Jミルクが動き出した。“3本の矢”で生乳需給改善へ

2026-07-11 配信|川上牧場 酪農データバンク

配信の全文

7月に入り、山陰地方も梅雨が明けました。

湿度が少し下がって、牛にとっては少し楽になったように感じます。

とはいえ、最高気温は34度。人間でもしんどい暑さです。

牧場では、暑熱対策の設定を変えながら、牛の食い込みや呼吸、乳量の変化を見ています。バルクで冷やした水を細霧装置につなげたり、送風や水の使い方を調整したり、夏場は毎日が微調整です。

そして毎年思うのが、ここです。

牛乳が一番ほしい季節に、牛乳が一番搾りにくくなる。

夏は牛乳の需要が伸びやすい季節です。

冷たい牛乳を飲みたくなるし、アイスやヨーグルト、乳製品も動きます。

でも、牛は暑さに弱い動物です。

暑くなると、餌を食べる量が落ちます。

餌を食べる量が落ちると、乳量が落ちます。

さらに暑熱ストレスが続けば、繁殖成績にも影響します。

つまり、生乳需給の話は、単なる数字の調整ではありません。

牛の体調、農家の設備投資、乳業メーカーの製造計画、消費者の買い方、全部がつながっています。

そんな中で、気になるニュースが出ました。

JAcom農業協同組合新聞が2026年7月7日に報じた記事によると、Jミルクは生乳需給改善に向けた具体策づくりを進めており、脱脂粉乳在庫の削減強化、需給に応じた生産、需要拡大という、いわば「3本の矢」の対策を10月の理事会に示す方向だとされています。

【Jミルク需給改善】「3本の矢」リスト化 10月に新提案

Jミルクは、生乳需給改善へ具体策作りを進めている。脱脂粉乳在庫の削減強化を柱に、需要に応じた生産である「入り口」対策、需要

www.jacom.or.jp

今回は、この「3本の矢」を、現場の酪農家としてどう見るか。

そして、牛乳を飲む皆さんにとって何が関係するのかを整理してみます。

そもそも、何が問題なのか

今の大きな課題の一つは、脱脂粉乳の在庫です。

牛乳からバターや生クリームを作るとき、乳脂肪分を取り出します。

そのときに残る無脂乳固形分側を加工すると、脱脂粉乳ができます。

バターが必要だから乳脂肪を使う。

でも、その反対側にある脱脂粉乳も一緒に発生する。

ここが乳製品需給の難しいところです。

牛乳は飲まれている。

バターも必要。

でも、脱脂粉乳の需要が同じように伸びるとは限らない。

すると、倉庫に在庫が積み上がっていきます。

在庫が増えすぎると、

「じゃあ生乳をどこに仕向けるのか」

「どれだけ作るのか」

「価格はどうなるのか」

という話につながります。

最終的には、酪農経営にも乳業経営にも影響します。

農林水産省の資料でも、脱脂粉乳については安定供給に必要な在庫水準として5〜7万トンの範囲が示されています。

一方で、近年は在庫が8万トン台に膨らむ見通しが報じられるなど、需給の緩みが課題になってきました。

ここで大事なのは、「牛乳が余っている」という雑な理解で終わらせないことです。

正確には、

牛乳・バター・脱脂粉乳・チーズ・ヨーグルトなど、それぞれの需要と供給のバランスがズレている

ということです。

牛乳は一つの液体ですが、加工の段階では脂肪分と無脂乳固形分に分かれます。

どちらかだけ都合よく増やしたり減らしたりできません。

だから需給調整は難しいのです。

Jミルクの“3本の矢”とは

今回のニュースで示された考え方は、大きく3つに整理できます。

1本目:脱脂粉乳在庫を減らす

まずは、積み上がった脱脂粉乳の在庫を減らす対策です。

在庫が過剰な状態では、いくら生産現場が頑張っても、乳業側の処理や販売に負荷がかかります。

そのしわ寄せは、どこかで価格や生産調整の議論につながります。

この対策では、酪農家と乳業メーカーが拠出する基金の拡充が示されています。

音声配信でも触れましたが、生乳1kgあたりの拠出を15銭から30銭へ倍増する方向という話です。

この部分だけを見ると、農家側からすれば「また負担が増えるのか」と感じる人もいると思います。

正直、自分もそこは思います。

飼料代、燃料代、資材代、機械の修理代。

あらゆるコストが上がっている中で、さらに拠出が増える。

現場に余裕があるわけではありません。

ただ、在庫問題を放置すれば、もっと大きな形で現場に返ってくる可能性があります。

だから「負担が嫌だ」で終わらせるのではなく、そのお金が本当に効果のある在庫削減に使われるのかを見ていく必要があります。

ここは透明性が大事です。

どれだけ集めるのか。

何に使うのか。

どのくらい在庫が減ったのか。

誰が効果を検証するのか。

ここが見えなければ、現場の納得感は生まれません。

2本目:入口対策——いつ、どれだけ搾るのか

2本目は「入口」の対策です。

入口というのは、生乳が生産される段階のことです。

つまり、酪農家がいつ、どれだけ生乳を出すのかという話です。

ここで出てくるのが、季節別乳価の考え方です。

需要が多い夏場には乳価を高くし、需要が落ちやすい冬場は少し抑える。

そうすることで、生産を需要に近づけていく考え方です。

一見すると、とても合理的です。

需要が多い時期にたくさん出してほしい。

需要が少ない時期には抑えてほしい。

だから価格で誘導する。

市場原理に近い考え方です。

ただ、ここで現場目線として言いたいのは、牛は工場のスイッチではないということです。

「夏に需要があるから、夏に増やしてください」と言われても、牛は暑さで食い込みが落ちます。

暑熱対策には設備投資が必要です。

送風機、細霧、屋根の遮熱、飲水環境、牛舎構造。

どれもお金と時間がかかります。

さらに、牛の乳量は今日決めて明日変わるものではありません。

分娩時期、繁殖、乾乳管理、飼料設計、牛群構成。

数か月単位、場合によっては年単位で設計していくものです。

だから、季節別乳価そのものが悪いとは思いません。

でも、価格差だけで現場が動くと考えるのは危ない。

必要なのは、価格誘導だけではなく、

夏場に安定して搾れる環境を整える支援

です。

暑熱対策への投資。

飼料設計の見直し。

繁殖管理のサポート。

地域ごとの需給データ共有。

そして、過去に同じような取り組みをしたとき、何がうまくいき、何が失敗したのかの検証。

特に大事なのは、過去の失敗を忘れないことです。

酪農業界は、どうしても情報共有が弱いところがあります。

上の会議では話されているけれど、現場の若い農家や後継者まで届いていない。

昔の取り組みの結果も、経験した人の記憶の中だけに残っていて、次の世代に引き継がれていない。

これでは、同じ失敗を繰り返します。

入口対策を本気でやるなら、価格の話と同時に、情報共有の仕組みを変える必要があります。

3本目:出口対策——どう飲んでもらうか、どう使ってもらうか

3本目は「出口」の対策です。

つまり、牛乳や乳製品をどう消費してもらうか。

ここが一番大事だと感じています。

牛乳でスマイルプロジェクトのような消費拡大策に加えて、ヨーグルト、チーズ、SNS活用など、需要を広げる取り組みが必要になります。

ただし、ここでも注意が必要です。

「牛乳を飲んでください」だけでは、もう届きにくい時代です。

消費者の生活は変わっています。

朝食を食べない人もいる。

牛乳をそのまま飲まない家庭もある。

プロテイン飲料、植物性飲料、機能性食品、コンビニコーヒーなど、選択肢はどんどん増えています。

その中で牛乳を選んでもらうには、単なるお願いではなく、

牛乳や乳製品の見方が変わる提案

が必要です。

たとえば、脱脂粉乳は「余って困るもの」とだけ見るのではなく、高たんぱく・低脂肪の素材として見直せます。

ヨーグルトやチーズは、日常の食卓だけでなく、健康、発酵、地域性、観光、教育ともつなげられます。

学校給食や食育も、ただの消費先ではなく、次世代が牛乳を理解する入口になります。

さらに、国産チーズの拡大も重要です。

雪印メグミルクは、なかしべつ工場と阿見工場に約475億円を投資し、高付加価値の国産チーズ生産や粉乳設備の増強を進め、両工場とも2028年度上期の稼働開始を予定していると公表しています。

これは、かなり大きな動きだと思います。

日本はチーズ需要がある一方で、輸入に頼っている部分も大きい。

国産チーズの生産体制が強くなれば、生乳の新しい受け皿になります。

同時に、地域の酪農にとっても「ただ飲用乳を出す」以外の選択肢が広がります。

ただ、チーズ工場ができれば全部解決、という単純な話でもありません。

どんなチーズを作るのか。

誰が買うのか。

価格は合うのか。

副産物のホエイや粉乳をどう使うのか。

生乳の集荷・輸送・加工の仕組みをどう組むのか。

ここまで含めて設計しないと、出口対策は本当の意味では機能しません。

生乳需給は「誰かが悪い」の話ではない

この手の話になると、すぐに犯人探しが始まります。

北海道がたくさん搾るから悪い。

都府県の生産が落ちているから悪い。

関東の消費が落ちているから悪い。

乳業メーカーが悪い。

農家が悪い。

消費者が飲まないのが悪い。

でも、そういう話ではないと思っています。

日本全体で、どういう酪農・乳業を残していくのか。

その設計が問われています。

生乳は毎日出ます。

牛は毎日餌を食べます。

搾乳は止められません。

一方で、消費は季節や価格、生活習慣、景気、天候で動きます。

このズレを、誰か一人の努力だけで解決するのは無理です。

だからこそ、業界全体で同じテーブルにつき、データを共有し、過去の失敗も含めて検証し、次の一手を決める必要があります。

そしてそのテーブルには、若い世代の声も必要です。

これから酪農を継ぐ人。

新しく酪農に挑戦したい人。

乳業会社で働く若い人。

牛乳を飲む消費者。

学校給食や食育に関わる人。

そういう人たちが、「決まったことを知らされる」のではなく、考える材料を持てる状態にしないと、業界への信頼は育ちません。

需給調整だけでは、未来は作れない

今回の3本の矢は、方向性として必要なものだと思います。

在庫を減らす。

生産を需要に合わせる。

需要を増やす。

これは当然やらなければいけません。

でも、長期的にはもう一つ必要な視点があります。

それは、

牛乳を何リットル売るかだけでなく、牛が社会にどんな価値を提供できるか

という視点です。

酪農には、牛乳以外の価値があります。

牧場体験。

食育。

地域観光。

堆肥を使った資源循環。

耕畜連携。

バイオガス。

カーボンクレジット。

健康機能性。

海外輸出。

AIを活用した需給予測。

牛乳は食品です。

でも、それだけではありません。

文化でもあり、教育でもあり、地域資源でもあり、環境やエネルギーともつながる産業です。

特にAIを使った需給予測は、もっと本気で進めた方がいいと思っています。

過去の生産量、消費動向、気温、学校給食、価格改定、災害、連休、地域ごとの在庫。

こうしたデータを組み合わせれば、人間の感覚だけで判断するより、早く異変に気づける可能性があります。

もちろんAIがすべてを決めるわけではありません。

でも、感情や立場だけで議論するより、同じデータを見ながら話した方が前に進みます。

酪農は、もっとデータを使える産業です。

そして、もっと物語を伝えられる産業です。

10月の提案で見たいところ

10月にどのような具体策が出るのか。

そこでは、次の点を見たいと思っています。

・脱脂粉乳在庫をどの程度、どの期間で減らすのか

・基金の使い道と効果検証をどう公開するのか

・季節別乳価など入口対策で、現場の投資負担をどう考えるのか

・暑熱対策や地域差をどこまで織り込むのか

・ヨーグルト、チーズ、脱脂粉乳の需要拡大を具体的にどう作るのか

・若い酪農家や消費者に、情報をどう届けるのか

・過去の需給対策の失敗と成功をどう検証するのか

ここが曖昧なままだと、「また現場負担だけ増えるのか」という空気になってしまいます。

逆に、ここが見える化されれば、業界全体で前に進むきっかけになると思います。

牛乳を飲む人にも関係がある話です

生乳需給という言葉は、少し難しく聞こえます。

でも、これは牛乳を飲む皆さんにも関係があります。

スーパーに牛乳が並ぶこと。

学校給食で牛乳が出ること。

国産バターやチーズが安定して買えること。

地域に牧場が残ること。

次の世代が酪農に挑戦できること。

全部、需給の上に成り立っています。

牛乳は、ただ冷蔵庫に並んでいる商品ではありません。

毎日、牛が餌を食べ、農家が搾り、乳業会社が集め、加工し、運び、店頭に並べているものです。

その裏側には、想像以上に複雑なバランスがあります。

今回のJミルクの“3本の矢”は、そのバランスを立て直すための一歩です。

もちろん、これだけですべてが解決するとは思いません。

でも、業界全体が「このままではいけない」と動き出したことには意味があります。

大事なのは、ここからです。

在庫を減らすだけで終わるのか。

生産を抑えるだけで終わるのか。

それとも、牛乳や酪農の価値をもう一段広げるきっかけにできるのか。

私は、後者であってほしいと思っています。

牛乳は、まだ使い道をすべて発見されていない資源です。

酪農も、まだ社会に提供できる価値を出し切っていない産業です。

だからこそ、需給改善を「苦しい調整」としてだけ見るのではなく、

牛乳の未来を作り直す議論

として見ていきたい。

皆さんは、この“3本の矢”をどう感じますか。

牛乳をもっと飲む、という話だけではなく、

牛乳や乳製品がどんな形なら、これからの暮らしに自然に入っていくのか。

ぜひ一緒に考えてもらえたら嬉しいです。

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