R7年研修生と配信 #20
2025-10-12 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
https://open.spotify.com/episode/3FBF8LFEZJncqE04cyL3gW?si=ZsA6iCaWQrSMcQ5UHy6rzw
今日は、R7年度の研修生さんと一緒に行っている勉強配信の第20回として、
「川上牧場の搾乳の考え方」をテーマにした回を、Note用にまとめてみたいと思います。
この日の収録日は10月9日。
研修生さんが牧場に来て、約2ヶ月ちょっとが経ったタイミングでした。
「川上さんの搾乳のやり方を見ていて、気になったことがあります」
そんな一言から、今回の対話はスタートしました。
現場で一緒に作業しているからこそ出てくる素朴な疑問。それに答えながら、
私がふだん何を考え、どこまで細かく設計して搾乳をしているのかをお話しした回です。
私は搾乳が好きなわけではない。むしろ「大嫌い」です。
だからこそ、できるだけ短く・効率よく・牛に優しく終わらせたい。
そのためのこだわりを、この記事で整理してお伝えしていきます。
■ ミルカーの番号にも意味がある
まず研修生さんから出てきた疑問は、こんなものでした。
「ミルカー(搾乳機)に番号が振ってありますよね?
牛の順番と番号にルールがあるのかなと思って見ていたんですけど、
川上さん、真空ポンプの空気量とかを考えて、
牛ごとに付け替えているのかなと勝手に想像していました」
結論から言うと、めちゃくちゃ考えています。
私は日頃から
「搾乳はどれだけ短くできるか」
「どれだけ効率よくできるか」
ばかり考えています。
牛は生き物なので、状態は日々変わりますが、
「同じタイミングで、同じ順番で、同じ角度で、同じミルカーを付ける」
ことができれば、
搾乳の“バラつき”はかなり減らせます。
だから川上牧場では、
・どの牛にどの番号のミルカーを付けるか
・牛の並び順はどうするか
・右の乳房から搾るか、左から搾るか
こうした一つひとつを細かく設計して、ルーティン化しています。
■ エアパルと電パル ― 拍動数の「わずかな差」がストレスになる
牧場の設備の中には、どうしても“壊れやすい場所”があります。
うちの場合、拍動の制御をしている電気接点の一部が、
牛に噛まれたり、こすられたりして接触不良になってしまった場所がありました。
そこでは電気式のパルセーター(電パル)が使えないため、
「エアパル」という空気で動かすタイプのパルセーターを使っています。
・電パル … 電気信号で拍動(開閉)を制御
・エアパル … 空気圧で拍動を制御
見た目は似ていますが、拍動数(1分間に何回「開いて・閉じる」か)が微妙に違います。
設定上は限りなく揃えていますが、それでも1分間に10回ほどの差が出ることがあります。
数字だけ見ると「たった10回?」と思われるかもしれませんが、
それが毎日・毎回・牛ごとにバラバラに発生すると、
牛にとっては小さなストレスの積み重ねになります。
だから、
・エアパルのミルカーは5番と6番
・それを付ける牛も固定
・他のミルカーも、牛ごとに「この番号」と決める
という形で、**“変化を減らす設計”**をしています。
搾乳時間の短縮だけでなく、
「牛にできるだけ同じ条件で、同じ刺激を与える」ことも大切なポイントです。
■ 牛の並び順にも“ストーリー”がある
搾乳の話になると、「ミルカーの付け方」ばかりに目がいきがちですが、
実はそれより前に、「牛の並べ方」をかなり考えています。
○ 並び順を決める基準の一例
・搾乳量の多い・少ない
・癖の強さ(蹴りやすい・おとなしいなど)
・乳房の形(右が張っている、左が張っている)
・乳房炎などの既往歴
・育成時代に一緒にいた牛同士かどうか(仲の良さ)
搾乳中に牛をあちこち入れ替えるのではなく、
水路の流れのように“自然に流れる配置”を最初から作っておくイメージです。
研修生さんが驚いたポイントの一つが、
「右から搾るか、左から搾るかも考えて配置している」
という点でした。
たとえば、365日・1日2回、ずっと左側からばかりミルカーを付けていると、
だんだん乳房が左側に寄っていきます。
次の泌乳期では、あえて逆側から搾ったほうが、乳房がまっすぐになりやすい場合もあります。
そこまで完璧にコントロールするのは現実的には難しいのですが、
「毎日の小さな積み重ねが、乳房の形や健康状態を変えていく」
という意識で配置を考えています。
■ 搾乳牛と乾乳牛を分ける理由
多くの古い繋ぎ牧場では、同じ牛舎の中に「搾乳牛」と「乾乳牛(お乳を止めている牛)」が混在しています。
その場合、足へのバンドやスプレーの色で「この牛は搾る・搾らない」を見分けることが多いです。
しかし、私はこれが非常に苦手でした。
酪農ヘルパーとして他の牧場に行っていた頃、
「この牛は搾らないでね」と説明されていても、
引き継ぎミスや伝達漏れで、つい搾ってしまうことがあります。
すると、そのタンク(バルク)の牛乳がすべて出荷できなくなり、全量廃棄になることも。
こういった経験から、川上牧場では、
・搾乳牛は搾乳牛だけを一列に寄せる
・乾乳牛は乾乳牛だけでまとめる
というスタイルにしています。
結果的に、
・搾乳する人が変わっても分かりやすい
・ヘルパーさんや研修生でも作業しやすい
・事故やロスを減らせる
というメリットにつながっています。
搾乳が大嫌いだからこそ、
「誰がやっても同じようにできるシステム」をつくりたい、というのが本音です。
■ 朝と夕方で乳量が違う理由
研修生さんからは、こんな疑問も出ました。
「朝のほうが、搾る前からお乳が出ちゃっている牛が多い気がします。
夕方よりも朝のほうが、明らかに乳量が多いように見えるのですが、なぜですか?」
これにはいくつか理由があります。
① 搾乳間隔の違い
・朝の搾乳 … 前回から約13時間
・夕方の搾乳 … 前回から約11時間
単純に、朝のほうが2時間ほど間隔が長いので、その分お乳がたまります。
② エサの設計とルーメンの消化
牛の胃(ルーメン)の中身は、時間をかけて発酵・消化されます。
川上牧場では、
・朝:濃いめの配合を多めに、草もよく食べてもらう
・夜:やや控えめ
という**「6:4くらいのイメージ」で飼料を設計**しています。
なぜかというと、
・朝にしっかり食べてもらう
・日中に発酵・消化が進む
・夜は休みながらゆっくり反芻する
という流れのなかで、翌朝に向けて乳量が増えるように設計しているからです。
③ 寝ているあいだの血液循環
牛は体重600〜700kg。
立っているときよりも、座って寝ているときの方が血液循環効率が良くなります。
ホースを長く伸ばしてぐねぐねさせるよりも、
ぐっと短く丸めたほうが水が早く循環するイメージです。
寝ている間に血液が全身をよく巡り、その一部が乳房に流れ、
それがお乳へと変わっていきます。
その結果、朝のほうが乳量が多くなり、
前搾りをする前から乳頭からお乳が漏れてしまうことがあります。
これを**「漏乳(ろうにゅう)」**と言います。
漏乳は、乳量が多いサインである一方、
乳頭口が開きやすく、乳房炎のリスクも上がるため、本来はあまり望ましくありません。
カルシウム不足が影響している場合もあり、
うちでは自動給餌器の中にカルシウム剤を混ぜて給与したり、
飼料設計そのものを微調整したりしながら、
「乳量」と「健康」のバランスを取るように工夫しています。
■ 蹴る牛との付き合い方と安全の話
どれだけ丁寧に搾乳しても、
どれだけ牛に優しくしても、
それでも「蹴る牛」はいます。
牧場によっては、
・足をロックする器具を付ける
・両足を固定する「胴締め」
・鼻をロープで固定する
など、いろいろな方法で危険を減らす工夫をしています。
川上牧場では、そういった器具を使う場面は必要最低限にしていますが、
それでも**「どこに立てば蹴られないか」は常に意識**しています。
牛の足の関節、施設の向き、牛の体の角度。
そういったものを見れば、
「このポジションに立っていれば、足は届かないな」という場所が見えてきます。
とはいえ、偉そうなことを言いながら、
私自身もこれまでたくさん蹴られて、たくさんケガをしてきました。
だからこそ本音はひとつ。
「搾乳ロボットが一番いい。
できることなら、全部ロボットに任せたい。」
つなぎ牛舎用の搾乳ロボットの海外動画を見ると、
「これ、日本にももっと入ってこないかな」と本気で思います。
導入コストや、アニマルウェルフェアの議論、国土の狭さ。
いろいろな要素が絡むので簡単ではありませんが、
**“人も牛も安全でいられる仕組み”**は、今後もっと必要になると感じています。
■ 搾乳の「黄金の5分」とホルモンの話
搾乳を語るうえで欠かせないのが、ホルモンの話です。
搾乳の前に乳頭を刺激する「前搾り」をすると、
牛の脳からオキシトシンというホルモンが分泌されます。
・オキシトシンが出る
・お乳を出すスイッチが入る
・約1分半〜2分でピークに達する
・その後ゆるやかに下がっていき、5分ほどで“ほぼゼロ”に近づく
この流れがあるため、
「前搾りから5分以内に搾り切る」ことが理想とされています。
逆に、搾乳中に
・突然の大きな音
・蹴られる痛み
・驚きや恐怖
といったストレスがかかると、
今度はアドレナリンというホルモンが分泌されます。
アドレナリンが増えると、オキシトシンの効果が打ち消され、
お乳が出なくなってしまうのです。
だからこそ、
・牛舎内を落ち着いた環境に保つこと
・不必要に驚かせないこと
・エサを食べているとき・反芻しているときなど、リラックスした状態で搾乳すること
がとても大切になります。
■ ルーティンこそ、牛にとっての安心材料
最後に、私が一番大事にしているのは「ルーティン」です。
・いつも同じ時間に搾る
・いつも同じ人(または同じ動き方)で搾る
・いつも同じ順番で並ぶ
・いつも同じように触る
こうした“変わらない日常”が、牛にとっては一番の安心材料になります。
昼間、牛舎を歩いても、牛たちはほとんど立ち上がりません。
「この時間はミルクの時間じゃない」と分かっているからです。
逆に、搾乳の時間帯に私が牛舎に入ると、
「この人が来たら立たなきゃ」と言わんばかりに、
牛たちは一斉に立ち上がります。
それくらい、牛はルーティンをよく覚えています。
そしてそのルーティンを作るのは、人間側の仕事です。
■ おわりに ― 嫌いだからこそ、誰よりも考える
ここまで読んでいただくと、
「いや、考えすぎでは?」と思われるかもしれません。
実際、研修生さんにも
「ここまで考えているとは思いませんでした」と驚かれました。
でも、これはすべて、
・搾乳が嫌いだからこそ
・できるだけ早く終わらせたいからこそ
・それでも牛にはできるだけストレスをかけたくないからこそ
生まれてきた“こだわり”です。
私は、搾乳が大好きで仕方がない人よりも、
**「搾乳のことを考えている自信がある」**と本気で思っています。
矛盾しているようですが、世の中こういうものなのかもしれません。
R7年の研修生さんとの配信第20回は、
そんな「搾乳嫌いの酪農家が、誰よりも搾乳を考えている」
という話になりました。
これから酪農を学ぶ人、現場に入る人にとって、
何か一つでもヒントになれば嬉しいです。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また次回の「研修生と配信」でお会いしましょう。
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