牛の餌、何を基準に変える?pH・酢酸・プロピオン酸・乳量まで見る“配合設計の裏側
2026-09-24 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
餌を変えるとき酪農家が見ているのは、餌そのものより、その後に牛の体の中で起こる変化です。ルーメンのpHから発酵、乾物摂取量、乳成分、そしてアミノ酸まで、たくさんの数字と牛の様子をつなげて見ていることが伝わる回でした。
この回の要点
- 餌を変えるのは、ルーメンという発酵タンクの条件を変えること。牛より先に微生物に餌をやる感覚が大切
- ルーメンpHは最低値だけでなく、低い状態がどれくらい続くかを見る
- 乳量が上がっても、牛が体脂肪を削って出しているだけのことがある。DMIとボディコンディションをセットで見る
- タンパク質はCPだけでなく、吸収できるアミノ酸まで見る。リジンやメチオニンが重視される
- 餌は急に変えず、変えて牛と数字を見てまた調整する。最後に答えを教えてくれるのは目の前の牛
配信の全文(podyの記事より)
餌を変えるのは「発酵タンクの条件を変える」こと
今回の配信は、SPOONネームお豆腐さんから届いた質問がテーマです。「牛さんの餌の配合を変えるときに気をつけていることはありますか?」という、シンプルな問いから始まります。
質問(お豆腐) 牛さんの餌の配合を変えるときに気をつけていることはありますか?
川上さんによると、配合を変えることは牛の体調も乳量も牛乳の品質も左右する、とても大事な作業です。配合飼料を何キロにするか、牧草を何キロ入れるか、といった単純な話ではないと言います。
川上さんが挙げる、餌を変えるときに見ているポイントはたくさんあります。ルーメンのpH、酢酸・プロピオン酸・酪酸、消化スピード、乾物摂取量、乳量、乳成分、ボディコンディション、そしてアミノ酸のリジンやメチオニンまで見ていくそうです。
そのうえで、この回の結論はとてもシンプルです。餌そのものより、餌を変えた後、牛の中で何が起こるのかを酪農家は見ている、ということですね。
餌そのものより餌を変えた後、牛の中で何が起こるのかを酪農家は見ている ── 川上
「牛飼いは虫飼い」ルーメンの微生物に餌をやる感覚
まず一番大事なところから、と川上さんが語るのが牛の消化のしくみです。牛は人間のように、自分の胃酸だけで草を消化しているわけではありません。
草を消化してくれるのは、牛のお腹の中で一番大きい第一胃 ── 反すう動物である牛の4つの胃のうち最も大きい胃で、ルーメンとも呼ばれます。ここにすむ微生物が草の繊維を発酵・分解します、ルーメンにいる細菌や原虫、菌類などの微生物です。だから酪農家は、牛に餌を与えると同時に、ルーメンの微生物を飼っているとも言えます。
川上さんは「牛飼いは虫飼い」という格言を紹介します。それくらい、微生物を上手に飼うことが大事なんですね。
ルーメンで炭水化物が発酵すると、酢酸・酪酸・プロピオン酸という3つの揮発性脂肪酸 ── 英語でVFAと呼ばれ、ルーメン内で微生物が炭水化物を発酵させたときにできる酸。牛にとって重要なエネルギー源になりますがつくられます。これが乳牛の大切なエネルギー源になります。
つまり、酪農家にとって餌を変えるというのは、単にメニューを変えることではなく、ルーメンという巨大な発酵タンクの条件を変更することなんです。
pHは「一番低い数字」より「低い時間の長さ」を見る
発酵タンクの条件を考えるうえで、まず意識する数字がルーメンのpHです。小学校の理科で習った、酸性・アルカリ性のあのpHですね。
デンプンや糖のような発酵の早い炭水化物を増やすと、VFAが増えてpHが下がりやすくなります。逆に、しっかり噛める繊維があれば反すうが増えて唾液が出ます。唾液には緩衝作用があって、ルーメンの環境を安定させる方向に働くそうです。
川上さんは、繊維の発酵を維持するにはpH6から6.1付近を保つことが意識され、6.2を下回ると繊維消化が落ち、5.5以下では大きく損なわれやすいと説明します。
ただ、ここは誤解してほしくないところ。pH6なら合格で5.9なら失敗、という単純な話ではないんですね。ルーメンのpHは1日の中でも動くからです。食べた後に下がって、酸が吸収されたり反すうで唾液が入ったりして戻っていきます。
だから大事なのは、最低pHだけではなく、どれくらい低い状態が続くのかということ。亜急性ルーメンアシドーシス ── SARAとも呼ばれ、ルーメンのpHが下がった状態が繰り返し続くことで起こる牛の消化器のトラブル。繊維消化の低下や採食量の減少につながりますも、一般にはpH5.2から5.6程度まで下がった状態が繰り返しある程度続くこととして扱われます。
そして実際の牧場では、毎日牛のお腹にセンサーを入れてpHやVFAを測っているわけではありません。飼料分析や飼料設計、反すうや採食行動、糞や乳量、乳成分などから、今ルーメンで何が起きているんだろうと推測しながら餌を与えているそうです。
ルーメンpHと繊維消化の関係
pH6〜6.1付近
pH5.5以下
pH6〜6.1付近:繊維発酵を維持する上で意識される目安の範囲
pH6.2を下回る:繊維消化が低下しはじめる
pH5.5以下:繊維消化が大きく損なわれやすい
酢酸・プロピオン酸・酪酸、3つの脂肪酸の役割の違い
ここから少しマニアックな話です。ルーメンでできる酢酸・プロピオン酸・酪酸は、それぞれ役割が違います。
まず酢酸。繊維質の発酵では相対的に酢酸が多くなりやすく、酢酸は乳腺での乳脂肪合成に重要な材料になります。だから乳脂肪が下がったときは、脂肪を足せばいいというより、ちゃんと反すうしているか、有効繊維は足りているか、デンプン発酵が早すぎないか、pHは下がりすぎていないかを見るそうです。
ただし、酢酸が少ないイコール乳脂肪が低い、という一対一の関係でもありません。低いpHと多価不飽和脂肪酸などが組み合わさると、乳腺の脂肪合成を抑える脂肪酸が生じて乳脂肪が下がる仕組みもあるからです。乳脂肪だけを見てすぐ答えを決めないようにする、と川上さんは言います。
続いてプロピオン酸。これは吸収された後に肝臓へ行き、糖新生 ── 体内でグルコース(ブドウ糖)を新しくつくり出すはたらき。乳牛では肝臓で行われ、乳糖の材料になるグルコースを供給しますによってグルコースを作る主要な原料の一つになります。そのグルコースが乳糖、つまりラクトースを作るのに使われるので、乳生産を考える上でとても重要です。
では、プロピオン酸を増やしたいからデンプンをどんどん増やせばいいのかというと、そう簡単ではありません。発酵が早くなりすぎるとpHが下がり、繊維消化が落ちて採食量まで落ちます。せっかくエネルギー濃度を高めたのに牛が食べなくなる、という本末転倒になってしまうんですね。
最後に酪酸。多くはルーメンで代謝され、BHB ── βヒドロキシ酪酸の略。ケトン体の一種で、ルーメンのエネルギー源になります。牛乳や血液で測定でき、分娩後などに高くなるとケトーシスの指標になりますなどに変換されて、ルーメン壁のエネルギー源として使われます。
酪農家なら「BHBってケトーシスで測るやつでは?」と思うかもしれません。でもBHBがあること自体は異常ではなく、正常なルーメン代謝でもつくられます。問題になるのは、分娩後のエネルギー不足で体脂肪の動員が大きくなり、血中ケトン体が高くなるケトーシス ── 分娩後などにエネルギーが不足し、牛が体脂肪を大量に分解した結果、血中のケトン体が過剰になる代謝の病気のとき。同じ物質でも、どこからどれくらい作られているかを見る必要があるということですね。
3つの揮発性脂肪酸のはたらき
酢酸
繊維の発酵で多くなりやすく、乳脂肪合成の材料になる
↓
プロピオン酸
肝臓で糖新生を経てグルコースになり、乳糖の材料になる
↓
酪酸
BHBなどに変換され、ルーメン壁のエネルギー源になる
デンプン30%でも「同じ餌」ではない、消化スピードの話
続いて、餌の配合にデンプンが30%入っていたとしても、それが同じ餌とは限らない、という話です。餌を変えるときに川上さんがかなり意識するのが消化のスピードだといいます。
飼料分析でデンプンがこれだけ入っていますと出ても、数字だけでは十分ではありません。どんな穀類なのか、どんな加工をしているのか、粒の大きさはどうか、サイレージなら発酵や熟成の状態はどうかで、ルーメン内での分解速度は変わってくるからです。
ここで考えるのが、分解速度と通過速度の競争です。餌がルーメンで十分消化される前に外へ出てしまうのか、それともなかなか消化されず長く残って物理的にお腹いっぱいになってしまうのか。つまり栄養価が高いか低いかだけでなく、いつ栄養になるかまで考えるわけです。
川上さんはこれを、炭水化物でもご飯を食べるのかパスタを食べるのかで消化スピードが違う、うどんは消化がいい、といった感覚で例えます。ここが反すう動物の飼料設計の面白いところだそうです。
パソコン上で100点でも、牛が食べなければ意味がない
いろいろ小難しい話をしてきましたが、現場で一番大切にしている数字の一つが乾物摂取量 ── DMIとも呼ばれ、餌から水分を除いた、牛が実際に食べた餌の量。栄養がどれだけ入ったかを計算する基礎になります、DMIです。水分を除いた、本当に牛が食べた餌の量ですね。
どんなに綺麗な飼料設計をつくって、パソコン上で100点でも、牛が食べなければ意味がありません。24キロの乾物を食べる前提で設計しているのに、実際には21キロしか食べていなければ、エネルギーもタンパク質もアミノ酸も全部予定より少なく入っていることになります。
ここで特に注意するのが、現物量と乾物量を混同しないこと。水分の多いTMRや副産物、サイレージは、同じ10キロでも水分が違えば牛が取っている栄養量は違ってきます。だから配合を変えた後は、乳量が増えたかを見る前に、ちゃんと食べているかを見るのが大事だそうです。
乳量が増えても喜べない、牛は自分の体を削って乳を出す
餌を変えた翌日に乳量がボーンと上がって、餌を変えたら乳量が上がった、成功した、と思うかもしれません。でもこれはまだ成功とは言えない、と川上さんは言います。牛は、自分の体を削ってお乳を出すからです。
特に泌乳初期には、乾物摂取だけでは牛乳生産に必要なエネルギーを賄いきれず、体脂肪を動員する負のエネルギーバランス ── 牛が餌から得るエネルギーより、乳生産などで使うエネルギーが上回る状態。不足分を体脂肪の分解で補うため、体が痩せていきますが普通に起こります。だから乳量と一緒に見るのがボディコンディションです。
ボディコンディションとは、牛が太っているか痩せているかのこと。牛の体脂肪は貯金みたいなものだと川上さんは言います。乳量が出ていても、ボディコンディションスコアがどんどん落ちているなら、その乳量の一部は餌で稼いだのではなく、牛の貯金を取り崩して出している乳量かもしれないんですね。
だから、乳量とDMIとボディコンディションスコアはセットで見るのが大事。乳量だけを見ていると、牛に借金をさせてしまうことがあるということです。
牛乳は「ルーメンから届く成績表」
そして、毎日確認できるとてもありがたいものがあります。それが牛乳です。乳量だけでなく、乳脂肪、乳タンパク、乳糖、牛群検定ならさらにいろいろな数字を見ることができます。
たとえば餌を変えて乳脂肪が落ちたとき。繊維をちゃんと食べているか、有効繊維は足りているか、反すうしているか、デンプンのスピードが速くないか、体から脂肪を動員していないか、脂肪酸組成はどうか、ルーメンの環境はどうか。こうしたことが牛乳を見ることでわかるそうです。
ただし、乳脂肪の低下だけでアシドーシスを診断できるわけではなく、乳脂肪の低下はアシドーシスの指標としては感度が低いとされています。乳成分は原因そのものではなく、牛の中で何かが変わったというサインとして見ていくのが大事だと川上さんは話します。
毎日確認できる非常にありがたいものがあります。それが牛乳です ── 川上
CP何%だけでは見ない、アミノ酸のリジンとメチオニン
続いてタンパク質の話です。川上さんがかなり意識しているのがアミノ酸組成だといいます。昔ながらの見方なら、この餌はCP18%です、というように粗タンパク質 ── CPとも呼ばれ、飼料に含まれるタンパク質のおおまかな量を示す値。ただし牛が実際に吸収できるアミノ酸の量とは一致しませんを見ると思います。
もちろんCPも大切ですが、牛に最終的に必要なのは吸収できるアミノ酸です。ルーメンで分解されるタンパク質から微生物がつくる微生物タンパクと、ルーメンを通過するバイパスタンパクがあり、それらが小腸でアミノ酸として吸収されていきます。この供給全体を考えるのが代謝タンパク ── MPとも呼ばれ、牛が小腸で実際に吸収できるアミノ酸の総量を表す指標。CPよりも牛が使えるタンパク質の量に近い考え方です、MPです。
さらにNASM2021では、MPの総量だけでなく、必須アミノ酸のバランスを取る方向へモデルが大きく変わっています。乳牛で特に大事なのがリジンとメチオニンで、この2つは乳牛飼料で不足しやすい必須アミノ酸として長く重視されてきました。
ただしここでも、メチオニンを入れれば乳タンパクが上がる、という考え方はしません。牛が食べているか、エネルギーは足りているか、微生物が増殖できているか、代謝タンパクは足りているか。その順番があった上で、必須アミノ酸のバランスを見ていきます。
川上さんは、家を建てるのにネジだけ最高級にしても家は建たない、と例えます。木材も柱も人も全部揃った上で、最後に不足している材料は何かを見る。それがアミノ酸組成を見るということに近い感覚だそうです。
餌を変えるとき、頭の中でたどる7つの順番
ここまでを一度まとめると、川上さんは餌を変更するとき、頭の中で大きくこの順番で牛を見ているそうです。
最初はとにかく、牛が食べるか。次にルーメンが安定しているか、そしてどんな発酵になるか、と続いていきます。栄養の質を見るのは、実は一番最後なんですね。
餌を変えるとき川上さんが見る順番
1
1 食べるか
乾物摂取量、嗜好性、選び食いをしていないか
2
2 ルーメンの安定
pH、反すう、有効繊維、デンプン、糖の発酵速度
3
3 発酵の中身
酢酸・酪酸・プロピオン酸のバランス
4
4 消化と通過
速度が合っているか、糞で消化を確認
5
5 牛乳への現れ方
乳量、乳脂肪、乳タンパク、乳糖
6
6 牛自身の状態
ボディコンディションスコア、体重、健康状態
7
7 栄養の質
代謝タンパクMP、リジン、メチオニンなど
餌は急に変えない、微生物とルーメン壁の順応を待つ
もう一つ、配合を変えるときにかなり気をつけるのが、急激に変えないことです。特に粗飼料中心から濃厚飼料を増やしたり、デンプン源を大きく変えたり、発酵速度が大きく変わるような変更は慎重にやるべきだといいます。
理由は、牛自身だけでなく、ルーメンの微生物とルーメン壁も新しい環境に順応しなければいけないからです。穀類を多くあげる飼料設計にする場合、ルーメン乳頭などの適応に数週間かかることもあり、急な変更はアシドーシスなどのリスクを高めます。
だから、この餌は良さそうだから明日から全部変えよう、ではなく、変えて、牛を見て、数字を見て、また調整する。この繰り返しをやるということですね。
いい餌とは何か、答えを教えてくれるのは目の前の牛
改めてお豆腐さんの質問に立ち返ると、牛の餌は、牧草何キロ・配合飼料何キロだけの世界ではありません。その餌がどの速度で発酵し、pHをどう動かし、脂肪酸をどう作り、微生物をどう育て、どれだけ食べてもらい、どんなアミノ酸を小腸へ届け、最終的に乳量や乳成分、牛の体にどう現れるのか。そこまでつながっているんですね。
だから、いい餌とは何かと聞かれても、成分表だけでは答えられない、と川上さんは言います。いい餌とは、その牛が食べて、ルーメンが安定して、牛乳を出しながら牛自身も健康でいられる餌。それが一番ではないか、と話します。
そして最後に答えを教えてくれるのは、飼料設計ソフトでも分析表でもなく、目の前の牛さんです。牧場を見る機会があったら、何を食べているんだろうだけでなく、この餌を食べた後、牛の体の中では何が起きているんだろう、という目で見ると、牛の見方がちょっと変わるかもしれません。
いい餌というのは、その牛が食べて、ルーメンが安定して、牛乳を出しながら、牛自身も健康でいられる餌 ── 川上
まとめ
餌を変えるとき酪農家が見ているのは、餌そのものより、その後に牛の体の中で起こる変化です。ルーメンのpHから発酵、乾物摂取量、乳成分、そしてアミノ酸まで、たくさんの数字と牛の様子をつなげて見ていることが伝わる回でした。
- 餌を変えるのは、ルーメンという発酵タンクの条件を変えること。牛より先に微生物に餌をやる感覚が大切
- ルーメンpHは最低値だけでなく、低い状態がどれくらい続くかを見る
- 乳量が上がっても、牛が体脂肪を削って出しているだけのことがある。DMIとボディコンディションをセットで見る
- タンパク質はCPだけでなく、吸収できるアミノ酸まで見る。リジンやメチオニンが重視される
- 餌は急に変えず、変えて牛と数字を見てまた調整する。最後に答えを教えてくれるのは目の前の牛