牛も熱中症になる?治っても後遺症は残るのか?
2026-07-29 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
「牛が熱中症にかかった場合、 治療したあとは元通りになるのでしょうか」
「ミルクの生産が止まるなど、 深刻な症状が残ることはありますか」
こんな質問をいただきました。
この猛暑で、 人間も命の危険があるくらいです。
牛はどうなんだろう、 と心配してくださったそうです。
ありがとうございます。
今日は7月29日の水曜日。
朝の早い時間に雨が降って、 今は上がっています。
雨のち晴れ。 最高気温は33度の予報です。
午前中は、 種が付いていなかった牛の対応をして、
午後は島根県牛群検定組合の総会に、 会長として出席してきます。
それと、 熊本で地震があったそうですね。
出雲でも震度1くらい、揺れました。
熊本は本当に何度も地震があって、 また大変だろうなと思います。
こういう状況になっても、 スーパーに牛乳が置いてある。
それを当たり前と思わずに、 しっかり飲んでいただけたらと思います。
さて、質問への答えです。
先に結論
結論から言います。
軽症で、早く対応できれば、 回復する牛が多いです。
でも重症になると、 生産能力や繁殖能力に長期の影響が残ることがあります。
「必ず残る」わけではありません。
重症度によります。
ここから、 なぜそうなるのかを説明していきます。
そもそも、ホルスタインは暑さに弱い
まず前提を共有させてください。
日本の乳牛の99%は、 ホルスタイン種です。
この品種は、北欧が原産です。
つまり、 涼しい環境に適応した牛です。
分かりやすい比喩で言うと、こうなります。
牛皮のジャケットを着込んだまま、 お腹に湯たんぽを入れている状態。
その状態で、 毎日たくさんの牛乳を出し続けている。
なぜお腹に湯たんぽかというと、
ルーメンの中で微生物が草を分解していて、 そこで熱が出続けているからです。
外からも暑い。 中からも熱い。
これが、 夏の牛が置かれている状況です。
気温だけでは、判断できません
ここも大事なところです。
暑さの負担は、 気温だけでは決まりません。
湿度。 風。 日射。 そして乳量。
これで変わってきます。
だから世界中で使われているのが、 温湿度指数(THI)という指標です。
温度と湿度を組み合わせて評価します。
目安として、 気温30度を超えると、
すでに危険水準に入ってきます。
天気予報の気温だけを見ていると、 判断を誤ります。
湿度が高い日は、 同じ33度でも牛の負担がまったく違います。
牛の体の中で、何が起きているか
ここからが、 今日いちばん説明したい部分です。
牛は、人間ほど汗をかけません。
だから体温が上がると、 まず呼吸を速くします。
パンティングといいます。
呼吸で熱を逃がそうとするんですね。
それでも足りないと、 次の段階に進みます。
血液が皮膚に集まります。
体の表面から熱を逃がそうとするためです。
でも、これには代償があります。
皮膚に血液が集まるということは、
腸や乳房への血流が、 その分だけ減るということです。
そうなると、どうなるか。
餌を食べる量が減ります。 ルーメンの機能が落ちます。 脱水します。 そして、乳量が減ります。
全部つながっています。
42℃が、ひとつの境目です
さらに体温が上がって、 42℃近くに達すると、
細胞そのものが 障害を受け始めます。
筋肉。 腸。 肝臓。 腎臓。 脳。
ここまで来ると、 影響が広い範囲に及びます。
だから、 早く気づくことがすべてなんです。
軽症なら、戻ります
軽症の場合の話をします。
やることは、はっきりしています。
体温を下げる。 脱水を補正する。 電解質を補給する。
そして、餌を食べるところまで戻す。
ここまで戻れば、 乳量も徐々に回復する牛が多いです。
ただ、ひとつ現実的な話をします。
乳量は、翌日に完全には戻りません。
時間がかかります。
下がるのは一瞬で、 戻るのはゆっくりです。
重症だと、残ることがあります
一方、重症の場合。
回復したあとも、 こういう状態が続くことがあります。
餌の量が戻らない。 乳量が以前ほど出ない。 慢性的に体調が優れない。
繰り返しますが、 これは必ず起こるわけではありません。
重症度によります。
乳量が落ちる、本当の理由
ここは誤解されやすいので、 はっきり書いておきます。
乳量が落ちるのは、 乳腺が壊れるからではありません。
主な原因は、 採食量が減ることです。
餌を食べないから、栄養が足りない。 そして乳房への血流も減っている。
その結果として、乳量が落ちる。
だから対策も、 「乳房をどうにかする」ではなく、
「どうやって食べさせるか」 「どうやって体温を下げるか」
になります。
いちばん怖いのは、繁殖です
ここが、今日いちばん伝えたいことです。
酪農家がいちばん心配しているのは、 実は乳量ではありません。
繁殖です。
熱ストレスがかかると、 こうなります。
発情が弱くなる。 受胎率が下がる。 早期胚死滅が起こる。
早期胚死滅というのは、
受精はしたのに、 受精卵が成長の途中で止まってしまう現象です。
これは世界中で報告されています。
暑い地域では、 夏の受胎率が冬より低いことは珍しくありません。
乳量の低下は、その年で済みます。
でも繁殖がずれると、 次の分娩がずれます。
その影響は、 翌年以降まで続きます。
だから、治療より予防です
獣医学の分野でも、 治療よりも予防のほうがはるかに重要だとされています。
うちでやっていることを挙げます。
送風機と換気扇。 ミスト装置。 十分な飲み水の確保。 日陰と換気の工夫。 休息時間の工夫。 暑熱対応の飼料設計。
このなかで、 意外と効くのが水です。
以前の配信でもお話ししましたが、
飲水環境を改善しただけで 乳量が増えたことがあります。
水は、 いちばん安くて、いちばん効果的な栄養素。
そう言われることもあります。
水槽の位置。 水の量。 水の清潔さ。
ここを見直すのは、 今日からでもできます。
うちの、実際の対応
重篤な牛が出たときは、 夕方に体温が下がるように対応します。
全身に水をかける。 冷凍した保冷剤を使う。 首まわりの大きな血管を冷やす。
ただ、正直に言うと、
8月の前半までは、 治る確率が低いです。
暑さが続いているあいだは、 下げても下げても戻ってしまう。
だから本格的な治療は、 8月の中盤から始めることが多いです。
そして、いちばん大事なのは、
予防を5月、4月から始めることです。
暑くなってから慌てるのでは、 もう遅いんです。
僕が毎朝、見ているもの
「観察が大事」と言われても、 具体的に何を見ればいいのか。
うちで見ているものを書いておきます。
呼吸
いちばん分かりやすいサインです。
横腹の動きを見ます。
ハッハッと速くなっていたら、 もう体温を逃がそうとしている段階です。
口を開けて呼吸している牛がいたら、 それはかなり進んでいます。
餌の残り
昨日と比べて、残りが多くないか。
これは数字で分かります。
食べる量が落ちるのは、 熱中症のいちばん早いサインのひとつです。
水槽の減り方
意外と見落とされます。
暑い日に水槽が減っていなければ、 それは何かがおかしい。
水が汚れているのか。 水圧が足りていないのか。 位置が悪いのか。
反すう
横になっている牛が、 口を動かしているか。
反すうが止まっているのは、 ルーメンが弱っているサインです。
寝ている牛の数
暑いと、牛は寝ません。
立ったままの牛が増えていたら、 床が熱いか、風が足りていないかです。
乾乳牛と子牛も、忘れないでください
暑熱対策の話は、 どうしても搾乳牛が中心になります。
乳量という数字に出るからです。
でも、忘れられやすいところがあります。
乾乳牛です。
乾乳牛は牛乳を出していないので、 対策が後回しになりがちです。
でも、 この時期のお腹の中には子牛がいます。
母牛が暑さで苦しんでいると、 生まれてくる子牛にも影響が出ます。
そして、子牛です。
子牛は体が小さいぶん、 体重に対する表面積が大きい。
冬は熱を逃がしやすくて不利ですが、 夏は逆に、影響を受けやすい面もあります。
ハッチの中が サウナみたいになっていないか。
日陰はあるか。 風は通っているか。
搾乳牛の対策が終わったら、 そこも見てみてください。
なぜ、夏に牛乳が足りなくなるのか
ここまでの話は、 実は消費者の方にも関係しています。
夏になると、 「牛乳が品薄」というニュースを見ることがあります。
理由は、ここまで説明してきたとおりです。
牛が餌を食べなくなって、 乳量が落ちるからです。
一方で、人間のほうは 暑いから牛乳もアイスも飲みたくなる。
つまり夏は、 供給が減って需要が増える。
逆方向に動くんです。
冬はその反対で、 牛の調子がよくて牛乳がいちばん美味しい季節なのに、
冷たい牛乳を飲みたい人が減ります。
このギャップは、 ずっと酪農の課題です。
だから、 夏に牛乳を飲んでいただけると、
それは本当に助かります。
「苦しそうに見えてから」では遅い
最後に、 これだけは伝えておきたいです。
熱中症は、 目に見えないうちから始まっています。
牛が苦しそうに見えてからでは、 もう遅い。
呼吸が少し速いかな。 餌の残りが少し多いかな。
その段階で気づけるかどうかです。
毎日の観察。 環境の管理。 小さな変化への気づき。
結局、ここに尽きます。
予防を「4月から」と言う理由
最後にもう一度、 予防の話に戻ります。
なぜ5月や4月なのか。
暑くなってから対策を始めると、 間に合わない理由が三つあります。
ひとつめ。設備の手配に時間がかかる
送風機も、ミスト装置も、 夏になってから注文すると、
同じことを考える人が全国にいるので、 物が届きません。
工事の日程も取れません。
ふたつめ。飼料設計は、切り替えに時間がかかる
餌をいきなり変えると、 ルーメンの微生物がついてこられません。
だから、少しずつ切り替えていきます。
その助走期間が必要です。
みっつめ。牛の体を作るのに時間がかかる
暑さに耐えられる体かどうかは、
その時点のコンディションで ほとんど決まります。
春のうちに、 ボディコンディションを整えておく。
蹄を削っておく。 繁殖を進めておく。
夏に入ってからでは、 どれも間に合いません。
つまり暑熱対策というのは、 夏の仕事ではないんです。
春の仕事です。
今年の夏を、記録に残してください
もし酪農をされている方が これを読んでいたら、
ひとつだけお願いがあります。
今年の夏を、記録に残してください。
何度の日に、どれくらい乳量が落ちたか。 どの牛が、いちばん先にへばったか。 どの対策が、効いた実感があったか。
来年の春、 その記録が判断材料になります。
記憶は薄れます。
「去年もこんなもんだったかな」
で済ませてしまうと、 毎年同じところでつまずきます。
うちも、 そこは反省しながらやっています。
今回のポイント
・日本の乳牛の99%はホルスタイン。北欧原産で、涼しい環境に適応した品種
・牛皮のジャケットを着たまま、お腹に湯たんぽを入れている状態で牛乳を出している
・暑さの負担は気温だけでは決まらない。湿度・風・日射
・乳量で変わる。世界ではTHI(温湿度指数)を使う
・気温30度を超えると、すでに危険水準
・牛は汗をかけないので、まず呼吸を速める(パンティング)。次に血液が皮膚に集まり、腸と乳房への血流が減る
・結果、採食量が減り、ルーメン機能が落ち、脱水し、乳量が減る
・体温42℃近くで細胞そのものが障害を受ける。筋肉・腸・肝臓・腎臓・脳に影響 ・軽症なら、体温低下・脱水補正・電解質補給
・採食回復で戻る牛が多い。ただし乳量は翌日には戻らない
・乳量低下の主因は乳腺の破壊ではなく、採食量の減少
・いちばん怖いのは繁殖。発情が弱くなり、受胎率が下がり、早期胚死滅が起こる
・予防は5月、4月から。水は「いちばん安くて、いちばん効果的な栄養素」
最後に、あなたに質問です。
この夏、あなたは 何度くらいから「暑い」と感じましたか。
牛はその5度手前から、 もう苦しくなっています。
コメントで教えてください。
川上牧場 酪農データバンク
原価はいくら? なぜバターだけ高い? 雄の子牛はどうなる? 出雲の酪農家が毎朝の配信で答えてきた828回を、読める形にまと
kawakamidairyfarm-png.github.io
【YouTubeで同じ配信を聞く】
牛も熱中症になる?治っても後遺症は残るのか?
【牛乳のむ?牧場配信】記事で読む・要約・聞きどころ - pody
牛乳飲む?酪農の現場からお届けするポッドキャスト。牛乳の秘密、牧場の日常、そして未来の農業について、酪農家が本音で語ります
pody.jp
ChatGPT - FarmEcho AI (お試しVer)
酪農現場の状況整理から判断を支える実務相談GPT
chatgpt.com
【川上牧場のアンケートにご協力下さい】 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdqMltOlehGJhHZKRe7LGtyt5Uo-FOe4KjvNOGptg1IJPhaPA/viewform
毎日飲んでいる牛乳。
でも、 その牛乳がどこで、 どう生まれているかを知る機会はほとんどありません。
川上牧場のメルマガでは、
・牛舎で起きていること ・酪農のリアル ・牛乳の値段の裏側 ・子牛が育つ現場 ・SNSでは書きにくい話
などをお届けしています。
読むと、 スーパーの牛乳コーナーの見え方が少し変わります。
【牛乳の見方が変わる川上牧場メルマガ】はこちらから
牛乳の見方が変わる川上牧場メルマガ
kawakamifarm.net
🐄📚『酪農未経験者のために: 川上牧場研修 〜遺伝改良と飼料設計編〜 』Kindleで絶賛発売中!📘 全ての酪農に興味がある方へ🐮数字で牛の声を聞こう!👇
酪農未経験者のために: 川上牧場研修 〜遺伝改良と飼料設計編〜
amzn.asia
780円
(2026年05月11日 21:02時点
詳しくはこちら)
Amazon.co.jpで購入する
川上牧場 lit.link
島根県出雲市にある小さな酪農場、One link to tell your story.
lit.link