくと寄ってくる牛もいれば、知らん顔をしている牛もいる。

搾乳のときにおとなしい牛もいれば、尻尾でこちらの顔をバシバシ叩いてくる牛もいます(笑)。

毎日見ていると、

「あれ、今日は食べ方がおかしいな」

「いつもより動きが鈍いな」

「なんとなく顔つきが違うな」

という小さな変化が見えてきます。

むしろ、一頭一頭をちゃんと見るために、番号やデータが必要なんです。

僕にとって「管理する」というのは、牛を機械のように扱うことではありません。

その牛をちゃんと見るための仕組みを作ることです。

20万円の修理代と、牛の命は別の話ではない

今週は、自動給餌機が壊れた話にもコメントをいただきました。

新しいものに買い替えれば、800万円とか1000万円とかする機械です。

なんとか部品を探してもらって、今回は20万円ほどで修理できることになりました。

……20万円です。

「20万円あったら何する?」

と聞かれたら、けっこういろいろできますよね。

旅行もできるし、家電も買える。

でも牧場では、

「直さないと明日から牛に餌をやれません」

となります。

選択肢はほぼありません。

こういう話をすると、「命を扱っているのにお金の話をするのか」と感じる人がいるかもしれません。

でも、僕はむしろ逆だと思っています。

牛を飼い続けるためには、お金が必要です。

餌を買う。

電気を使う。

水を使う。

獣医さんに診てもらう。

機械を修理する。

牛舎を直す。

働く人に給料を払う。

次の設備に投資する。

利益が出なければ、これを続けられません。

「金儲けだけが生き方じゃない」

というコメントもいただきました。

僕もそう思います。

僕自身、お金だけを目的に酪農をしているわけではありません。

でも、

「お金だけが大事ではない」と「利益がなくてもいい」は、まったく違います。

利益がなければ再投資できません。

再投資できなければ設備が古くなります。

設備が古くなれば、人にも牛にも負担が増えます。

そして最後には、牧場そのものがなくなります。

だから僕は、牛の福祉と牧場の利益は、敵同士ではないと思っています。

本当は、両方を一緒に良くしていかなければいけない。

そこが酪農経営の難しいところです。

「牛乳には抗生物質が入っている」という話について

SNSでは、ときどき、

「牛乳には抗生物質が入っている」

という投稿が流れてきます。

こういう情報を見ると、不安になりますよね。

過去に食品をめぐる事故や問題があった記憶を持っている人なら、なおさらです。

だから、疑問を持つこと自体は悪いことではありません。

ただ、現在の仕組みも知ってほしいと思います。

日本のルールでは、乳に影響する薬剤を投与した牛について、その薬剤が乳に残留している期間は搾った乳を出荷に回すことができません。また、動物用医薬品には食品中の残留基準も設定されています。

うちでも、治療した牛の乳を分けるのは日常の仕事です。

病気になった牛には、必要なら治療をします。

治療しないことが動物にとって苦痛になる場合だってあります。

大切なのは、

「薬を使う=悪」

でもなければ、

「薬を使っても何でも出荷していい」

でもないということです。

必要な治療をして、決められたルールを守り、安全を確認して食卓へ届ける。

現場では、その間をつなぐ仕事をしています。

SNSではどうしても、

「危険か、安全か」

「悪い農家か、良い農家か」

みたいな二択の話が伸びやすいです。

でも実際の農業は、そんなに単純ではありません。

牛乳は、蛇口のようには止められない

もう一つ、今週印象に残ったコメントがありました。

牛乳の需給について、

「作りすぎた農家が悪いのではない」

という投稿へのコメントです。

これは、酪農を理解してもらううえで、ものすごく大切なところだと思っています。

工場なら、

「今月は商品が売れそうにないから、生産ラインを20%止めよう」

という判断ができます。

でも牛は、生き物です。

昨日まで30kg乳を出していた牛に、

「来週は需要が少ないから20kgにしてね」

とは言えません。

餌を突然減らせば健康を崩します。

搾乳をやめることもできません。

乳房炎などのリスクが高まります。

牛乳の生産には、牛の妊娠、分娩、泌乳という長い時間があります。

つまり、消費者の需要が変わるスピードと、牛の体が変化できるスピードは違うんです。

ここに、

「命のペース」と「市場のペース」のズレ

があります。

これは、酪農を考えるときにぜひ知ってほしいことです。

スーパーに並んでいる牛乳だけを見ると「商品」に見えます。

でも、その一歩手前には牛がいる。

さらにその前には、何年もかけて牛を育てている時間があります。

牛乳は、工場のスイッチを押して作っているわけではありません。

「ホルスタインのオスはかわいそう」で終わってしまう前に

そして今回、一番考えさせられたのがこのテーマです。

SNSでは、ときどき、

「乳を出さないホルスタインのオスは価値がないから、すぐ殺されてしまう」

というような強い表現を目にします。

それを見た人が、

「かわいそう」

「そんな酪農はおかしい」

と思う気持ちは、とてもよくわかります。

僕だって命を扱っているので、何も感じないわけではありません。

ただ、ここでも現実はもう少し複雑です。

酪農家は今、生まれてくる子牛の性別や、その後の行き先まで考えながら交配を組み立てています。

例えば、後継牛として残したい能力の高い牛には、雌が生まれやすい性選別精液を使う。

後継牛を取る必要がない牛には、黒毛和種の精液を交配する。

場合によっては和牛受精卵を移植する。

つまり、

「生まれてからどうするか」だけではなく、「生まれる前からどうするか」を考える技術が進んでいるんです。

農林水産省の資料でも、性選別精液の利用増加などに伴って乳用種の雄子牛の出生頭数が減少していることや、酪農経営から交雑牛や黒毛和種を生産する仕組みが広がっていることが示されています。

もちろん、だからすべての問題が解決したという話ではありません。

生まれる命と経済価値の問題は、今もあります。

僕たち生産者も考え続けなければいけません。

でも、

「乳牛のオスは必要ないから全部すぐ処分する」

だけで現在の酪農を説明してしまうと、現場で積み重ねてきた技術や工夫が抜け落ちてしまいます。

そこは、ぜひ情報を更新してもらえたらと思っています。

「価値が低い牛」と「命の価値が低い牛」は違う

ここで、僕自身も言葉を気をつけなければいけないと思っています。

酪農の現場では、

「市場価値が高い」

「経済価値が低い」

という言葉を使うことがあります。

でもこれは、

命そのものの価値が高い、低いという意味ではありません。

市場の中で、いくらで取引されるかという話です。

ここを混ぜてしまうと、ものすごく危険だと思っています。

そして、この「経済価値」は固定されたものでもありません。

例えば、これまで評価されにくかった牛の肉を、

「食べてみたい」

「この農家を応援したい」

「どういう背景で育った牛なのか知りたい」

と思う人が増えたら、価値は変わる可能性があります。

僕が発信を続けている理由の一つも、ここにあります。

農家だけで変えられないことがある。

消費者だけでも変えられない。

でも、お互いが知って、一緒に考えれば変えられることがあるかもしれない。

「かわいそう」は、入口として大切だと思う

僕は「かわいそう」という感情を否定したいわけではありません。

むしろ、大切な感情だと思います。

何も感じなければ、社会は変わりません。

ただ、

「かわいそう」

で話が終わってしまうと、現実は何も変わらない。

だから、もう一歩だけ進んでみたいんです。

「じゃあ、どうしたらその命を生かせるだろう?」

「農家が続けられる価格って、いくらなんだろう?」

「消費者として選べることはあるだろうか?」

「新しい技術で減らせる問題はないだろうか?」

「今まで価値がないと思われていたものに、新しい価値を作れないだろうか?」

ここまで考えられたとき、

「かわいそう」は、ただの感情ではなく、社会を変える入口になります。

農家を応援する方法は、お金だけじゃない

「川上さんが使う自動給餌機なら支援しますよ」

という、とてもありがたいコメントもいただきました。

本当に嬉しかったです。

もちろん、noteのメンバーシップに入ってもらえたらありがたいです(笑)。

でも、応援って、お金だけではありません。

記事を読む。

コメントする。

誰かに話す。

国産の農産物を買う。

知らなかったことを一つ覚える。

「この農家の考え方、面白いよ」と誰かに伝える。

それも全部、農業を支える行動だと思っています。

農業は、農家だけでは成立しません。

食べる人がいて初めて成立します。

だから、生産者と消費者を分けて考えるのではなく、

一緒に食の仕組みを作っている仲間

くらいに考えられたら、僕は面白いと思っています。

コメント返しを続ける理由

日曜日のコメント返しは、僕にとって単なる「返信コーナー」ではありません。

自分では当たり前になっていて気づかなかったことを、皆さんの質問が教えてくれます。

「牛には名前があるんですか?」

「なんで牛乳は冷凍しないんですか?」

「オスの子牛はどうなるんですか?」

農家からすれば当たり前でも、一般の人からすれば全然当たり前じゃない。

そして、その「知らなかった」の中に、酪農をもっと良くするヒントがある気がしています。

だから、わからないことは遠慮なく聞いてください。

「こんなこと聞いたら失礼かな」

と思わなくて大丈夫です。

むしろ僕は、そういう素朴な質問が一番好きです。

僕も答えながら考えます。

時には僕の認識が間違っていることもあるでしょう。

そのときは、また調べて、直して、更新していけばいい。

農家だけが答えを持っているわけではありません。

消費者だけでもありません。

だから一緒に考えたい。

「かわいそう」で終わらせず、その命が生きる仕組みをどう作るか。

これからの酪農に必要なのは、そんな対話なのかもしれません。

今週もたくさんのコメント、本当にありがとうございました。

また来週の日曜日も、皆さんからいただいた声にお答えしていきます。

そしてこの記事を読んで、

「ここがよく分からなかった」

「これは違うんじゃない?」

「もっとこの話を聞きたい」

と思ったところがあれば、ぜひ教えてください。

その疑問が、次の配信になります。

今日も牛乳を飲んでいただいて、ありがとうございます。

みんな、牛乳飲んでね。

また明日。

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