R7年研修生と配信①
2025-02-26 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
農業高校での「かっこいい」という気づきから県職員になった研修生さんと、酪農家の川上さんの対話。子牛市場の相場、農家さんの高齢化、繁殖と肥育のつながり、そしてゲノム検査を踏まえた牛づくりまで、畜産の現場のリアルがぎゅっと詰まった1日目でした。
この回の要点
- 研修生さんが農業に進んだきっかけは、農業高校で出会った先生の「向き合う姿勢」だった
- 島根の子牛価格はコロナ前より30万円ほど下落し、農家さんの高齢化と中間層の不在が大きな課題になっている
- 種付けからセリまで16か月かかるため、余裕がないと農家さんは新しい挑戦に踏み出しにくい
- いい牛は「もっと食べさせる」ではなく、ゲノム検査で分かる牛群の特性と、自分にできる飼い方に合わせて育てるのが答え
- 繁殖農家は、次に買う肥育農家さんが利益を出せる牛を作ることまで考える必要がある
配信の全文(podyの記事より)
なぜ農業の道に?きっかけは「先生がかっこよかった」
今回のゲストは、農家研修に3日間来ている県の職員さん。農家の経験はなく、農業高校で農業に触れたのが最初のきっかけだったと話します。
そもそも農業高校に進んだのも、農業がしたかったからではなかったそう。家の近所だったから、というのがほんとうの理由でした。
研修生 農業に興味を持ったのはやっぱり高校の時で。あの先生がきっかけで、いい先生に会って。かっこいいなっていうので気になるきっかけに。
当時作っていたのは畜産ではなく園芸で、野菜やシクラメンが中心。作物と向き合う先生の姿勢を見て、ふと「かっこいいな」と思ったのだとか。
シクラメン 冬に赤やピンクの花を咲かせる鉢花。底面給水(鉢を水の張った受け皿に置いて下から吸わせる方法)で管理することが多く、生育調整が難しい植物として知られます。
川上さんもここに反応します。シクラメンは廃棄率が高くてよく捨てたこと、底面給水の船のような容器で水を調整したこと、芽引きをポキポキやったことなど、同じ農業高校の園芸科出身として話が一気に盛り上がります。
バイオテクノロジーとの出会い、そして酪農への道
川上さんは鳥取県の広陵高校の出身。畜産科がなかったため、家の近くの農業高校に進んだと言います。もともとやりたかったのは酪農でした。
ところが入学してみると、思いがけずバイオテクノロジーが面白くなり、そちらにのめり込んでいったそうです。
川上 入ったらバイオテクノロジーが面白くて。で、バイテクずっとやってました。コチョウランの細胞の分裂みたいなんでシャーレに乗せて培養してみたいなやつばっかりやってた。
バイオテクノロジー(植物培養) 植物の細胞や組織を無菌のシャーレなどで育て、増やしたり新しい個体を作ったりする技術。クリーンルームなど専用設備が必要で、当時は高価な花の大量生産などに使われていました。
通っていたのは商業高校と農業高校が合併してできた新しい学校で、川上さんは3期生。施設はピカピカで、培養用のクリーンルームまでそろっていたそうです。
教わった先生もその分野の第一人者。当時のコチョウランは1株10万円ほどで扱っていたといいますから、時代を感じさせる話です。
野菜からアスパラガスへ。酪農家が喜ぶ作物とは
研修生さんは大学で野菜に少し触れたことから、野菜の道で県に入ろうと考えたそう。特にやってみたい野菜として名前が挙がったのがアスパラガスでした。
研修生 一番なんかやってみたいなと思ったのがアスパラガスでした。
これに川上さんが食いつきます。アスパラガスは今伸びている作物で、栄養分をよく吸うぶん、牛糞堆肥がたくさん使えるからです。
酪農家としては肥料をどんどん使ってくれる作物がありがたいと言い、ブロッコリーとアスパラガスが一番嬉しいと本音がこぼれます。
Q
もし今度アスパラガスの担当になったら?
A
回答
川上さんは「ぜひぜひお願いします」と即答。ただ研修生さんは、人手が少なくて畜産からなかなか離れられなさそう、とも話していました。
方言も専門用語もわからない。子牛市場に通う日々
話は牛の世界へ。牛のカタログを見てもらいながら、業界に入って「ここがわからない」というところを川上さんが尋ねます。
研修生さんがまず挙げたのは、畜産の専門用語と、農家さん同士の会話です。
研修生 やっぱ畜産の用語とかに触れたことがなかったので、普通農家さん同士でやってる会話が全く(わからない)。
さらに立ちはだかるのが島根のベテラン農家さんたちの方言の強さ。特に隠岐は何を話しているか聞き取れない、と2人とも笑います。
研修生さんは家畜市場にも通っていて、隠岐・西部・中央の3つをまわっているそう。開催頻度はそれぞれ違います。
・隠岐は4か月に1回(年3回)
・西部は2か月に1回
・中央は毎月
家畜市場(セリ) 子牛などをセリにかけて売買する市場。買い手が値をつけ、良い牛ほど高値がつきます。開催頻度や規模は地域によって異なります。
子牛の価格が3年で30万円下落。市場のいま
川上さんは、数年前の相場を振り返ります。1頭あたり平均80万円ほどついていた時期があり、コロナ前は景気が良かったと言います。
川上 コロナ前の時って中国人が爆買いみたいなニュースとかって見たことないですか?ああいう時期で富裕層がめちゃめちゃ来て、もうバカバカ肉買ってた時もあった。
ところが今は、その頃より30万円ほど下がっているとのこと。それでも市場が意外と明るいのは、島根の農家さんの平均年齢が高く、年金生活で牛を飼っている人が多いからではないか、と川上さんは見ています。
川上 やることないから牛飼ってるみたいな人多いかもしれないですね。でもあと10年ぐらいするとそれがどんどんいなくなってしまうので、それを県としてどうしていくのか。
この10年で高齢の飼い主が減っていくと、市場の出品頭数も減っていきます。今は1回に250頭ほど出ますが、それが200頭を切ると開催の間隔が空いたり、買い手が来にくくなったりする心配があると言います。
そして課題はもう一つ。農家さんの中間層がいないという現実です。40代・50代・60代が「若手」で、60歳は若いほうだと2人はうなずき合います。
いい牛を作るには投資が要る。でも相場は低い
研修生さんの今の担当は子牛。農家さんを受け持ち、経営改善に入る形で仕事をしています。
ここで川上さんが、少し踏み込んだ問いを投げかけます。いい牛を作るには、いい餌やいい環境への投資が要る。でも市場の価格は低い。この経営感覚をどう指導しているのか、と。
Q
投資してもお金で返ってこない可能性の方が高い。どうやって指導しているんですか?
A
回答
研修生さんの答えは、平均以上の発育をした牛はそれなりの値段がつく可能性が高いので、そこを目指してもらうというもの。県の職員としては、飼料など削れる部分を農家さんと話しながら整理し、経営面を支援していくと話します。
川上さんは、厳しい相場のときにこの立場で農家さんと向き合う大変さに共感します。手元に余裕がないと、なかなか新しい一歩は踏み出せないからです。
種付けから16か月。繁殖農家の時間とお金
川上さんは、繁殖のサイクルの長さを説明します。種付けから8か月後に子牛が生まれ、そこからセリに出すまでさらに8か月。つまり16か月かかる計算です。
子牛がセリに出るまでの流れ
種付け
ここからスタート
8か月後
子牛が生まれる
さらに8か月
育ててセリに出す(計16か月)
この16か月を耐えられる懐がないと、新しいことをやりましょうと言われても動けません。だからこそ、若手職員が改善を提案しても農家さんに響きにくい、という難しさがあります。
研修生 やっぱまだあの、「誰だ?こいつ」みたいな。知識のないちゃらんぽらんなんかでこんな資料見せられても、みたいな。
何十年も牛を飼ってきたベテランからすれば当然の反応で、研修生さんも「どう話していいのか」の難しさを感じていると打ち明けます。
ゲノム検査でわかる、その牛に合った育て方
ここから話は、いい牛づくりの核心へ。川上さんは「牛はほぼ血統だ」と言い、ゲノム検査でその子がどれくらいの大きさになるか、どんな肉になるかがわかると説明します。
ゲノム検査 牛の遺伝情報を調べ、将来の体格や肉質などの形質をあらかじめ予測する検査。育て方の判断材料になります。
たとえば体高160センチにしかならない親から生まれた子に、思いきり餌を食べさせても、それ以上にはなかなか伸びません。無理をさせると、セリでは高く売れても、その後に事故や病気が増えることがあると言います。
川上 結局事故が多かったり病気が多かったりすると、「なんだあの人のは病気が多いや」って言って、今度は買われないということになっちゃう。
繁殖農家は、次に買う肥育農家さんが利益を出せる牛を作らないといけません。小さく安く買えても、枝肉にしたときに大きく良い肉になれば、肥育農家さんは「あの人の牛を買いたい」となるからです。
肥育農家さんがうまいこと回っていかないと、結局繁殖農家さんもダメになっちゃう。 ── 川上
さらに川上さんは、時代の最先端を行く「秋野富士」という牛や、早期肥育の考え方にも触れます。18か月ほどで出荷する育て方なら足の強さの弱点も問題になりにくい、と説明しつつ、最先端の牛と昔ながらの飼い方のズレを整理することが大事だと語ります。
最先端の牛と、農家の飼い方のズレ
最先端の牛
早く大きくなり、早く出荷できて利益が出る牛
VS
昔ながらの飼い方
従来のやり方のままだと、いい牛でもうまく育てきれずズレが出る
答えは出ている。自分の牛群に合ったやり方を
川上さんの牧場では、乳牛も全頭ゲノムを測り、どの牛がどんな形質かがわかるようにしているそう。だからこそ、無理をさせない育て方ができると言います。
多くの人は「もっと絞りたい、もっと食べさせたい」とやってしまい、結果として牛の寿命を縮めてしまう。腹いっぱい食べさせ続けることのリスクを、川上さんはたとえ話で語ります。
川上 それはその大谷翔平みたいで、どんどん体を動かしますみたいなトップアスリートですみたいな人ばっかりだったらね。そういう牛ばっかり揃えるんじゃ、そういう買い方もいいかもしれないけど、やっぱそうじゃない可能性もある。
だからこそ大切なのは、自分の牛群の状態と、自分ができる飼い方を知ること。自分がどういう飼い方ができるのかを見極めれば、無理をしない選択ができます。
自給飼料が豊富で餌をどんどんやれるならそれでいいし、購入飼料で制限があるなら、その中でどうやっていくかを考える。牛にとっては本当はチモシーを腹いっぱい食べさせたいけれど、それでは採算が取れない、という現実の話で締めくくられました。
チモシー/WCS チモシーは牛が好む輸入牧草の一種。WCS(稲発酵粗飼料)は稲をまるごと発酵させた自給飼料で、コストを抑えられる一方、牛にとってはチモシー中心のほうが良いとされます。
川上さんは最後に、明日も明後日も質問があれば答えると呼びかけます。畜産に興味がある人や悩んでいる人が聴いて、解決のヒントにできればという思いからです。
まとめ
農業高校での「かっこいい」という気づきから県職員になった研修生さんと、酪農家の川上さんの対話。子牛市場の相場、農家さんの高齢化、繁殖と肥育のつながり、そしてゲノム検査を踏まえた牛づくりまで、畜産の現場のリアルがぎゅっと詰まった1日目でした。
- 研修生さんが農業に進んだきっかけは、農業高校で出会った先生の「向き合う姿勢」だった
- 島根の子牛価格はコロナ前より30万円ほど下落し、農家さんの高齢化と中間層の不在が大きな課題になっている
- 種付けからセリまで16か月かかるため、余裕がないと農家さんは新しい挑戦に踏み出しにくい
- いい牛は「もっと食べさせる」ではなく、ゲノム検査で分かる牛群の特性と、自分にできる飼い方に合わせて育てるのが答え
- 繁殖農家は、次に買う肥育農家さんが利益を出せる牛を作ることまで考える必要がある