農業高校出前授業
2025-02-05 配信|川上牧場 酪農データバンク
この回の要旨
非農家からゲームをきっかけに酪農家になった川上さんが、農業高校の出前授業で語ったのは、きれいごとではない酪農のリアルでした。厳しい数字を隠さず、それでも海外や新しい技術に目を向けて動き続ける姿が印象に残る回でした。
この回の要点
- 川上さんはゲーム「牧場物語」がきっかけで酪農を志し、非農家から島根の川上牧場に婿入りした
- 売上6000万に対し残るのは1割ほど。365日休みなく働く酪農業界の厳しい現実が数字で語られた
- 牛乳を高くできないジレンマや、餌高で借金しづらい悩みなど、構造的な課題が具体的に共有された
- 隙間バイトやIターン、SNS・配信、NFTやメタバースまで、担い手を増やす入り口づくりに力を入れている
- 牛の価値が揺らぐ未来を見据え、「牛の魅力とは何か」を考えられる人材が必要だと締めくくった
配信の全文(podyの記事より)
非農家からゲーム「牧場物語」で酪農の道へ
最初に川上さんが自己紹介として語ったのは、自分も非農家出身だということでした。教室にいる高校生も、ほとんどが農家の家ではないと確認したうえで話が始まります。
川上さんは鳥取県出身で、農業高校では牛が飼われておらず、畜産科もなかったそうです。バイオテクノロジーやシクラメン作りなどを学ぶ緑地デザイン科にいました。
そんな川上さんが酪農を志したきっかけは、小学生の頃から大好きだったゲーム「牧場物語」でした。牧場物語 ── 農場を経営しながら作物や家畜を育てる生活シミュレーションゲーム。1996年の初代以降シリーズ化されている。
川上 元々小学校ぐらいから、牧場物語っていうゲームがすごい好きで、それやってて面白いなって、酪農っていいなって思って。動物も好きだったんで、そのまま酪農がしたいと。
その思いは強く、小学校の卒業文集には「酪農家になりたい」と書いたそうです。農業高校、鳥取県の農業大学校へと進み、卒業後は酪農ヘルパーとして2年半働きました。
酪農ヘルパー 酪農家が休みを取れるよう、代わりに搾乳や餌やりなどの作業を担う仕事や制度のこと。休みなく働きがちな酪農家を支える役割を持ちます。
そして学生時代からお付き合いしていた今の奥さんと結婚し、川上牧場に婿として入るという流れで、島根での酪農がスタートしました。
SNSから配信、映画、海外企業まで広がる活動
川上牧場は、農林高校のインターンシップ受け入れや、県外から島根に定住したい人のIターン・Uターン受け入れなど、さまざまな取り組みをしています。
最近では、CMや広告でおなじみの隙間バイトも活用しているそうです。普段サラリーマンとして働く人が、休みの日に牧場へ来てバイトをするという仕組みです。
さらに川上さんが力を入れているのが、SNSや配信です。牛乳を飲む人がどんどん減っていくなか、今までやってたことと違うことを何かやらないといけないという危機感からでした。
川上 酪農業界本当に大変で、牛乳飲む人どんどんどんどん減っていくので、今までやってたことと違うことを何かやらないといけないなと思って、配信アプリをやっていろんな配信をしています。
配信で繋がったアーティストやイラストレーターと一緒に歌やイラストを作り、グッズを出すこともあるそうです。酪農業界に参入したい企業とミーティングをすることもあると話されていました。
「高校生騙すつもりで行くんか」と問われて
川上さんは高校生に「牛が好きな人」「牛の仕事に就きたい人」と手を挙げてもらいますが、どちらもそれほど多くはありませんでした。少ないなぁ、と正直な感想も漏れます。
ここで川上さんは、出前授業の直前にあった出来事を打ち明けます。島根県の牛乳価格を決める大きな会議で、年配の酪農家から問い詰められたという話でした。
川上 高校生のとこ行って、将来酪農家になってくださいってどういう気持ちで言うんだ、高校生騙すつもりで行くんか、みたいなこと言われたんですけど。
それでも川上さんは、自分も高校で農業をやり、今こうして島根で酪農をさせてもらっていると語ります。だからこそ、高校生にも可能性があると伝えたい気持ちで臨んでいました。
この後の授業は、6人の講師のもとを高校生のグループが7分ずつ回る形式です。牛のことに限らず、経営や仕事の進め方など、広い視野で質問してほしいと先生からも案内がありました。
国や県に望むこと、牛乳を高くできないジレンマ
グループワークが始まり、最初に出たのは「国や県に改善してほしいことはあるか」という質問でした。川上さんの答えは、牛乳が高く売れないという根本的な悩みでした。
川上 牛乳の値段を上げると消費が落ちてしまうので、牛乳高くしたいんだけど、でも牛乳高くできないっていうところで、酪農家さん困ってるんで。
川上さんは、北海道や東京の例も挙げます。子育て世帯への商品券やお米券の配布などが行われていることに触れつつ、もっと根本的なシステムを変える提案ができたらいいと話しました。
質問が途切れがちな場面では、川上さんの方から高校生に問いかけます。毎日牛乳を1L飲む、プロテインで割って飲むといった生徒とのやり取りで、場が和んでいきました。
ホルスタインと品種改良、そして牛群づくりへのこだわり
好きな牛の種類を聞かれた川上さんは、完全にホルスタインだと即答します。世界で最も多く飼われている品種で、品種改良が好きだという川上さんの関心とも重なります。
川上 30年ぐらい前は一頭平均乳量8000キロとか9000キロだったんだけど、今はもう15000とか出す人がいたりとかで。
さらに川上さんは、世界記録級の牛は1日一回の搾乳で100リットルを出すこともあると語り、そんな牛があと10年ほどで当たり前になるかもしれないと、驚きを隠しませんでした。
川上 1日に一回の搾乳で100リットル出すんだよ、一頭牛が。そんな牛があと10年ぐらい経ったら当たり前になってくるみたいなことを見ると、意味がわかんない。
餌についても、牛ごとに食べられる量が違うため個体ごとに調整しているそうです。その判断には牛群検定のデータが使われています。
牛群検定 各牛の牛乳サンプルを取り、乳脂肪や乳タンパクなどの成分を測定する仕組み。個体ごとの数字をもとに餌の調整などに活用されます。
一方で川上さんが目指しているのは、なるべく均一な牛の群れをつくることです。身長も体重も食べる量も揃えるような牛群づくりを理想としていました。
売上6000万、残るのは600万という現実
収入について正直に聞かれた川上さんは、今は働いても儲からないとはっきり答えます。そして具体的な数字を口にしました。
川上 今年の売り上げ6000万ぐらいあるんだよ。だけど残るのがそれの1割ぐらい。600万円ぐらい残ってます。
しかもその600万円も、土日休みのある仕事とは事情が違います。365日休みなく、1日12時間から14時間ほど働いてのことだと川上さんは説明します。
さらにそこから、JAの職員や酪農ヘルパーへの支払いも発生します。酪農家が儲からないと、周りのみんなも儲からないという構造になっていると語りました。
川上 酪農家さんが儲からないとみんなが儲からないっていう状態で、負のサイクルになってるのが今酪農業界です。
だからこそ、牛乳の値段をどうやって上げられるかを考えたいというところに、話は戻っていきます。川上さんの問題意識が一貫して表れた場面でした。
隙間バイトとIターンが広げる、酪農への入り口
2つ目のグループでは、隙間バイトに来る人について質問が出ました。川上さんによれば、医大生や大手メーカー勤務の人など、実にさまざまな人が来ているそうです。
農林高校出身で牛から離れていた人が、また牛を触りたくて来ることもあるといいます。県外から全国の牧場を回っている人や、観光で出雲に来てそのままバイトを見つけた人もいたそうです。
写真に写っている高校生は、先生の許可を得てバイトをした生徒たちだと川上さんは紹介します。一人は京都、一人は西部の大きな牧場、一人は中四国酪農大学校へと進んでいました。
NFTやメタバース、田んぼが油田になるプロジェクトまで
これから力を入れたいことを聞かれた川上さんは、Web3やNFT、メタバースといった新しい分野の話を始めます。
NFT/Web3 NFTはブロックストア技術を使って、デジタルデータに固有の価値を持たせる仕組み。Web3はブロックチェーンを基盤にした次世代インターネットの概念で、個人がデータを保有・活用しやすくなるとされています。
川上さんはゲームプラットフォームのロブロックスで農業ゲームをコミュニティと作ったり、隙間バイトの人にNFTを配ってポイントを農産物と交換する仕組みを2月から始めたと話します。
もう一つ紹介されたのが、鳥取のお米農家と取り組む、お米からバイオエタノールを作るプロジェクトです。田んぼが油田になるという発想に、川上さんも参加しているそうです。
川上 お米からバイオエタノール作って、田んぼが油田になるエネルギーが作れるっていうプロジェクトに僕も参加するっていうのをやってます。
「海外行った方がいい」牛が触れることは才能
この流れで川上さんが高校生に強く勧めたのが、海外に出ることでした。日本の人口が減っていくなか、海外に行けるなら行った方がいいと繰り返します。
川上 ここの出雲で働いて時給1000円ぐらいでしょ。ニュージーランド、カナダ行ったら時給3000円とかだよ。たった半年働いたら1000万とか簡単に稼げる。
家畜人工授精師の資格を持ち、ニュージーランドで年収1000万を超える知人の例も挙げられました。川上さんは、牛が触れるってだけで才能なのだと高校生に語りかけます。
島根から発展途上国に渡り、日本の飼養管理や技術を教えている県職員もいるそうです。Google翻訳などを使えば言葉の壁も越えられると、川上さんは背中を押していました。
古い牛舎、高い餌、借金できない悩み
抱えている課題を聞かれた川上さんは、牛舎が古すぎて物が壊れていくことを挙げます。糞を運ぶバーンクリーナーは180万円、自動餌やり機は600万円といった数字も出ました。
物はどんどん壊れていくものの、餌が高く利益が少ないため、借金をしたくてもできないというジレンマがあると川上さんは語ります。
川上 借金したいんだけど、借金したら今後どうなるかわかんないからできないみたいな状況で、どうしようかなっていうのが悩みですね。
一方で牧場では、哺乳ロボットや自動給餌機といった設備も導入済みです。さらにChatGPTなどのAIを牛舎管理に活用している話も紹介されました。
川上 経営状況とかもそこ(ChatGPT)に投げたら全部出してくれたりするんで、AIを活用した牛舎管理とかもやっていってますね。
借金があるからやめられない、それでも続ける理由
3つ目のグループでも、売上と手取りの話が繰り返されます。厳しい状況でも続けられるやりがいは何かと問われた川上さんの答えは、意外にも率直なものでした。
川上 やりがい、違う違う。借金があるからやめれないんですよ。借金があるし、子供たち学校に連れて行かないといけないじゃん。
借金があると辞められない、けれど借金しないと新しいことができない。川上さんはこのジレンマを、過去の牛の価格変動を例に説明します。
数年前は牛一頭が100万円で売れた時代もあり、それが今は10万や20万になったといいます。牛舎に100万円の牛が50頭並ぶのは、車を並べているのと同じだと川上さんは表現しました。
将来、酪農家が一気に辞めて牛乳が足りなくなれば、1本1000円になる時代が来るかもしれない。そんな見通しも、わからないと前置きしつつ語られました。
赤字を黒字にする、小さなロスをなくす発想
赤字から黒字にする方法を聞かれた川上さんは、まず牛を健康に飼うこと、病気を減らすことを挙げます。そのうえで、小さなロスをなくすことの大切さを語りました。
食べ残した餌や、搾乳のときにこぼれる数滴。それらが365日、30年と積み重なれば大きな量になると川上さんは説明します。
川上 牛乳搾る時にちょっと数滴こぼれるじゃん。それが365日、30年とかするとすごい量になるわけじゃん。
川上さんはこれを、コンビニでお菓子を買うかどうかの話に例えます。このお菓子を買わずに貯金したら年間いくらになるかという感覚で、無駄をなくして利益を上げるのだと語りました。
病気でも牛舎へ、健康第一で「6割で動く」
健康に飼育するために心がけていることを聞かれ、川上さんが挙げたのは自分自身の健康でした。人間が動けないと全然ダメだから、睡眠は確実に取るといいます。
週に一回はパーソナルトレーナーのような人に体を見てもらい、健康に気をつけているそうです。やる気が出ないと仕事にならないという、切実な理由がありました。
病気にかかったときの話も出ます。娘からうつった2度目のおたふく風邪で、38度7分の熱がありながら牛舎作業をしたエピソードが語られました。
川上 もう頭ぼやぼやしながら牛舎の作業しましたね。しました、しました。
最後の授業で心がけていることを問われた川上さんは、無理をしないこと、常に6割で動くことだと答えます。100%で動いていると、いざという時に働けなくなるからです。
川上 心がけてることは無理しないことですね。6割で常に動くことです。100%で動いてるともうそれ以上働けないんで。
牛に手をかけない、それが理想の飼い方
4つ目以降のグループでは、牛づくりのこだわりが語られます。川上さんの信条は、なるべく牛に手をつけないことでした。
川上 なるべく邪魔しない、牛が能力出せる方法で、牛が快適に休めて餌食べれてみたいなところを作れれば、人間が手をかけることなんてしなくていいと思ってるんで。
ただ、この理想には矛盾もあると川上さんは言います。牛を観察するには近づかなければならず、近づくと牛の行動を制限してしまうからです。
いい牛をつくる方法を聞かれても、答えは一貫していました。いい牛同士をかけ合わせる品種改良しかない、と。北海道やアメリカ、カナダから受精卵を入れて産ませることもあるそうです。
牛の値段の振れ幅
高いとき
3年ほど前は成牛一頭が100万円。軽自動車が買える水準で、牛舎に並ぶ様子は車が並ぶのと同じだと表現
VS
安いとき
半年ほど前は成牛一頭が20万円ほど。同じ牛でも牛乳の需給で価格が大きく変動する
配信も映画も、就農の悩みを全部残すために
最後のグループでは、配信アプリの活用について質問が出ました。X、Instagram、TikTok、YouTubeに加え、stand.fmやポッドキャストなどの音声配信もしていると川上さんは答えます。
今後の課題として川上さんが挙げたのは、業界の人手不足です。牛乳を運ぶ人、餌を運ぶ人、搾乳の人がいなくなれば、やりたくてもやれない環境になってしまいます。
だからこそ川上さんは、担い手を増やす活動や、隙間バイト・Iターンといった入り口を広げてハードルを下げる取り組みに力を入れています。
さらに川上さんは、自分が就農してから困ったことを、ブログや音声配信にすべて残しているといいます。
川上 これを聞けば、今まで僕が悩んでたことが全部解決できるようなような感じで作ってるので。
活動の成果として、牛乳をテーマにした歌が作られ、それを見た人から映画の話が持ち込まれ、今まさに映画を撮影中だという話も出ました。ロブロックスで農業体験のメタバースゲームも作ったそうです。
酪農に向いているのは「狂ったやつ」という本音
最後の質問は、酪農・農業に向いている人の特徴でした。川上さんの答えは、狂ったやつではないか、というものでした。
その理由として川上さんが語ったのは、牛の価値そのものが揺らぐ未来です。紅花の種子から牛のタンパクを出す技術や、代替肉など、牛がいなくても牛乳や肉ができる動きが出てきているといいます。
牛乳を出さない、お肉を生産しない牛の魅力って何だと思いますか、みたいなことを考えていかないといけない。 ── 川上
AIによって人間の必要性が問われるのと同じように、牛の存在価値も問われる時代が来る。だからこそ、そこと戦える人材が欲しいと川上さんは締めくくりました。
授業の最後には生徒代表がお礼を述べ、各農家の特色や強い思いを聞けたこと、質問を通じて深い学びになったことが語られました。畜産を学んでいきたいという生徒の言葉で、会は締めくくられました。
まとめ
非農家からゲームをきっかけに酪農家になった川上さんが、農業高校の出前授業で語ったのは、きれいごとではない酪農のリアルでした。厳しい数字を隠さず、それでも海外や新しい技術に目を向けて動き続ける姿が印象に残る回でした。
- 川上さんはゲーム「牧場物語」がきっかけで酪農を志し、非農家から島根の川上牧場に婿入りした
- 売上6000万に対し残るのは1割ほど。365日休みなく働く酪農業界の厳しい現実が数字で語られた
- 牛乳を高くできないジレンマや、餌高で借金しづらい悩みなど、構造的な課題が具体的に共有された
- 隙間バイトやIターン、SNS・配信、NFTやメタバースまで、担い手を増やす入り口づくりに力を入れている
- 牛の価値が揺らぐ未来を見据え、「牛の魅力とは何か」を考えられる人材が必要だと締めくくった