R7年研修生と配信②
2025-02-27 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
酪農未経験の研修生の素朴な問いから、気候変動・牛乳消費・食の安全という大きなテーマが次々に広がった研修2日目でした。共通していたのは、いまの延長線上ではなく、変化を前提に考える川上さんの姿勢です。
この回の要点
- 夏はすでに赤字前提。牛を無理に絞らず、暑さに強い牛や繁殖管理で気候変動に備えている
- 牛乳の宣伝はファンにしか届いていない。飲むだけでない応援の入り口を増やし、残り60%に届ける工夫が要る
- 人口減でインフラが崩れる未来は「何もしなければ」の話で、テクノロジーの活用で変わりうる
- 牛乳はすでに十分安全。認証を増やすより、テクノロジーで生産性と付加価値を上げる方向に関心がある
- 小さい農家は市場全体で戦わず、自分の商品を理解してくれる消費者と作るファンビジネスに活路がある
配信の全文(podyの記事より)
気候変動で牛はどうなる?「夏は赤字前提」の酪農
研修の2日目は、研修生が用意してきた3つの質問に川上さんが答えていく形で進みました。1つ目は、猛暑や異常気象が乳牛にどんな影響を与えているか、という質問です。
研修生 最近、世の中的に気候変動というか、猛暑や異常気象が結構あると思うんですけど、乳牛への影響みたいなところって感じる部分はありますか。
川上さんの答えは、はっきりしていました。夏はもう赤字だと思ってやっているというのが、いまの認識だそうです。
だから夏場は、無理に絞らず牛を殺さない方法でやっていきたいと話します。8月のような生産性が低い時期には、あえて分娩を多くしない繁殖管理も少しずつ始めているそうです。
その背景には、夏の暑さが生まれてくる子牛にまで影響するという考えがあります。
エピジェネティクス 遺伝子そのものの配列は変わらないのに、環境などの影響で遺伝子の働き方が変わる仕組みのことです。川上さんは、暑さのストレスを受けた母牛の子は太りやすかったり生産性が低くなったりする、と説明しています。
ヒートストレスを受けた母牛の赤ちゃんは、太りやすかったりコレステロールをうまく処理できなかったりして生産性が悪いと言われる、と川上さん。だから8月には、繁殖性や長く産む力が要らない肉用の牛を配置する、といった工夫も考えているそうです。
気温40度になれば水をかけたり換気扇を回したりして何とかしようとするけれど、それが50度になったら牛は飼えない。そのときの対応も考えておく、というスタンスです。
40度が当たり前になったら?農業と働き方改革のこれから
川上さんはここで、質問を研修生に投げ返しました。夏が本当にダメで牛がダメになってしまう、と農家さんに相談されたら何と答えるか、という問いです。
(川上さんから研修生へ)夏が本当にダメで、牛がダメダメになっちゃうんだよね、と言われたら何て答えますか。
研修生は「すごく難しいですね」と正直に答えます。川上さんも、あと3年もすれば研修生がメインで動かなければいけなくなるから、実際にこう聞かれるようになる、と話しました。
話は農業だけでなく、働き方改革の流れにも広がります。土木の工事現場では、気温が一定を超えたら外で働いてはいけないというルールができつつあります。農業でも同じことが起きるだろう、というのが川上さんの見立てです。
露地野菜のように炎天下で作業させているところには、いずれ指導が入る世の中になるかもしれない。やりたくても夏の水やりや収穫ができない状況になったらどうなるんだろう、と川上さんは考えていると言います。
一方で、酪農の側でも技術は進んでいます。夏に強い牛を生ませようという試みもあるそうです。
スリック遺伝子 毛が短くなる遺伝子で、暑さに強い牛の特徴として知られています。川上さんは、汗をかく代謝がよく、暑さに耐えやすい牛を生ませようとしている農家さんもいる、と紹介しています。
ここで川上さんは、少し引いた視点も付け加えます。令和7年という短い時間で見れば大ごとに思えるけれど、何百年というスパンで見れば気候変動はずっと起きてきた、というのです。
川上 ロシアやウクライナで、ミサイルが飛びながら酪農してる人とか、地雷を撤去しながら牧草を作ってる人のニュースを見たりすると、まあなんとかなるだろうと思うけどね。
そのうえで、いまの時代なら撤退も再開も比較的簡単だから、やばくなったら一度引いて、調子が戻ったらまた戻ればいい、と話します。別にやばくなったら撤退して、また戻ってくればいいという身軽さが、小さな農家の強みという考え方です。
畜産一本から半農半Xへ。多様になる牛との関わり方
話題は、畜産だけで生きていく人が減ってきているのでは、という流れに移ります。研修生も、担当する地域では畜産と水稲を一緒にやっている人が結構いる、と話しました。
半農半X 農業をやりながら、別の仕事や活動も並行して行う働き方のことです。番組内では、国や県も後押ししている働き方として触れられています。
川上さんが面白いと感じているのは、牛との関わり方が多様になっている点です。ジャージー牛を3頭買って自分で搾って加工する20代の女性が新規就農した、という群馬県のニュースなどを例に挙げます。
さらに、島根の渡辺牧場で働いていた従業員が、廃用になった牛を放牧する「老牛ホーム」を5頭ほどで始め、クラウドファンディングで出資者を集めながら牛を飼っている例も紹介されました。
牛を飼っていれば結局それは酪農だ、と川上さんは言います。世界にも日本にも、いろんな飼い方をしている人がいる。
時代に合わせて、環境に合わせて変えていくのが農家だし、農業だと思う。 ── 川上
若者の牛乳離れにどう向き合う?「戦う場所が違う」
2つ目の質問は、若い世代の牛乳・乳製品離れについてです。研修生は、酪農家としてどう考えているのか、消費拡大には何が必要なのかを尋ねました。
川上さんが強く意識するようになったのは、コロナ禍の経験だそうです。消費が一気に落ち、北海道の一部では牛乳が捨てられた、という話も出ました。
川上 飲んでもらわないと絞れないな、というのをあそこで痛感したんですよ。
それまでは、人口が80億人になって動物性タンパク質が足りなくなるから、どんどん絞れると思っていた。でも実際はそうではなかった、と振り返ります。だから生産だけでなく、飲んでもらってから生産する形にしないと続かないと考え、配信やYouTubeを始めたそうです。
子どもが牛乳を飲まないのは、家にないからだ、と川上さんは言います。親が買わない理由を探ると、値段の高さや、そもそも売り場が合っていない問題に行き着きます。
清涼飲料水と牛乳を並べたとき、嗜好品としてはコーラを選ぶ人が多い。でも健康食品としてどちらを飲むかと聞けば牛乳になる。だから牛乳が戦う場所は違う、というのが川上さんの見立てです。
牛乳はジュース売り場で売っちゃダメなんですよ。栄養食品として売るような形になってるので。 ── 川上
栄養ドリンクの棚に牛乳がぽんと置いてあれば、もう少し手が伸びるのではないか。子どもの健康を考えて買うという方向にすればいいのでは、と提案します。コスパで言えば、栄養ドリンク1本と1リットルの牛乳を比べれば、牛乳の方がずっと良いという話です。
応援してくれる人だけでは限界。残り60%にどう届ける?
川上さんは、これまでの酪農業界の宣伝には限界がある、と指摘します。CMを打ったり牛乳を配ったりしても、それは牛乳が好きな人へのアプローチにしかなっていない、というのです。
川上 牛乳を応援してくれる人っていうのは、もう飲み続けて応援し続けて、もう限界なんですよね。
1日1リットル以上飲んでくれ、というのは難しい。習慣的に牛乳を飲む人は国民の40%ほどで、残りの60%にどう飲む習慣を作ってもらうかが課題だと言います。
そこで川上さんは、牛乳が苦手な人にはヨーグルトやチーズ、アイスもあると伝えたり、興味のない人が引っかかる入り口を作ったりしています。脱脂粉乳から作られた服の繊維をクラウドファンディングで手に入れた、という話も出ました。
取り組みは、飲むこと以外の応援の仕方を増やす方向にも広がっています。
・アーティストと楽曲を作る
・ライブ配信の人と一緒に企画をやる
・ゲーム「ROBLOX」で農業体験ができるコミュニティを作る
・グッズサイト「SUZURI」でグッズを販売する
グッズを買えば、結局それが酪農家のメリットになる。牛乳を飲むだけではない応援の形を作っていきたい、と川上さんは話します。
川上 すごくなくて、自分が生き残るためにやってるだけなので。
その危機感の根っこにあるのが、消費者の世代交代です。牛乳を飲む習慣のある団塊の世代が、これから毎年多く亡くなっていく。その分の消費がなくなると考えると、これ以上は絞れないのではないか、と見ています。
人口減で崩れるインフラ。5年後10年後の島根を想像する
話は牛乳から離れ、地域そのものの将来へと広がっていきます。川上さんは研修生に、今の職場を5年後、10年後に予測したことがあるかと尋ねました。
いまの職場を支えている再雇用の年配職員が一気にいなくなれば、3分の1の人数で回さなければいけなくなる。島根県は人口が55万人ほどで、減っていくスピードが速い、と川上さんは言います。
インフラも同じで、水道やガス、電気、道路の改修も、いまは団塊の世代が支えている面がある、という指摘です。
川上 あと5年、10年すると、道路が陥没しても修理が来ないとか、救急車を呼んでも来ない、病院に行っても診てもらえない、そういうのがちらほら出てくるはずです。
ただしこれは「何もしなければ」の話だ、と川上さんは付け加えます。AIや自動運転、自動配送といったテクノロジーをちゃんと活用できるかどうかで、未来は変わる、というスタンスです。
財政破綻した夕張市を車で走った時、まるで死んだ街のようだったと川上さんは振り返ります。ああいう状態が島根でも各地域で出てくるはずだ、と危機感を語りました。
一方で、耕作放棄地が増えることを、川上さんは自分にとっては「パラダイス」だとも言います。米を作っている人の3分の1がやめれば、その分やりたい放題できる、という見方です。
ただ、それは若者がこの地域に住もうと思わなくなることの裏返しでもあります。若者がいなくなったらどうするんだろう、と川上さんは正直な戸惑いも口にしました。
いまの平和は誰のおかげ?危機感を持てない時代に思うこと
研修生は、県としては若者を入れて定着させようとしているけれど、実際には人口はどんどん減っている、と現状を語ります。そして、いまの年上の世代に感謝しないといけない、と口にしました。
川上さんの受け止めは少し複雑です。感謝という言葉だけでは片づけず、いまの状況を作った要因はその世代にもある、という見方も示します。給料が上がらなかった30年の責任もそこにある、と。
それでも、次の子どもたちにこの状況をそのまま渡すのは嫌だから、いろんなことをやる、と川上さんは話します。ただ一人ではどうしようもない、という限界も同時に感じています。
戦争に負けたあと、次の世代に戦争をさせたくないと頑張ってくれた人たちがいたから、いまの平和がある。だから危機感を持たなくていいこと自体が、とても幸せなことだ、とも語りました。
そのうえで川上さんは、危機感というのは、隣の家で爆発でも起きないと持てないものだ、と言います。明日コンビニに行けば食べられる状況では、食糧問題を本気で考えるのは難しい、という現実的な見方です。
食の安全とトレーサビリティ。「もう十分安全」の先へ
3つ目の質問は、食の安全やトレーサビリティで気をつけていることについてです。牛乳の出荷から、牛が肉になるまでを扱う立場としての考えを尋ねました。
川上さんはまず、牛乳はほかの農産物に比べて検査の回数が非常に多い、と説明します。
牛乳がどれだけ多くの段階でチェックされているのかを、川上さんは順を追って説明してくれました。
牛乳が出荷されるまでの検査
1
搾乳時
農家が搾るときにチェックする
2
集乳時
タンクローリーの集乳担当がアルコール検査をする
3
乳業工場
各農家の牛乳を検査し、混ぜたあともう一度検査する
4
商品化
商品になったものをさらに検査する
5
店頭
スーパーに並ぶときにもまた検査される
これだけ検査があるうえに、HACCPや島根県の認証制度もあります。そこまでする必要があるのか、消費者は本当にそこまで求めているのか、というのが川上さんの疑問です。
HACCP(ハサップ) 食品の製造工程を管理して安全を確保する衛生管理の仕組みです。番組内では、牛乳がすでに多くの検査を受けているうえに、こうした認証制度も加わることへの負担が話題になっています。
認証を取るまでには努力義務がいろいろあり、その分、農家は他の仕事ができなくなる。認証制度を増やすことが、農家の生産性を落としている面もある、というのが川上さんの見方です。
農家の生産性を落としてるっていうイメージが、持たれてないんですよね。 ── 川上
川上さんが興味を持っているのは、認証を増やす方向ではなく、テクノロジーで全体の生産性を上げる方向です。高級ワインの真贋をブロックチェーンで証明する仕組みのように、牛乳の安全性を証明して付加価値をつけられないか、と考えています。
つまり、安全性はもう十分に確保されている、という前提です。これ以上を求めるなら、ちゃんとお金をもらわないと無理だ、というのが川上さんの立場です。
海外では、露店の当たり外れのある食事で腹を壊すこともある。それに比べて日本は何を食べても安全なのに、少しの問題で過剰に対策をして、その分値段が上がると「高い」と言われて買われなくなる。この構造を変えないと難しい、と話します。
「健康」を謳うほど遠ざかる?消費者とファンビジネスの話
研修生は、安全性というより健康面を認証で求めた方がいいのでは、と問い返します。トクホのような健康志向の認証を念頭に置いた質問です。
ここで川上さんは、面白い「振り子」の話をします。海外のヨーグルト好きから見ると、日本の乳製品は健康性ばかり謳って、美味しさを前面に出した商品が少なすぎる、と言われてしまうそうです。
もともと普通の食品として売れなかったから、メーカーは健康性に振った。それなのに今度は、おいしさを求められる。
他のヨーグルトよりこんなに健康にも良いですよって振ったのに、今度はおいしさを求めてって言われちゃう。消費者ってすごい勝手だなって本当に思います。 ── 川上
自分も一消費者としては、安くて美味しくて健康にも良いものを選びがちだ、と川上さんは認めます。何に重きを置くかは人によって違うから、難しい、という話です。
だからこそ川上さんがたどり着いたのが、ファンビジネスという考え方です。うるさい消費者全体を相手にするより、川上牧場の牛乳を応援したい人に売り、その人たちが欲しいものに商品を変えていく方が、小さい農家には楽だと言います。
食料自給率や安定供給を担うのは大きい農家の仕事で、そこと小さい農家が戦っても勝てない。だから小さい農家は、自分の商品を理解してくれる消費者をどれだけつかめるかが勝負になる、という整理です。
すごく安全ないいものを作って市場にドンと出しても売れない。それより、川上牧場の川上が、こういう過程や紆余曲折を経て、皆さんの応援でやっと作りましたよ、というものを売りたい。仲間の人たち、食べてくださいねの方を売りたい、と川上さんは締めくくりました。
最後は、獣医の先生が来たところでちょうどいい時間となり、また明日も配信する、という言葉で研修2日目の収録が終わりました。
まとめ
酪農未経験の研修生の素朴な問いから、気候変動・牛乳消費・食の安全という大きなテーマが次々に広がった研修2日目でした。共通していたのは、いまの延長線上ではなく、変化を前提に考える川上さんの姿勢です。
- 夏はすでに赤字前提。牛を無理に絞らず、暑さに強い牛や繁殖管理で気候変動に備えている
- 牛乳の宣伝はファンにしか届いていない。飲むだけでない応援の入り口を増やし、残り60%に届ける工夫が要る
- 人口減でインフラが崩れる未来は「何もしなければ」の話で、テクノロジーの活用で変わりうる
- 牛乳はすでに十分安全。認証を増やすより、テクノロジーで生産性と付加価値を上げる方向に関心がある
- 小さい農家は市場全体で戦わず、自分の商品を理解してくれる消費者と作るファンビジネスに活路がある