WHOは『牛乳のカゼインは発がん性』と言ったのか?科学的根拠を調べてみました
2026-07-18 配信|川上牧場 酪農データバンク
配信の全文
「WHOが、牛乳に含まれるカゼインを“発がん性物質”に認定したらしい」
こんな話を聞いたら、どう思うでしょうか。
毎朝牛乳を飲んでいる人。
ヨーグルトを食べている人。
子どもに牛乳を飲ませている家庭。
かなり気になる話だと思います。
先日、川上牧場のメルマガを読んでくださっている方から、こんな質問をいただきました。
あるコミュニティの中で、
「WHOが、牛乳の主要なたんぱく質であるカゼインに発がん性があると発表した」
という話をしている人がいて、その影響で牛乳や乳製品を避け始めた人もいるというのです。
相談者の方自身も調べてみたそうですが、「WHOがカゼインを発がん性物質に認定した」という一次情報を見つけられなかったとのこと。
そこで僕も改めて調べてみました。
僕は酪農家です。
当然、牛乳を生産して生活しています。
だからこそ、「牛乳は安全です」「乳製品は体にいいです」と都合のいい話だけを拾うのは違うと思っています。
もし本当に牛乳に大きな健康リスクがあるのなら、牛乳をつくる側こそ知らなければいけない。
反対に、根拠のない話によって牛乳が「毒」のように扱われるのであれば、それもきちんと確認したい。
今回は、
WHO・IARCは本当にカゼインを発がん性物質と認定したのか?
カゼインとがんの研究は、実際には何を調べているのか?
乳製品と前立腺がん、大腸がんについては何がわかっているのか?
できるだけ元の研究までさかのぼって整理してみます。
結論から。「WHOがカゼインを発がん性物質に認定した」は確認できませんでした
まず、ここが一番重要です。
WHOのがん専門機関に、IARC(国際がん研究機関)という組織があります。
IARCは、さまざまな化学物質や食品、職業上の曝露、感染症などについて、「人に対する発がん性のハザードがあるか」を評価しています。
2026年7月23日更新のIARCの公開分類リストには、1,100を超える評価対象が掲載されています。
僕がこの公式リストを「casein(カゼイン)」で確認した限り、カゼインが発がん性物質として分類された記録は見つかりませんでした。
したがって、
「WHOがカゼインを発がん性物質に認定した」
という表現は、少なくとも現在公開されているWHO・IARCの公式情報からは確認できません。
なお、ここには大事な注意点があります。
IARC自身も、「分類されていない物質=安全性が証明された物質」という意味ではない、と説明しています。
つまり科学的には、
「IARCに載っていない。だから100%絶対安全だ」
とも言えません。
正確な言い方は、
「WHO・IARCがカゼインを発がん性物質として認定したという事実は確認できない」
です。
ちなみにWHOの現在の「Healthy diet(健康的な食事)」の情報を見ると、健康的な食生活を構成する食品の一つとして、肉・魚・卵と並んで「milk(牛乳)」も紹介されています。
一方で、飽和脂肪の摂りすぎを避ける観点から、低脂肪・減脂肪の乳製品を選ぶ方法も紹介されています。
少なくともWHO自身が現在、牛乳を「発がん性食品」として一律に避けるよう勧めている、という状態ではありません。
では、なぜ「カゼインは発がん性」という話が出てきたのでしょうか。
元をたどると、T・コリン・キャンベル博士らの動物実験がある
この議論でよく登場するのが、コーネル大学の研究者だったT・コリン・キャンベル博士らが行った動物実験です。
1980年代を中心に、キャンベル博士らは「食事中のたんぱく質量が、発がん過程にどう影響するのか」をラットで調べています。
ここだけ切り取られると、
「カゼインを多く食べたラットにがんが増えた」
と紹介されることがあります。
でも、実験条件を見ると印象がかなり変わります。
研究ではまず、ラットにアフラトキシンB1という強力な発がん物質を投与しています。
その後、
・カゼイン5%の食餌
・カゼイン20%の食餌
などを与え、肝臓にできる前がん病変の変化を調べました。
1982年の研究では、5%カゼイン食のラットは、20%カゼイン食のラットと比べて肝臓の前がん病変が大幅に少なくなりました。
その後の研究でも、アフラトキシンB1によって発がん過程を開始させたラットでは、食餌中のカゼイン量によって前がん病変の発達が変化することが報告されています。
これは、とても興味深い研究です。
無視していい研究ではありません。
ただし、
「カゼインそのものが、普通の状態の動物にがんを発生させた」研究ではありません。
ここが非常に重要です。
アフラトキシンB1によって発がん過程を開始させた実験動物で、その後の病変の「促進」に食事中のたんぱく質量が影響した、という研究です。
「カゼインが発がん過程に影響する可能性を示した」
ことと、
「カゼインは人間に対する発がん物質である」
ことは、同じ意味ではありません。
まして、
「牛乳を飲むと、このラットと同じことが起こる」
と直接置き換えることもできません。
動物実験は、人間では実施できない条件を調べ、病気の仕組みを探るために非常に重要です。
でも、動物実験で何かが起きたことと、人間が日常的に食品として摂取した場合の健康影響は、分けて考える必要があります。
では、人間ではどうなのか?
ここからがもっと大切です。
牛乳や乳製品を実際に食べている人を長期間追跡すると、がんとの関係はどう見えるのでしょうか。
結論は、
「乳製品はがんを増やす」でも、「乳製品はがんを防ぐ」でもありません。
がんの種類によって、結果が違います。
ここを無視して「牛乳は発がん性」「牛乳はがん予防」と一言でまとめると、科学から離れてしまいます。
前立腺がんでは、無視できない研究があります
牛乳をつくっている側としても、ここは隠さず紹介しておきたいところです。
国立がん研究センターのJPHC研究では、日本人男性約4万3千人を追跡し、乳製品摂取量と前立腺がんとの関係を調べています。
その結果、乳製品の摂取が最も少ないグループと比べて、最も多いグループでは、
乳製品全体:約1.6倍
牛乳:約1.5倍
ヨーグルト:約1.5倍
の前立腺がんリスクが示されました。
これは「そんな研究はない」と無視してはいけない結果です。
一方で、原因が「カゼイン」だったと証明されたわけでもありません。
研究では、カルシウムや飽和脂肪酸、ビタミンD代謝、IGF-Iなど、複数の仕組みが候補として考えられています。
国立がん研究センター自身も、カルシウムと飽和脂肪酸の影響を完全に分離できず、「どちらが影響したのか結論づけられない」としています。
そして、この研究の最後には重要なことが書かれています。
乳製品には骨粗しょう症、高血圧、大腸がんなどに対する利益を示す研究もあるため、
「乳製品を控えた方がよいかについては、総合的な判断が必要で、現時点では結論を出せない」
というのです。
ここまで読むことが大事なんですよね。
「1.5倍」という数字だけをスクリーンショットしてSNSに載せれば、
「牛乳で前立腺がんリスク1.5倍!」
という投稿が作れます。
でも、それは研究全体が伝えている内容とは違います。
一方、大腸がんでは乳製品に「予防的」な方向のエビデンスがあります
さらに話を複雑にするのが、大腸がんです。
世界中の食事とがんの研究を継続的に評価している世界がん研究基金(WCRF)は、乳製品について、
大腸がんのリスクを下げる可能性が高い
と評価しています。
一方、前立腺がんについては、
リスクを上げる可能性を示す証拠はあるものの、「限定的・示唆的」
という評価です。
つまり同じ「乳製品」でも、
大腸がんにはリスク低下方向、
前立腺がんにはリスク上昇方向の可能性がある。
だからWCRFも、乳製品について単純な「食べろ」「食べるな」という全体的な推奨を出していません。
これこそ、栄養研究が難しい理由だと思います。
「体にいいか、悪いか」ではなく、「何に対して、どれくらいか」
SNSでは、
「牛乳は体にいい」
「牛乳は体に悪い」
「四毒だからやめるべきだ」
「完全栄養食品だから飲むべきだ」
みたいな、白黒はっきりした言葉の方が広がります。
でも現実の科学は、そんなにきれいではありません。
同じ食品でも、
ある病気のリスクとは正の関連が見つかる。
別の病気では負の関連が見つかる。
研究によって結果が違う。
摂取量によっても違う。
年齢、性別、遺伝、運動、喫煙、飲酒、体重、食生活全体によっても変わります。
だから僕は、
「牛乳は健康食品なのか?」
という問い自体を少し変えた方がいいと思っています。
「誰にとっても健康か、誰にとっても毒か」
ではなく、
「誰が、どのくらい、どんな食生活の中で摂るのか」
を見る。
食品の研究では、こちらの方が現実に近い考え方です。
「発がん性」という言葉にも注意が必要です
もう一つ覚えておきたいのが、「発がん性」という言葉です。
IARCが評価しているのは、基本的には「hazard(ハザード)」です。
つまり、
その物質や曝露に、がんを起こす能力があるか。
一方、私たちが普段知りたいのは、
実際の生活で、どのくらい摂ったら、どれくらい危険なのか。
こちらは「risk(リスク)」の問題です。
似ていますが、同じではありません。
たとえば何かがIARCに分類されたとしても、その言葉だけで「一口でも危険」と判断することはできません。
逆に、IARCに分類されていないから無制限に摂っていい、という話にもなりません。
重要なのは、
量、摂取方法、曝露の程度、そして人間でどんな結果が出ているか。
ここまで見て初めて、自分の生活に落とし込めます。
僕が今回の件で一番気になったこと
今回調べていて改めて感じたのは、「牛乳が正しいか間違っているか」以上に、情報が伝わる途中で研究の意味が変わってしまう怖さです。
「アフラトキシンを投与したラットで、20%カゼイン食の方が前がん病変が増えた」
という研究結果が、
「カゼインががんを増やす」
になり、
さらに、
「カゼインは発がん物質」
になり、
いつの間にか、
「WHOが牛乳のカゼインを発がん性物質に認定した」
まで変化していく。
伝言ゲームみたいですよね。
でも健康情報では、この一段一段の省略が、人の食生活を変えることがあります。
だから、刺激的な健康情報を見たときに僕が確認したいポイントを、最後に残しておきます。
健康情報を見るときの5つの確認ポイント
①「誰が言った」のか、元資料を見る
WHOなのか、研究者個人なのか、SNS投稿者なのか。
② 人間の研究か、動物実験か
どちらも重要ですが、意味は同じではありません。
③ 「関連」なのか「原因」なのか
一緒に増えたからといって、それが原因とは限りません。
④ 1本の研究か、世界中の研究をまとめた評価か
研究は一つだけで結論を出さないことが大切です。
⑤ メリットとデメリットの両方を見ているか
前立腺がんだけを見るのか、大腸がんや骨、循環器疾患まで含めて考えるのかで判断は変わります。
僕自身、この5つはこれからも意識したいと思っています。
牛乳をつくっているからこそ、都合の悪い研究も読みたい
僕は酪農家なので、できれば皆さんに牛乳を飲んでもらいたいです。
それは間違いありません。
でも、
「酪農家だから牛乳に都合のいい研究だけ紹介する」
となった瞬間、この発信を続ける意味がなくなると思っています。
前立腺がんとの関連を示す研究があるなら、それも紹介する。
大腸がんのリスク低下を示す研究があるなら、それも紹介する。
わからないことは「まだわからない」と言う。
そのうえで、一人ひとりが自分で判断できる材料を増やしていく。
それが、牛乳をつくっている僕にできることかなと思っています。
今回の結論を、最後に3つだけまとめます。
1.WHO・IARCが「カゼインを発がん性物質に認定した」という事実は、現在の公式情報からは確認できない。
2.アフラトキシンを使ったラット実験では、食事中のカゼイン量が前がん病変の発達に影響した研究がある。しかし、それをそのまま「カゼインは人間の発がん物質」と置き換えることはできない。
3.人間では、乳製品と前立腺がんのリスク上昇を示す研究がある一方、大腸がんではリスク低下方向のエビデンスがある。食品全体の利益と不利益を見て判断する必要がある。
情報があふれる時代だからこそ、
「怖い言葉を信じるか、信じないか」
だけではなく、
「その一文の元になった研究は、実際には何を調べたのだろう?」
と、一度だけ立ち止まってみる。
それだけでも、健康情報の見え方はかなり変わるはずです。
そして僕も、牛乳について気になる噂や、「これって本当?」という情報があれば、これからもできる限り元の研究までたどって調べていきたいと思います。
牛乳を飲むか飲まないかを決める前に、
まず「何が本当にわかっているのか」を一緒に見ていきましょう。
情報|川上牧場🐮メンバーシップ|川上哲也
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毎日飲んでいる牛乳。
でも、
その牛乳がどこで、
どう生まれているかを知る機会はほとんどありません。
川上牧場のメルマガでは、
・牛舎で起きていること
・酪農のリアル
・牛乳の値段の裏側
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