世界で一番高い牧場・低い牧場はどこ?極限環境で牛乳をつくる人たち

2026-07-02 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

「世界で一番高い場所にある牧場って、どこなんでしょう?」

音声配信に、こんな質問をいただきました。

さらに続けて、

「逆に、世界で一番低い場所にある酪農場もあるんですか?

高い場所と低い場所でつくられた牛乳は、味が違うんでしょうか?」

という内容です。

これは、かなり面白い質問です。

普段、僕たちが牛乳を見るとき、どうしても「スーパーに並んでいる白い飲み物」として見てしまいます。

でも、その牛乳の後ろには、必ず土地があります。

気温があります。水があります。草があります。

そして、その環境に合わせて牛を飼っている人たちがいます。

日本の酪農でも、北海道と島根ではかなり違います。

同じ日本国内でも、暑さ、湿度、草の種類、牛舎の作り、餌の管理、牛の見方が変わります。

では、それが世界規模になったらどうなるのか。

標高4,000メートル級の高地。

海面より400メートル以上も低い死海周辺。

そんな極端な場所でも、人は牛や家畜と一緒に暮らし、乳を利用してきました。

まず結論|「世界一」は少し慎重に見る必要がある

最初に大事なことを言うと、「世界で一番高い牧場」をひとつだけ断定するのは、かなり難しいです。

なぜなら、世界中の小規模な放牧地や遊牧、季節移動の牧畜まで含めると、すべてが公式に記録されているわけではないからです。

ただし、代表例としてかなり高い場所で乳利用が行われてきた地域はあります。

それが、チベット高原やヒマラヤ周辺、そしてアンデス高地です。

チベット高原では、標高3,000〜6,000メートル級の地域でヤクが飼われており、ヤク乳やバター、チーズ、ヨーグルト、バター茶などが生活の中で重要な役割を果たしてきました。研究でも、青海チベット高原のヤクは高地環境に適応した大型反すう家畜として扱われています。

また、古代のチベット高原における乳利用の研究では、標高3,700メートル以上の遺跡から乳製品利用の証拠が見つかっており、その中には標高4,654メートルという非常に高い場所の事例も報告されています。

一方、いわゆるホルスタインのような乳用牛を使った高地酪農の研究例では、チベット自治区のラサ周辺で標高3,686メートル、3,908メートルの農場を対象にした調査があります。

アンデスでも、ペルー・プーノ周辺の標高約4,000メートルの高地で、放牧型の乳牛生産を対象にした研究があります。

つまり、答え方としてはこうです。

「世界で最も高い乳利用の代表は、チベット高原やヒマラヤ、アンデスの標高4,000メートル級の地域。特にヤクやヤクとの交雑種、地域に適応した牛たちが重要な役割を担っている」

これが、いちばん正確に近い言い方だと思います。

高地の牛乳は、なぜ特別なのか

標高4,000メートルと聞いても、正直あまり実感がわきません。

でも、牛を飼う目線で考えると、かなり厳しい環境です。

酸素が薄い。

気温が低い。

昼夜の寒暖差が大きい。

紫外線が強い。

草が育つ期間が短い。

餌の量も限られる。

日本の酪農家として考えると、「そこで乳を出す」というだけで、かなりすごいことです。

僕たちは普段、牛にしっかり食べてもらうことを大事にしています。

乳を出すには、まず食べること。

食べたものを反すうして、胃の中の微生物に分解してもらい、エネルギーに変えて、乳にしていく。

ところが高地では、その「食べるもの」自体が限られます。

草が短い。

生育期間も短い。

平地のように大量の飼料を簡単に用意できるわけではありません。

そこで活躍するのが、ヤクのような高地に適応した家畜です。

ヤクは、寒さや低酸素、粗い草地に適応してきた動物です。乳量だけで見れば、現代のホルスタインのように大量に乳を出すわけではありません。けれど、その乳は濃い。

FAOの資料では、一般的な牛乳の脂肪はおおよそ3〜4%、タンパク質は約3.5%、乳糖は約5%とされていますが、ヤク乳は牛乳より脂肪分が高い乳として扱われています。

別のレビューでも、ヤク乳はおおむね乳固形分16〜18%、乳脂肪5.6〜7.5%、タンパク質4.7〜6.5%程度と整理されており、かなり濃厚な乳だとわかります。

これは、僕たちが普段飲んでいる牛乳とはかなり違います。

飲み物としてゴクゴク飲むというより、バター、チーズ、ヨーグルト、バター茶のように、加工して栄養を効率よく取り込む文化と結びついています。

高地の乳は、単なる飲み物ではなく、「作物が育ちにくい土地で、人が生きていくための栄養の形」でもあるわけです。

では、世界で一番低い酪農場は?

一方で、低い場所の代表としてよく紹介されるのが、死海の北側にあるキブツ・カリアの酪農場です。

死海周辺は、地球上で最も低い陸上地域として知られています。NASAも死海を地球上で最も低い地点のひとつとして説明しており、標高はおおよそ海面下400メートル前後です。

カリア周辺の観光情報でも、海面下420メートル、または440メートル前後と紹介されています。

そして、キブツ・カリアには実際に酪農場があります。死海地域の公式観光サイトでも、カリアには「Refet」、つまり酪農場があると紹介されています。

また、イスラエル酪農を紹介するDairy Schoolの資料では、キブツ・カリアの酪農場を「世界で最も低い酪農場」と紹介しています。

ここで面白いのは、「低い場所」といっても、地下で牛を飼っているわけではないことです。

地形そのものが海面より低い。

死海周辺は、地球の大きな割れ目のような地形の中にあります。

そこに人が暮らし、農業をし、牛を飼っている。

高地の酪農が「薄い酸素と寒さ」と戦っているなら、低地の酪農は「暑さと乾燥」と戦っています。

低地の牛乳は、しょっぱいのか?

死海と聞くと、「塩が濃い」「浮く」「ミネラルが多い」というイメージがあります。

では、その近くでつくられる牛乳は、しょっぱくなるのでしょうか。

ここは、誤解されやすいところです。

結論から言うと、標高が低いから牛乳がしょっぱくなる、という単純な話ではありません。

牛乳の味を決める要素は、標高だけではありません。

見るべきポイントは、主にこのあたりです。

・牛の品種

・餌の内容

・水の質

・季節

・乳脂肪分

・乳タンパク質

・衛生管理

・搾乳後の冷却

・殺菌や加工方法

・輸送と鮮度

たとえば、日本の牛乳でも、同じホルスタインでも、夏と冬で乳成分は変わります。

暑くなると餌の食いが落ち、乳脂肪が下がることもあります。

逆に涼しい時期は食い込みがよくなり、乳成分が安定しやすくなることもあります。

これは標高というより、牛がどれだけ快適に食べて、反すうして、乳を作れているかの問題です。

低地の酪農では、暑熱対策がかなり重要になります。

日射を避ける。

風を送る。

ミストや散水で冷やす。

飲水量を確保する。

餌を食べやすい時間帯に寄せる。

牛舎の中に熱がこもらないようにする。

これは日本の夏場の酪農にも通じます。

島根でも、梅雨が明けて気温が上がってくると、牛の呼吸、餌の食い、寝る場所、反すうの様子をかなり見ます。

世界で一番低い場所の酪農と聞くと遠い話に感じますが、「暑さから牛を守る」という意味では、日本の酪農家にもかなり近いテーマです。

高地の濃さ、低地の安定感

では、高地と低地の牛乳の味は違うのか。

答えは、「違う可能性はある。でも、標高だけで決まるわけではない」です。

高地では、乳量は少なめでも、乳脂肪や乳固形分が高くなりやすい事例があります。ヤク乳では、標高が上がるにつれて総固形分や脂肪分が増える傾向を示した研究もあります。

一方、ホルスタインのような乳用牛を高地に導入する場合は、乳量や体への負担、低酸素への適応が課題になります。チベット高原の研究でも、高地でのホルスタイン乳牛の生産性や生理状態について検証が進められています。

低地では、暑熱対策と飼料管理によって、牛をいかに安定させるかが重要になります。

つまり、かなりざっくり言うなら、

高地の乳は、環境に耐えた「濃さ」。

低地の乳は、技術で守った「安定感」。

そんな見方ができるかもしれません。

もちろん、これはロマンのある表現なので、科学的にはもっと丁寧に見ないといけません。

でも、牛乳を楽しむ入り口としては、とても面白い見方だと思います。

世界の酪農を見ると、自分の常識がほどけていく

僕は普段、島根県出雲市でホルスタインを中心に牛を飼っています。

だから、どうしても自分の頭の中には

「日本の酪農」「自分の牛舎」「自分の餌」「自分の気候」

が基準としてあります。

でも世界を見ると、酪農は本当に広い。

標高4,000メートル級の高地で、ヤクや交雑種の乳を利用して暮らす人たちがいる。

海面下400メートル級の死海周辺で、暑さと乾燥に向き合いながら牛を飼う人たちがいる。

アンデスの高地では、小規模農家が放牧をしながら乳を生産している。

同じ「乳をしぼる」という行為でも、背景にある世界がまったく違います。

これは、酪農という仕事の面白さでもあります。

酪農は、ただ牛を飼って牛乳を出す仕事ではありません。

その土地で、牛がどう生きられるか。

その土地で、人がどう栄養を得るか。

その土地で、どんな技術や文化が育つか。

その全部が重なって、ようやく一杯の牛乳になります。

日本の酪農も、実は極限環境かもしれない

高地や死海の話をすると、「日本は普通の環境」と思うかもしれません。

でも、酪農家の目線で見ると、日本の夏もかなり極限です。

高温多湿。

夜になっても気温が下がりにくい。

湿度が高く、牛の体から熱が逃げにくい。

飼料価格や資材費も上がっている。

人手不足もある。

標高4,000メートルでも、海面下400メートルでもありません。

でも、日本には日本の厳しさがあります。

だからこそ、世界の極限環境の酪農を見ると、自分たちの現場を見る目も変わります。

「牛はどこまで環境に適応できるのか」

「人間はどこまで環境を整えられるのか」

「牛乳とは、土地の制約を乗り越える技術なのではないか」

そんな問いが出てきます。

牛乳一杯の後ろには、地球がある

今回の質問は、単に「世界で一番高い牧場、低い牧場はどこ?」という雑学では終わりません。

牛乳一杯の後ろには、地球があります。

山があります。

砂漠があります。

湿気があります。

雪があります。

草があります。

水があります。

技術があります。

文化があります。

そして、牛を見続けている人がいます。

スーパーで牛乳を見ると、どれも同じように見えるかもしれません。

でも本当は、牛乳は土地の記録です。

高地の牛乳には、高地の暮らしがある。

低地の牛乳には、低地の工夫がある。

日本の牛乳には、日本の湿度と暑さと、現場の試行錯誤がある。

そう考えると、いつもの牛乳も少し違って見えてきます。

「この一杯は、どんな土地から来たんだろう」

そんなふうに考えながら飲む牛乳は、ただの飲み物ではなくなります。

今日も、牛乳を飲んでくださってありがとうございます。

次に牛乳を飲むとき、少しだけその後ろにある地形や気候、そして牛を見ている人たちのことを想像してもらえたら嬉しいです。

情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也

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