牛1頭が生涯で21万kg!? 乳牛は一生でどれだけ牛乳を出すのか
2026-09-23 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
乳牛の生涯乳量は、世界に統一された平均値はないものの、欧米や日本のデータを見ると3万キロから3万5000キロ前後が現実的な目安です。そして世界記録も日本記録も、たくさん搾ることと長生きすることが両立した結果でした。
この回の要点
- 生涯乳量は「産乳を始めてから引退まで」の積み上げで、寿命×1日の乳量では計算できない
- 5、6歳で引退する牛の生涯乳量は、日本のデータから3万〜3万5000キロが目安
- 世界記録は21万6891キロ(カナダ・スマーフ)、日本記録は21万5218キロ
- 記録的な牛に共通するのは高乳量だけでなく、長く健康に産み続けられたこと
- これからの酪農では「一日に何キロ」より「一生で何キロ残せるか」が重要になる
配信の全文(podyの記事より)
そもそも「生涯乳量」ってどう数えるの?
今回のお便りは、ポポポネームのかんしんさんから届いた質問です。川上牧場の牛は5、6年で引退すると聞いたけれど、その牛が一生でどれくらいの牛乳を出すのか教えてほしい、という内容でした。
質問(かんしん) いつもありがとうございます。質問です。川上牧場さんの牛さんは5、6年で引退だったと思いますが、牛さんの生涯総乳量はどれくらいになるのでしょう。教えてください。
まず川上さんが強調するのは、「生涯乳量」という言葉の意味です。これは、その牛が最初に子牛を産んでお乳を出し始めてから、牧場を離れるまでに生産した乳量を積み上げたものを指します。
ここで勘違いしやすいのが、5、6歳まで生きた牛がその期間ずっと牛乳を出しているわけではない、という点です。乳牛は生まれた瞬間からお乳を出すわけではありません。
子牛として育ち、人工授精をして妊娠し、だいたい2歳前後で初めて分娩します。そこで初めて搾乳が始まるんですね。
さらに、分娩と分娩の間には、次の出産に備えてお乳を搾らない乾乳期間 ── 次の分娩に備えて搾乳を休ませ、母牛の体と乳房を回復させる期間。この間は牛乳を出しませんがあります。
生涯乳量イコール寿命かける一日の乳量では計算できないということです。 ── 川上
5、6歳で引退する牛の生涯乳量はどれくらい?
では、5、6歳で引退する牛の生涯乳量はどのくらいになるのでしょうか。川上さんは日本の研究データを手がかりに考えていきます。
仮に初産が2歳前後なら、実際に搾乳牛として働く期間はおよそ3年半になります。ここで参考になるのが、農研機構の研究です。
2013年から2015年の牛群検定データをもとにしたモデルでは、北海道の乳牛は平均で引退する年齢が3.45産、飼っていた期間である供用期間が45.4か月でした。
この北海道の牛の生涯乳量は、3万2059キロと算出されています。北海道以外でも、平均3.23産、供用期間43.3か月で、生涯乳量は3万1665キロと推計されています。
日本の研究による生涯乳量の推計
3万2059キロ
北海道の乳牛(農研機構モデル)
3万1665キロ
北海道以外の乳牛(同モデル)
供用期間の43.3か月は約3年7か月。そこに育成期間の約2年を足すと、だいたい5年半くらいになります。「5、6歳で引退」という質問者さんの感覚とかなり近い条件なんですね。
そこから考えると、川上牧場の牛も、実際の集計はしていないものの、群全体でざっくり3万キロから3万5000キロくらいをイメージすると大きく外れないだろう、と川上さんは話します。
ただしこれは川上牧場の実測値ではなく、あくまで日本のデータから置いた目安だと念を押しています。
牛乳パック3万本、毎日飲んでも80年以上
3万キロと言われても、数字が大きすぎてピンとこないですよね。そこで川上さんは、牛乳パックに置き換えて説明してくれます。
牛乳1リットルをざっくり1キロとして考えると、1頭の牛が生涯で出す量は、1リットルパック約3万本分になります。
これは、毎日1本飲んでも80年以上かかるくらいの量です。もちろん実際の乳は工場で他の牛のお乳と混ざりますし、全部がパックになるわけではありません。
それでも、1頭の牛が生涯で作る量として考えると、けっこうすごいところだなとイメージできますよね。
世界に「平均値」はない?酪農国のデータで見る規模感
続いては世界の話です。ただ、川上さんによると、「世界の乳牛の生涯乳量は何キロです」という統一された公的統計は確認できなかったそうです。
理由は、国によって品種も違えば、放牧中心か牛舎で飼うかも違い、年間乳量も更新率も、何歳まで飼うかも違うからです。ひとつの数字を世界平均と言い切るのは危険なんですね。
ただ、大規模なデータを見ると規模感は見えてきます。オランダでは855の牧場を2007年から2016年に調べた研究で、引退した牛の平均生涯乳量が31.87トン、平均引退年齢が5.87歳でした。
アメリカの2017年の研究では、エネルギー補正乳 ── 乳脂肪などの成分を基準に補正して比較できるようにした乳量の指標。生乳そのものの量とは定義が違いますでの生涯乳量が3万3889キロと推定されています。
主要な酪農国・研究別の生涯乳量
地域・研究
生涯乳量
備考
日本(農研機構)
約3万2000キロ
北海道の乳牛モデル
オランダ
31.87トン
855牧場の平均
アメリカ
3万3889キロ
エネルギー補正乳での推定
定義が違うので単純比較はできませんが、高泌乳の酪農国では生涯3万キロから3万5000キロ前後というデータが多い、というのが一番正確なところだと川上さんはまとめています。
世界記録と日本記録、どちらも21万キロ超え
ここからは、とんでもない牛の話です。ギネス世界記録に認定されている生涯乳量の世界記録は、カナダ・オンタリオ州のホルスタイン「スマーフ」という牛です。
スマーフの生涯乳量は、なんと21万6891キロ。1996年生まれで、18歳まで生きたそうです。一般的な生涯乳量が3万キロ台だとすると、もう別世界の話ですよね。
一方の日本記録も驚きです。日本ホルスタイン登録協会が公表している2025年度の全国生涯乳量ランキング1位は、北海道の「YKTテッチェアマンダ」という牛でした。
この牛の生涯乳量は21万5218キロ。検定回数8回、検定日数4080日という記録です。日本にも世界最高レベルの生涯生産をした牛がいた、ということですね。
世界記録と日本記録の生涯乳量
世界記録(カナダ・スマーフ)
21万6891キロ/18歳まで生きた
VS
日本記録(YKTテッチェアマンダ)
21万5218キロ/検定回数8回・検定日数4080日
ちなみに日本ホルスタイン登録協会は、2009年時点でもこの牛を国内で唯一、生涯乳量20万キロを突破した牛として紹介しているそうです。
「たくさん搾る牛」より「長く搾れる牛」が強い理由
そんな記録的な牛がいるなら、全部の牛を20万キロまで搾ればいいのでは、と思うかもしれません。でも川上さんは、酪農は生き物を飼っている以上そう単純ではない、と話します。
牛は乳房炎になることもあれば、蹄を痛めて足を悪くすることもあります。妊娠しなくなったり、分娩でトラブルになったり、代謝病や事故が起きることもあるからです。
そのため農林水産省も、疾病や繁殖障害による早期の引退を減らし、長く健康に産み続ける長命連産性 ── 牛が長生きしながら、何度も分娩とお産を繰り返せる性質。育成費や飼料費の低減にもつながりますを高めることを政策課題にしています。
つまり、20万キロ出す牛を作ることよりも、まず残したい牛が健康に残れる牛群を作ること。それが現実の経営では大切だ、というわけです。
ここで川上さんが「今日一番面白い」と挙げるのが、年間乳量と生涯乳量は別の指標だという話です。1年に1万5000キロ搾る牛でも、早く引退すれば生涯ではそれほど積み上がりません。
逆に年間1万キロくらいでも、健康に分娩を続けられれば、生涯乳量はどんどん積み上がっていきます。今年何キロ出したかだけでは、牛の評価には足りないんですね。
年間乳量が多い牛と長く搾れる牛
年間乳量が多い牛
1年1万5000キロでも、早く引退すれば生涯では積み上がりにくい
VS
長く健康に搾れる牛
年間1万キロでも、分娩を続ければ生涯乳量が積み上がっていく
何回分娩できたか、何年健康だったか、乳房や足を維持できたか、妊娠を繰り返せたか。それらを全部合わせて、一生でどれだけ生産できたかを見る。世界記録の牛が長寿だったのも、この考え方につながります。
これからの酪農で大事なのは、一日何キロ出す牛を作るかだけではなく、一生で何キロ残せる牛を作るかということですね。 ── 川上
川上牧場でも実際にあった、8万〜9万キロの牛
最後に川上さんは、川上牧場自身の取り組みにも触れています。生涯乳量が多い牛の受精卵を買って付けたり、記録的な血統から出た種牛を使ったこともあるそうです。
ただ、ある牛は乳量や乳脂肪は高かったものの、乳期のバランスがいまひとつだったと振り返ります。すごい牛を連れてきても、その牧場でうまく飼えるかはまた別の話なんですね。
川上 川上牧場で長く続けられる牛っていうのを自分でコツコツと遺伝改良して作っていかないといけないかな。
そのうえで川上さんは、今年の夏に熱中症で亡くなってしまった牛の話をします。その牛は年間1万1000キロをずっと続けていたそうです。
だからその牛も、生涯では8万キロから9万キロくらいは搾れていたのではないか、と川上さんは話します。記録的な牛だけでなく、こうした牛が時々出てくるのも酪農の面白さです。
まとめ
乳牛の生涯乳量は、世界に統一された平均値はないものの、欧米や日本のデータを見ると3万キロから3万5000キロ前後が現実的な目安です。そして世界記録も日本記録も、たくさん搾ることと長生きすることが両立した結果でした。
- 生涯乳量は「産乳を始めてから引退まで」の積み上げで、寿命×1日の乳量では計算できない
- 5、6歳で引退する牛の生涯乳量は、日本のデータから3万〜3万5000キロが目安
- 世界記録は21万6891キロ(カナダ・スマーフ)、日本記録は21万5218キロ
- 記録的な牛に共通するのは高乳量だけでなく、長く健康に産み続けられたこと
- これからの酪農では「一日に何キロ」より「一生で何キロ残せるか」が重要になる