牛の「モー」は全部同じじゃない?鳴き声に隠された意味を酪農家が解説します

2026-07-17 配信|川上牧場 酪農データバンク

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牛の「モー」は全部同じじゃない?鳴き声に隠された意味を酪農家が解説します

牛の鳴き声といえば、何を思い浮かべますか?

たぶん多くの人が、

「モー」

ですよね。

絵本でも「モー」。

テレビでも「モー」。

牛の鳴き声を文字にすると、だいたい全部「モー」になります。

でも、毎日牛と一緒にいる酪農家からすると、実際の牛の声はそんなに単純ではありません。

低く短く鳴く牛もいれば、遠くまで響くような大きな声を出す牛もいる。

「フゥ〜」と、口をあまり開けずに鳴くこともあれば、

「モォォォーー!」

と何度も繰り返し鳴くこともあります。

子牛なら、成牛とはまた違う細く高い声を出します。

そして面白いことに、

「あ、この牛、何か言いたいんだろうな」

と感じる鳴き方もあります。

今回は音声配信に、

「牛さんはたまに鳴いていますが、鳴き声に種類はあるのでしょうか?品種によって鳴き声が違ったりするのでしょうか?」

という質問をいただきました。

せっかくなので、僕が牧場で感じていることだけではなく、牛の音声コミュニケーションに関する研究も調べてみました。

調べてみると、牛の「モー」は想像以上に奥深い世界でした。

結論。「モー」は一種類ではありません

まず結論から言うと、

牛の鳴き声は一種類ではありません。

鳴いている状況によって、

・声の高さ

・大きさ

・長さ

・鳴く回数

・口を開けるか閉じるか

・声の響き方

などが変化します。

牛の鳴き声を研究するときには、大きく、

口を閉じた状態で出す、比較的低い声

と、

口を開けて出す、比較的高い声

に分けて考えることがあります。

母牛と子牛の鳴き声を調べた研究では、母牛が子牛の近くにいる場面では、口を閉じるか少しだけ開いて出す低い鳴き声が確認されています。

一方、母牛と子牛が離れて姿が見えないような場面では、より高い声が使われていました。

つまり、私たちには全部「モー」と聞こえていても、牛の側ではかなり使い分けている可能性があります。

ただし、ここで大切なことがあります。

「この鳴き方なら100%空腹」

「この声なら発情」

「この声なら牛は喜んでいる」

というところまで、牛語を翻訳できるわけではありません。

鳴き声は非常に重要なヒントですが、声だけで牛の気持ちや体調を決めつけるのは危険です。

僕たち酪農家も、

「鳴いているから○○だ」

ではなく、

「なぜ今、この牛が鳴いているんだろう?」

と周りの状況を一緒に見ます。

ここが一番大切なところです。

牛がよく鳴く5つの場面

では実際、牧場ではどんなときに牛が鳴くのでしょうか。

代表的な場面を整理してみます。

①「お母さん、どこ?」親子がお互いを探すとき

牛の鳴き声を研究するうえで、よく調べられているのが母牛と子牛のコミュニケーションです。

出産後の母牛と子牛は、匂いや見た目だけではなく、鳴き声も使って互いを認識しています。

実験では、母牛と子牛を離したあとに、双方が鳴くことが確認されています。

さらに興味深い研究があります。

母牛の声を録音して子牛に聞かせると、3〜5週齢の子牛は、知らない母牛の声よりも自分の母親の声に強く反応しました。

つまり、

子牛は「お母さんの声」を聞き分けられる。

人間で考えれば当たり前に感じるかもしれませんが、牛でも声が「個体を知る手がかり」になっているわけです。

牧場で親子を離したときに響く大きな声も、ただ騒いでいるわけではありません。

そこには、

「どこにいる?」

「こっちにいるよ」

という、相手を探すコミュニケーションの役割が含まれていると考えられます。

②「そろそろご飯じゃない?」餌を期待しているとき

これは酪農家ならかなり分かりやすいです。

牛は餌の時間をよく覚えています。

いつもの時間になって人が牛舎へ入ってくる。

給餌する機械が動き始める。

そうすると、

「モォー!」

「モォォー!」

と鳴き始める牛がいます。

川上牧場にもいます。

毎回、

「はいはい、今やるから」

と言いたくなるくらい鳴く牛が(笑)。

ただ、ここで注意したいのは、

鳴いている=飢餓状態

とは限らないことです。

「いつもの時間なら、もう餌が来るはず」

という期待によって鳴く場合もあります。

人間で言えば、12時になったからお腹が空いていなくても「そろそろ昼ご飯かな」と時計を見るようなものかもしれません。

③「みんなどこ行った?」群れから離されたとき

牛は群れで生活する動物です。

牧場では治療や移動、出荷準備などで、一頭だけ別の場所へ移すことがあります。

そんなとき、

普段はほとんど鳴かない牛が突然、

「モォォォーー!」

と大きな声で何度も鳴くことがあります。

この声はかなり分かりやすいです。

遠くまで届くような声で、仲間のいる方向を見ながら何度も鳴きます。

研究でも、社会的な隔離は牛の鳴き声に影響することが確認されています。

牛にとって「群れから離れる」ということは、私たちが思っている以上に大きな出来事なのだと思います。

④ 発情しているとき

酪農家が鳴き声を聞いて、

「あ、発情かな?」

と思う場面もあります。

発情期の牛では、

落ち着かなくなる、歩く量が増える、他の牛に乗る、乗られても逃げずに立っている、といった行動が見られます。

その変化の一つとして、鳴く回数が増える牛もいます。

実際、牛の鳴き声から発情を検出しようという研究も行われています。

ただし、これは重要なのですが、

鳴かない牛も普通に発情します。

川上牧場でも、

「今日はよく鳴くな。発情かな」

と思って確認するとやっぱり発情だった、ということはあります。

でも逆に、ほとんど鳴かずに発情している牛もいます。

だから現場では、

・他の牛に乗る・乗られる

・活動量が増えているか

・外陰部に変化があるか

・前回の発情から何日経っているか

・粘液が出ているか

などを合わせて見ます。

鳴き声は答えではなく、気づくための一つの材料。

という感覚です。

⑤ 不安・痛み・不快・強いストレスがあるとき

牛の鳴き声は、アニマルウェルフェアの研究でも注目されています。

社会的な隔離、餌へのアクセスを制限された状況、痛みを伴う場面などで、鳴く回数や音響的な特徴が変化することがあるからです。

人が触れなくてもマイクがあれば記録できるので、鳴き声は将来的に牛の状態を知る重要なセンサーになる可能性があります。

ただし、ここにも大きな注意点があります。

牛は、痛ければ必ず鳴いて教えてくれるわけではありません。

静かな牛だから健康、というわけではない。

だから僕たちは、

呼吸は速くないか。

耳の向きはどうか。

餌を食べているか。

反すうしているか。

背中を丸めていないか。

歩き方はおかしくないか。

立ったり座ったりを繰り返していないか。

そうしたものを全部合わせて見ています。

実は牛にも「声の個性」がある

今回調べていて、僕が特に面白いと思ったのがこれです。

牛は一頭一頭、声が違います。

人間でも電話に出た瞬間、

「あ、お母さんだ」

「あ、この人の声だ」

と分かりますよね。

牛の鳴き声にも、基本周波数や音の響き方など、一頭ごとの特徴が含まれていることが研究で確認されています。

ホルスタインの育成牛を調べた研究では、発情、餌を期待している場面、餌を得られない場面、仲間から隔離された場面など、状況が変わっても個体を識別するための声の特徴がある程度保たれていました。

つまり牛にも、いわば**「声紋」のようなもの**があるわけです。

これは牧場にいると感覚的にもよく分かります。

ものすごくよく鳴く牛もいれば、

「この牛、鳴いたところ見たことないな」

という牛もいます。

人が来るたびに鳴く牛。

餌の時間だけ鳴く牛。

場所を移した瞬間から大声で鳴く牛。

何が起きても黙ってこちらを見ている牛。

本当にいろいろです。

2024年にニュージーランドで、10頭の牛に音響センサーを付けて調べた研究では、1日あたりの鳴く回数が、少ない牛では20回、多い牛では584回と、およそ30倍もの差がありました。

ここまで違うんです。

だから酪農家が見るときに大切なのは、

「他の牛より鳴いているか」ではありません。

見るべきなのは、

「この牛は、いつもと比べてどうか」

です。

普段ほとんど鳴かない牛が、今日は何度も鳴いている。

いつも餌の時間には鳴く牛なのに、今日は静かに立っている。

こちらのほうが、ずっと大切な変化です。

ホルスタインと和牛では鳴き声が違う?

では質問のもう一つ。

品種によって声は違うのでしょうか?

ここは、かなり慎重に答えたほうがいいと思います。

体格、年齢、性別、声帯や声道などの違いによって、声の高さや響き方が変化することは考えられます。

母牛と子牛の研究でも、年齢や体の構造に関係する音声特徴が確認されています。

一方で、

「ホルスタインはこう鳴く」

「黒毛和牛はこの声」

「ジャージーは必ず高い声」

というように、主要な牛の品種を横並びにして、誰でも聞き分けられるような明確な違いが確立されているわけではありません。

少なくとも、僕が今回確認した研究からは、そこまで断定できませんでした。

酪農家や畜産農家の中には、

「和牛の声とホルスタインは違う気がする」

と感じている人もいると思います。

僕も感覚として分かる部分があります。

ただ、それが純粋な「品種」の違いなのか。

体格なのか。

年齢なのか。

飼われている環境なのか。

鳴いている状況なのか。

普段その人が接している牛の違いなのか。

ここを分ける必要があります。

科学的には現時点で、

「品種による違いがないとは言えない。でも、品種だけで鳴き声を説明できるほど研究は揃っていない」

くらいが適切だと思います。

牛が鳴いたとき、酪農家は何を見るのか

ここまでの話を、牧場で使える形にまとめます。

牛がいつもより鳴いていたら、僕ならまず次を見ます。

① 普段より回数が増えていないか

一回鳴いただけではなく、繰り返しているか。

② どこを見て鳴いているか

仲間の方向なのか、人なのか、餌なのか。

③ 餌と水はあるか

給餌時間がずれていないか。水が正常に出ているか。

④ 発情の可能性はないか

活動量や乗駕行動、外陰部などを確認する。

⑤ 群れから離れていないか

治療や牛の移動が影響していないか。

⑥ 鳴き声以外の変化はないか

食欲、呼吸、反すう、姿勢、歩き方、落ち着きなどを見る。

特に僕が気になるのは、

「普段と違う」がいくつも重なっている牛です。

普段鳴かない牛が何度も鳴く。

落ち着かず歩き回る。

呼吸が速い。

餌を食べない。

立ったり座ったりを繰り返す。

こうなると、「ちょっと見ておこう」となります。

鳴き声は病名を教えてくれるものではありません。

でも、

「いつもと違うから、ちょっと私を見て」

という牛からの通知になることはあります。

もしかすると未来の牛舎では、AIが「いつもと違う声」を教えてくれる

この分野は、AIとものすごく相性がいいと思っています。

牛舎にマイクを設置する。

あるいは牛の首輪に小さな音響センサーを付ける。

すると、

「どの牛が」

「何時に」

「何回」

「何秒くらい」

「どんな高さの声で」

鳴いたのかを記録できます。

実際、ニュージーランドでは首輪に取り付けた音響センサーから、牛の鳴き声を牧場の他の雑音と区別して検出する研究が進められています。

発情時の声を機械学習で識別する研究や、声から個体を識別する研究もすでにあります。

日本の研究でも、空腹時と発情時で音響的な特徴に違いが見つかり、AIを使った個体識別が試されています。

ただ僕は、近い未来にAIが突然、

「この牛は腹痛です」

「この牛は寂しいです」

と完璧な牛語翻訳をしてくれるとは思っていません。

もっと現実的なのは、

「この牛、普段より鳴く回数が増えています」

「いつもの声のパターンから変化しています」

と人間に知らせてくれる使い方でしょう。

そこに活動量センサー、反すう時間、採食量、乳量、カメラの映像などを組み合わせる。

すると、

人間が見落としていた小さな変化を、AIが先に拾ってくれるかもしれません。

AIに牛を診断してもらうというより、

「牛を見るきっかけを増やしてもらう」

という使い方です。

これは、一人で多くの牛を管理する現代の酪農ではかなり可能性があると思っています。

次に牧場へ行ったら、「モー」のその先を聞いてみてください

牛の鳴き声を文字にすると、全部「モー」です。

でも実際の牧場では、

低い声もある。

高い声もある。

短い声もある。

何度も繰り返す声もある。

親子がお互いを探す声があり、

仲間を呼ぶ声があり、

餌を期待して鳴く牛がいて、

発情のときだけよく鳴く牛もいる。

そして同じホルスタインでも、よく鳴く牛と、ほとんど鳴かない牛がいます。

調べれば調べるほど、

牛を知るということは、「牛」という動物を知るだけではなく、一頭一頭の違いを知ることなんだな

と思わされます。

だから牧場で大切なのは、

「牛はこういう動物です」

だけではありません。

「この牛は、いつもどうしているか」

を知ることです。

鳴き声も、その一つです。

川上牧場の音声配信では、換気扇の音や機械の音に混じって、ときどき牛の声が入ります。

次に牛が鳴いたら、少し耳を澄ませてみてください。

「お腹が空いたのかな?」

「仲間を呼んでいるのかな?」

「発情かな?」

そんなふうに想像しながら聞くと、今までただの「モー」だった音が、少し違って聞こえてくるはずです。

そしてもし牧場へ行く機会があれば、ぜひ本物の声を聞いてみてください。

たぶん、

「思っていたより、“モー”じゃないな」

と思うはずです。

牛って、まだまだ知らないことだらけです。

だから酪農は面白いんですよね。

今回のポイント

・牛の鳴き声は一種類ではなく、口の開け方、高さ、長さ、回数などが変わる

・親子のコミュニケーション、餌への期待、群れからの隔離、発情などで鳴くことがある

・鳴き声だけから牛の感情や病気を断定することはできない

・牛には個体ごとの声の特徴がある

・「ほかの牛との比較」より「その牛自身の普段との比較」が重要

・品種ごとの鳴き声の違いは、現時点では明確に断定できるほど研究が揃っていない

・将来はAIが「いつもと違う鳴き声」を検出し、牛を見るきっかけを作ってくれる可能性がある

あなたが牛の鳴き声を聞いたとき、「何を言っているんだろう?」と気になったことはありますか?

また、牛について「当たり前だと思っているけれど、実はよく知らないこと」があれば、ぜひ教えてください。

音声配信でも、一緒に調べながら答えていきたいと思います。

情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也

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