飼料価格は下げられるのか?酪農家が本当に考えるべき経営戦略
2026-07-16 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
「飼料会社がまた値上げすると言っています。飼料会社は利益を出しているのに、なぜ値段を上げるのでしょうか?」
音声配信に、こんな質問をいただきました。
続けて、
「相見積もりを取る」
「仕入れ先を変える」
「規模を大きくして価格交渉力を持つ」
それ以外に、飼料価格を下げる方法はないのでしょうか、と。
たぶん、酪農をやっている人なら一度は考えたことがある話だと思います。
僕も考えます。
というか、毎日のように考えています。
ただ、20年近く酪農をやってきて、最近は少し考え方が変わってきました。
飼料価格を下げることと、酪農経営を良くすることは、必ずしも同じではない。
今日はその話を書いてみようと思います。
90万円の牛が売れても、90万円儲かったわけではない
この話を考えていた前日、島根県の子牛市場に黒毛和牛を1頭出しました。
ありがたいことに、税込みで90万円を超える価格で買っていただきました。
めちゃくちゃ嬉しかったです。
遺伝改良を続けてきて、自分なりに考えて交配して、その結果を市場で評価してもらえた。
これは素直に嬉しい。
ただ、その少し前に牛舎の工事をしていて、その工事費がだいたい110万円かかっています。
90万円入ってきて、
「川上さん、儲かってますね」
と言われても、
僕の頭の中では、
「いや、まだ20万円足りないんだけどな……」
となるわけです。
農業の数字は、ひとつだけ切り取ると全然違って見えます。
これは飼料費も同じです。
「1kgいくらで買えた」
だけでは、本当に安かったのかは判断できません。
酪農にとって、飼料費はとにかく大きい
酪農経営で飼料費が大きな割合を占めることは、農家の感覚だけの話ではありません。
農林水産省の令和6年の生乳生産費を見ると、流通飼料費に牧草・放牧・採草費を加えた飼料関連費は、生産費の全国平均で約52%。北海道では約50%、都府県では約55%を占めます。
つまり、飼料価格が少し動いただけでも経営への影響は大きい。
だから、
「もっと安くならないか」
「別のメーカーはないか」
「まとめて買えば下がらないか」
と考えるのは当然です。
相見積もりを取ることも大切ですし、複数の会社と話をすることも大切だと思います。
僕もやります。
でも、ここで少し怖いのは、
「飼料価格を下げること」が目的になってしまうことです。
コロナ前まで、僕は購入飼料にかなり依存していた
川上牧場も、以前は今よりずっと購入飼料への依存度が高い経営でした。
配合飼料を買い、輸入された粗飼料を買い、それを牛に食べてもらう。
品質も安定していますし、何より楽です。
電話をすれば必要なものが届く。
ところが、コロナ禍を境に状況が変わりました。
物流が混乱する。
コンテナが足りなくなる。
円安になる。
ウクライナ情勢が起きる。
中東情勢も不安定になる。
燃料費も輸送費も上がる。
自分の牧場では何も起きていないのに、世界のどこかで起きた出来事によって、翌月の餌代が変わる。
そのときに初めて強く感じました。
「ひとつに依存しているというのは、かなり怖いな」
と。
そこで少しずつ飼料の組み合わせを変えていきました。
輸入飼料だけではなく国産飼料。
購入飼料だけではなく自給飼料。
さらに地域で発生する、
・酒粕
・もやし粕
・醤油粕
などの食品製造副産物も利用しています。
どれか一つを「正解」にするのではありません。
値段、品質、入手しやすさ、牛の状態を見ながら組み合わせを変える。
僕は今、そんな経営にしています。
よく言えばリスク分散。
悪く言えば、中途半端です(笑)。
でも今のように先が読みにくい時代では、その中途半端さが強みになることもあると思っています。
「安い餌」が一番高い餌になることもある
ここはとても大事なところです。
飼料は、安ければいいわけではありません。
仮に1kg当たりの価格を10円下げられたとしても、その結果、
乳量が落ちる。
乳成分が悪くなる。
繁殖成績が落ちる。
病気が増える。
食い込みが落ちる。
そうなれば、結果的には高くつきます。
反対に、少し高い飼料でも、それによって牛がよく食べ、健康で、乳量が安定し、繁殖も回るのであれば、経営としてはこちらの方が良いことがあります。
だから僕は、最近は「餌の値段」だけを見ることをなるべくやめています。
飼料を見るとき、僕が分けて考えたいのはこの5つです
① 単価
1kgいくらなのか。
② 栄養価
その1kgに、牛が利用できる栄養がどれだけ入っているのか。
③ 牛の反応
食い込み、乳量、乳成分、糞、反すう、繁殖、疾病はどう変わったか。
④ 餌を使うためのコスト
機械、人件費、燃料、保管場所、土地、作業時間まで含めてどうなのか。
⑤ 供給リスク
その餌が突然なくなったとき、代わりを用意できるのか。
これを全部見て初めて、「安いか高いか」が判断できると思っています。
1kgの値札だけでは、酪農経営としての本当の価格はわかりません。
自給飼料なら安い、でもない
ここも誤解されやすいところです。
「輸入飼料が高いなら、自分で餌を作ればいい」
と言われることがあります。
もちろん、自給飼料を増やすことには大きな意味があります。
一方で、自分で餌を作れば、
トラクターが必要です。
作業機が必要です。
燃料が必要です。
土地を維持しなければいけません。
収穫する人も必要です。
機械は壊れます。
天候によって収量も品質も変わります。
だから、
購入飼料=高い
自給飼料=安い
と単純には分けられません。
大切なのは、牧場全体で見たときに利益と余力が残るかです。
国の政策でも、国産飼料の生産・利用拡大や、食品製造副産物など地域の飼料資源の活用が進められています。一方、日本の飼料自給率は依然として低く、輸入飼料との付き合いを完全になくすのも現実的ではありません。
だから僕は、
「輸入をやめる」
ではなく、
「輸入が止まっても、すぐに牧場が止まらない状態を作る」
ことの方が大切だと思っています。
実は「どんな牛を作るか」も飼料戦略になる
そして、もう一つ僕が大事だと思っているのが遺伝改良です。
飼料の話をしているのに、なぜ遺伝改良なのか。
牛にもそれぞれ違いがあります。
分娩後に乳量が一気に上がって、高エネルギーの飼料をたくさん必要とする牛もいます。
一方で、ピークはそこまで高くなくても、年間を通して比較的安定して乳量を維持する牛もいます。
粗飼料を上手に利用できる牛もいれば、高い栄養濃度の飼料で能力を発揮する牛もいる。
だったら、
牧場が牛に合わせるだけではなく、牧場の飼料資源に合う牛を作っていく
という考え方もできます。
たとえば、その地域で安定して手に入る飼料を上手に利用できる牛。
暑さに強く、夏でも食い込みを落としにくい牛。
疾病が少なく、長く牛群に残る牛。
泌乳持続性が高く、大きなピークに依存しすぎない牛。
こういう牛を何世代もかけて増やしていけば、それ自体が飼料価格変動への対策になります。
遺伝改良というと、
「乳量を増やすもの」
と思われがちですが、
僕はこれから、
「経営の変動に強い牛を作る技術」
としての意味がもっと大きくなっていくと思っています。
飼料会社は本当に「敵」なのか
では、値上げをする飼料会社が悪いのでしょうか。
僕は、そこは分けて考えた方がいいと思っています。
飼料会社にも、
原料価格があります。
為替があります。
船賃があります。
国内輸送費があります。
燃料費があります。
工場の電気代があります。
人件費もあります。
当然、会社ですから利益も必要です。
もちろん、価格の根拠を聞くことは大切です。
納得できなければ別の会社と比較してもいい。
取引条件を交渉することも必要です。
ただ、
「会社が利益を出している」
イコール
「値上げは不当だ」
とも言い切れません。
会社全体の利益と飼料部門の採算は別かもしれませんし、原料を調達した時期によってコストも違います。
こちらが経営を続けなければいけないように、相手も事業を続けなければいけません。
だから僕は、
敵か味方かではなく、この会社と取引することで自分の牧場が強くなるか
を見るようにしています。
価格だけではなく、品質、情報、提案力、トラブル時の対応、安定供給まで含めて判断する。
安いだけの取引先が、本当に一番安いとは限りません。
「大きくすれば安くなる」という時代でもなくなった
僕が農業大学校にいた頃から就農した頃は、
「これからは規模拡大だ」
という空気がかなり強かったように思います。
頭数を増やす。
大量に仕入れる。
スケールメリットで餌を安くする。
設備を大型化する。
法人化して人を雇う。
確かに、それでうまくいった経営もたくさんあります。
でも20年ほど経ってみると、大きければ必ず強いわけではないことも分かってきました。
頭数が多ければ、毎日必要な餌の量も多い。
大型設備を入れれば固定費も増える。
人を雇えば人件費も必要になる。
一つの飼料、一つの設備、一つの取引先に大きく依存した状態で何かが止まれば、影響も大きくなります。
反対に、小さい牧場にも弱点はたくさんあります。
価格交渉力は弱いですし、人手もありません。
結局、
「大きいか、小さいか」だけでは経営の強さは決まらない。
僕は今、
どれだけ選択肢を持っているか
の方が重要になってきているように感じています。
飼料価格を下げるより、「選べる経営」を作る
ここまでを整理すると、飼料高騰に対して酪農家ができることは、単なる値下げ交渉だけではありません。
僕なら、次のように考えます。
・相見積もりを取り、価格の妥当性を確認する
・複数の調達先と関係を作る
・輸入飼料、国産飼料、自給飼料を組み合わせる
・食品製造副産物など地域資源を探す
・飼料単価ではなく牛の生産性まで見る
・残餌やロスを減らす
・機械費、人件費まで含めて判断する
・急に原料がなくなったときの代替案を持つ
・牧場の飼料条件に合った牛を遺伝的に作っていく
Jミルクも将来戦略の中で、飼料や乳用牛の生産を地域内に取り込み、市場経済との連動を弱めることで「変化に強い酪農経営構造」を作る必要性を示しています。
僕がコロナ以降、自分の牧場でやってきたことも、結果としてこの方向でした。
何か一つに賭けるのではなく、
「これが駄目なら、こっちがある」
を少しずつ増やしていく。
飼料価格は、自分では決められない
この20年を振り返ると、本当にいろいろありました。
規模拡大が正解と言われた時代。
飼料が高騰した時代。
円安。
コロナ。
戦争。
物流混乱。
猛暑。
そして、これから5年後、10年後に何が起きるのか。
たぶん僕には当てられません。
だから、「未来を当てる経営」をするより、
何が起きても方向転換できる経営を作っておく。
そちらの方が現実的だと思っています。
酪農は、「一番安い餌を探す競争」ではありません。
僕は、
変化したときに、自分で次の一手を選べる経営を作ること
だと思っています。
飼料価格は、僕には決められません。
為替も決められません。
戦争も止められません。
船賃も原油価格も、自分ではどうにもできません。
でも、
どんな餌を組み合わせるのか。
誰から買うのか。
何を地域から探すのか。
どんな牛を残すのか。
どんな設備に投資するのか。
どこまで規模を大きくするのか。
そして、どんな酪農をしたいのか。
ここは自分で決められます。
自分では変えられない価格ばかりを見続けるより、自分で決められる範囲を一つずつ増やしていく。
その積み重ねが、5年後、10年後の牧場を変える。
今の僕は、そう考えています。
酪農には、本当にいろいろな経営があっていいと思います。
たくさん搾って利益を出す酪農もある。
家族で牛との暮らしを大切にする酪農もある。
自給飼料を中心にする牧場もあれば、購入飼料を上手に使う牧場もある。
全部同じ答えにする必要はありません。
むしろ、その違いこそ酪農の面白さです。
皆さんの牧場では、もし明日、今使っている主力の飼料が突然手に入らなくなったら、何に置き換えますか。
すぐ答えが出る牧場は、きっと価格以上に大切なものをすでに持っています。
「選択肢」です。
それが、これからの酪農経営で一番価値のある資産になるのかもしれません。
情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也
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